いつものようにコンビニに立ち寄ろうとしてやっぱりやめた。ここ数日これを繰り返している。

数日前に名前に言われた「ごめんなさい」という言葉が耳に張り付いて離れない。「ごめんなさい」ということは、つまり俺は名前に振られたということで。
なんとかしたい、名前を助けたい、と思ってはいるけれど、正直あの一言は相当効いた。しばらくは顔を合わせたくないと思う程に。

「あ、場地くん!」

コンビニの前で立ち止まり、少ししてからやっぱり踵を返して来た道を戻ろうとした俺の裾を誰かが掴んだ。誰かって、この声は今俺が一番顔を合わせたくない相手のものだ。どうやら今はバイト中らしく、店内から慌てて出てきたようだった。

「…お前さぁ、よく振った相手に平気で話しかけられるな?」
「えっ!?」

俺の服の裾を掴んで声をかけてきた名前に溜息混じりにそう言えば驚いたような声を上げた。

「ふ、振ってないよ?」
「……は?お前ごめんっつったじゃねぇかよ…」
「あ、ご、ごめん…あれはそういうつもりで言ったんじゃなかったんだけど…」

あー、とか、うーとか言いながら次の言葉を探す名前に「つーか今バイト中じゃねぇのかよ」と声をかけるとはっとして、「もう終わるから、ちょっと待ってて!」と言って店内に戻っていった。



それから10分もしないうちに、名前はコンビニの裏口から出てきた。急いで着替えてきたようで、少し乱れた髪を手櫛で整えながらこちらへ向かってくる姿になぜかやたらとドキドキしてしまった。

「ごめんね、急に引き止めて」
「それはいいけど」

引き留めたからには何か話したいことがあるんだろう。この前と同じ公園に行き、前と同じベンチに並んで座った。

「あの、この前はごめん…わたし、やっぱりどうかしてたよね…」

名前の口から出た言葉に、俺は心底ホッとした。
あの日から彼氏が仕事で忙しく、ここ数日は会っていないらしい。数日前はまるで自分に言い聞かせるかのように暴力を振るう男のことを庇っていたが、どうやら彼氏と会わなかったことで冷静になることができたと名前は話した。

「…彼とは、別れようと思ってる…このままじゃダメだって、前から思ってたから…」

名前は何も言わずに話を聞いている俺の方を見ることなく話し続けた。それから、震える手をぎゅっと握りしめた。

「えっと、それと…この前の返事はもうちょっと待っててもらえると助かるんですけど…」

だめかな?そう言いながら顔を赤くしてこちらを伺うように見上げる名前に思わず口角が上がりそうになる。これは、もしかすると俺の期待するような返事がもらえるんじゃないだろうか。というか、こんな言い方、期待するなという方が無理だ。




それから数日後、俺は夜遅くに届いた名前からのメールを見て家を飛び出した。先日と同じ公園のベンチの後ろで膝を抱えて座っている名前を見つけた。

「お前はほんっとに…!こんな時間にこんな場所で!何かあったらどうすんだよ!」

すぐに駆け寄りそうやって言えば、名前はビクッと大きく肩を揺らした後にゆっくり顔を上げた。

「ば、じくん…」

泣き腫らした目と、前に見た時にはなかった新しい腕の痣、痛々しく腫れた手首。顔に目立つような傷がないことだけが不幸中の幸いだった。

「彼が、別れたくないって、言ってて…」
「…また殴られた?」
「…っ」
「お前もバカだな」
「わ、分かってるよ…っ、でも、わたしもどうしたらいいのかわかんないんだもん…!」
「バカ、そういうことじゃねぇよ」

涙を流す名前の腕を引いて、できるかぎり優しく抱きしめた。涙で服が濡れるのを感じたが、そんなことはどうでも良かった。
名前は未だに俺が言っていることの意味がわからない、というような顔で見上げてくる。

「場地くん…?」
「もっと俺のこと頼れっつってんだよ」
「え…?」
「お前が助けてって言えば、俺がいつでも助けてやる」

俺を見上げる名前の目から更に涙が溢れ出てきた。

「場地くん…っ、助けて…」


俺の背中に縋り付くように腕を回した名前を今度は強く抱きしめた。

いたみの閾値を確かめて

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