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Xデーは今週の土曜日。

場地さんとお祭りに行く約束を取り付けた流れに乗じて、ついに彼の連絡先を手に入れることに成功した。正直これが1番大きな収穫だと思う。それからわたしは1度着てしわくちゃになってしまった浴衣をクリーニングに出し、根元が黒くなってしまった髪を染め直すべく美容室の予約をした。

次のバイトの時に渡辺さんと佐藤さんに報告したら「やったじゃん!」と「え…場地さんって…あほなの…?」とそれぞれに言われてしまった。まぁあほというか…思った以上に鈍いなとは思う。でもそんなところも好きだなって思ってしまったわたしはやっぱり重症だ。

わたしが誘ったんだからからわたしから連絡するのは当たり前なんだけども…いい加減連絡しないと、と思いながらも場地さんに約束を忘れられていたらどうしよう、なんて不安も拭いきれない。いや、さすがにそれはないと思いたい。などと色々考えすぎた結果、場地さんになんの連絡もできないままお祭りの前日を迎えてしまった。



コピー機の隣にあるホワイトボードには営業社員のスケジュールが書かれている。バイトのたびに意味もなく見つめてしまう場地さんのマグネットは今日は朝から外出中の欄に貼られていた。帰社予定時間は17時で、わたしのシフトは16時まで。恐らく顔を合わせることはない。

とりあえずバイト終わったら場地さんにLINE…でもまだ仕事中だったら迷惑かな…そもそも今日場地さん何時に仕事終わるの?なんて考えながらコピー機の前でぼーっとしていたら「戻りましたー」という声がして、思わず勢いよく振り返ってしまった。

「場地さん!おかえりなさい」
「お疲れ」
「早かったですね」
「おー」

マグネットを本社の欄に貼り直したあとで、いつものようにわたしの頭に手を置いた場地さんに髪をぐちゃぐちゃにされる。場地さんの中でわたしの頭を撫でるのと動物を撫でるのは同列らしく、アニマルセラピーみたいなもん、らしい。せめて人間に昇格したい今日この頃。でも「ミョウジ撫でてるとちょっと癒される」なんて言われてしまうと悪い気なんて1ミリもしない。

「あ、ミョウジ」
「はい?」
「明日6時にお前ん家の前な」

ぐちゃぐちゃに撫で回したわたしの髪を手櫛で整えながら言われた一言に、思わずその場にしゃがみこみそうになるのを必死で堪えた。

ちゃんと約束を覚えていてくれて、明日家まで迎えに来てくれるって…えっ、ていうか今場地さんわたしの髪に指を、通して……?えっ?

「あ、場地さーん!ちょっと聞きたいことあるんですけど」
「おー、今行く」

「じゃあ明日な」と最後にわたしの頭をもうひと撫でしてからその場から離れた場地さんを呆然と見つめるわたしの肩を、ずっと様子を見ていたらしい渡辺さんがぽんと叩いた。

「ミョウジちゃん」
「なっ、なん…なんですか今の…!」
「うんうん、言いたいことは分かるよ」
「もう無理……好き…!」
「うん、声に出ちゃってるからね?落ち着こ?」


ほんっっっとズルい…!







コンビニに行くために家を出ると途端に全身を包む鬱陶しい湿気も、日焼け止めを塗った肌を焼く真夏の厳しい日差しすらも気にならない。それぐらいわたしは浮かれていた。

どうせ夕方になったら会えるのに場地さんに会えたりしないかな、なんて考えながら家から歩いてすぐのコンビニに入ろうとしたところで、すれ違った男性が「あ、」と声を上げた。顔を上げるとそこにいたのはこの前場地さんと一緒にいた人だった。

「こんにちは」
「あ、えっと、こんにちは」

確か、千冬さん。珍しいけど素敵な名前だなぁと思ったからよく覚えていた。愛想の良い笑みを浮かべて挨拶をされて、わたしも慌てて頭を下げた。

「千冬、誰?」
「場地さんの会社の、えっと」
「ミョウジです」
「へー、社会人?若く見えんね」
「あ、まだ大学生で…バイトなんです」
「どうりで、若いと思った」

千冬さんの後ろから前髪を金髪に染めた人がひょこっと顔を出した。一虎さん、というらしい。

これはまた場地さんとはまた違うタイプのイケメン…というか千冬さんもなかなか女子ウケの良さそうな顔をしているし、イケメンの周りにはイケメンが集まるものなんだろうか。なんて馬鹿みたいなことを1人脳内で考えつつも、やっぱり場地さんが1番かっこいいという結論に至った。

「場地さんカッケェでしょ」
「カッケェ…です…」

そんなわたしの馬鹿みたいな考えを読み取ったのか、千冬さんにクスッと笑われてじんわりと顔が熱を持つ。

「わたしってそんな分かりやすいですかね…?」
「うん。場地さんは気付いてないと思うけど」
「あいつほんっと鈍いからな」
「そのくせやたらと距離が近いというか」
「思わせぶりなんだよ」
「ですよね!?」

昔からのお友達が言うんだからやっぱり場地さんは相当鈍いんだろう。思わず食いついたわたしに2人は苦笑いしていた。

「場地の恥ずかしい過去とか教えてやろーか?」とニヤニヤしながら話す一虎さんに「一虎くんあとで場地さんにシメられますよ」と千冬さんが呆れたような溜息を吐いていた。正直恥ずかしい過去も気になるけれど、

「場地さんの好きなタイプ、とかの方が…知りたいです」
「あー、それはあれだろ」

「「黒髪ロングの清楚系」」

2人の声が揃った。やたらと具体的な例えにそれが場地さんの好きな人であるとすぐに気が付いてしまう。

「…場地さんって好きな人いるんですね」
「あーいや、場地さんが中学ん頃好きだった子っつーか」

慌てて取り繕う千冬さんに「中学どころか高校の頃も好きだったろあれは」と一虎さんが言った。

「一虎くん余計なこと言わない!」
「それって元カノ、とかですか…?」
「あー、違う違う」

「ダチの彼女だから。ずっと場地の片想い」

さっきまでの浮ついた気持ちが一気に重く沈んでいくのが分かる。

場地さんとお祭りに行くからと張り切って美容室で染め直したばかりの茶色い髪がやけに明るく見えてしまったのは、多分夏の日差しのせいだけではない。
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