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残星を齧る日々

「で…その相談する相手が俺なのおかしくない?」
「いや、ほんとそうなんだけど…自分でもおかしいとは思うんだけど…!でもこんな複雑な事情を分かってる人他にいないんだもん」

千冬くんにプロポーズをされたあと、わたしが助けを求めたのは一虎くんだった。分かってる。相談すべき相手ではないことは重々承知だ。そんなことは分かった上で仕事終わりの一虎くんを近くのカフェに呼び出した。

「他にもドラケンとか三ツ谷とかいんだろ」
「でも、糸のこと1番よく分かってるのは一虎くんだし」

マグカップの中で揺れるカフェラテを見つめる。一虎くんの言う通り他にも相談できる人はいたけれど、ここ最近反抗期に片足を突っ込みかけている娘のことを1番理解してくれているのはわたしでも千冬くんでもなく一虎くんである。

「いや、千冬どう見ても名前のこと好きじゃん。じゃなかったらこんなにずっと一緒にいねぇよ」

糸ですら気付いてんのに、なんで気付かねぇの?と一虎くんは呆れたように大きなため息を吐いた。

「そ、れは…千冬くんが場地の親友だからっていうか…糸に対する親心的なものからだと思ってたっていうか……」

千冬くんからの好意に気付いていなかったのはどうやらわたしだけだったらしい。12歳の娘ですら気づいていたと言うのだから、わたしはよっぽど周りが見えていなかったんだろう。

「いいじゃん結婚。してやりなよ」
「そんな簡単な話じゃないでしょ…」
「名前と結婚しなかったら千冬は一生独身だろうなぁ」
「ちょっと、プレッシャーかけるようなこと言わないでよ」
「だからそもそも俺に相談してんのが間違いなんだって」

今度はわたしがため息を吐く番だった。少しぬるくなったカフェラテに口をつける。

「ていうかわたしたち付き合ってもないんだけどなあ…」
「いや、それな?千冬やべぇよな、付き合ってないのにプロポーズって」

一虎くんは面白そうにケタケタ笑った。最近糸の笑い方が一虎くんと似てきたなぁとその顔を見て思う。場地が見たら喜ぶのかな。うーん、嫌がりそうだなぁ。結局わたしの頭の中はいつだって場地ならどうするかな、ってそればっかりだ。

「千冬だめ?いいやつじゃん、一途だし。あんな優良物件みたいな奴他にいないだろ」

それはそう思う。まだ若いのにペットショップ経営者で、場地のことも、複雑なうちの家庭のことも理解してくれて、ずっと前からわたしのことを好きだったと言ってくれて。糸からもうちの親からも信頼されている。改めて、本当に優良物件すぎる。千冬くん以上の人なんて今後現れないのは分かっている。分かってはいるけれど…

「千冬くんがだめっていうか、そういうことじゃなくて、その…そもそも考えたこともないっていうか…」
「何を?」
「場地以外の人と、結婚する…とか、今まで考えたことなくて」
「…そっか」
「あ、ごめん…」
「名前が謝るのはおかしいだろ」

わたしは一虎くんを許しているわけではない。というか、許すとか許さないとか、もうそういう次元じゃない。利用されたとはいえ一虎くんが場地を刺さなければこんなことにはならなかった、という思いだってもちろんある。彼がやったことは変わりようのない事実だけど、それでも一虎くんの場地や糸に対する思いまで否定しようとは思わなかった。実際糸は誰よりも一虎くんに心を開いているし、それは一虎くんが糸のことを何より大切に思ってくれているからに他ならない。わたしはそれが嬉しくもあり、悲しくもあった。

糸の存在はきっと、一虎くんにとって希望であり地獄だから。

「わかってると思うけど、千冬本当にいいやつだから」
「うん…」
「こんな俺を引き取ってくれて、居場所与えてくれて…まぁ、それを言ったら名前もだけど」

一虎くんはふっと小さく目尻を下げて笑った。

「俺は、千冬と名前が結婚して幸せになってくれたら、こんなに嬉しいことはないよ」



好きじゃない人でも、付き合っていくうちに好きになるかもしれない、と場地に言ったことを思い出す。中学生の頃のわたしはどうしてそんなことを思えたんだろう。今じゃ考えられない。

「もしかして場地ってわたしのこと好きなの?」

つい先日、千冬くんにも言った言葉。今思うと、わたしはこういう時つくづく空気が読めないんだなぁと少し落ち込む。場地は耳まで赤くしながらそんなこと言ってない、と否定した。その時の顔がどうしようもなくかわいくて、愛おしいと思った。



5階まで階段を登ると毎回息が上がる。呼吸を整えてからインターホンを鳴らしたけれど返事はなかった。今日は涼子さんがいないことを知っていたから、ドアノブを回して、一応「お邪魔しまーす」と声をかけて勝手に家に入った。

「え、嘘でしょ。寝てんの?」

もう何度も来たことがある場地の部屋の畳の上でお腹を出して寝ている場地がいた。その隣で丸くなっている黒い毛玉は、多分千冬くんの家で飼われている猫だ。自分が来いよって呼び出したくせに。今から家出るね、と連絡もしたのに。なんで寝ているんだこいつは。

「もう、起きてよ」

ほっぺをつんつんと指でつついてみても、肩を揺らしてみても起きる気配はない。どうせ昨日も東卍の集会か、マイキーたちと遅くまで出歩いていたか、千冬くんと団地の階段でお喋りでもしていたんだろう。千冬くんは同じ団地に住んでいるとういうこともあって、最近は私よりよっぽど場地と一緒にいる。千冬くんばっかりずるい、とうっかり漏らすと、それはそれは楽しそうな顔をした場地に「へぇー」と笑われた。「わたしだってもっと構ってほしい」なんて言えば言葉通り構われてめちゃくちゃに抱かれた。そういうことじゃないんだってば、と思ったけれど、場地と『そういうこと』をするのも好きだから、まぁそれはそれで良かったんだけど。だって、これはマイキーや千冬くんにはできないわたしだけの特権だったから。

起こすのを諦めて、寝ている彼の隣に寝転がった。

「ふふ、かわいい…」

場地の寝顔、好きだなぁ。ずっと見ていられる。いつもより幼く見えるのがたまらなく可愛い。可愛いなんて言うと場地はいつも「やめろ」って怒るけど、可愛いんだから仕方がない。マイキーも千冬くんも可愛いとは思うけど、場地への『可愛い』は特別だ。いつもはめちゃくちゃかっこいいのにたまに幼く見える笑顔とか寝顔とか、もう全部可愛い。愛おしくてたまらない。マイキーには「場地が可愛いって、名前大丈夫か?」と言われてしまった。眉間に皺を寄せて小さく唸りながら寝返りを打った場地が反対を向いてしまったから、さすがに腹が立って腰の上に馬乗りになってやった。場地の隣で丸くなっていた黒猫はぐぅっと背中を伸ばしてから、窓の隙間から出て行った。ここ5階なのに、どうやって2階まで戻るんだろう。

「あ…?名前…?」
「おはよ」

その重みで起きたのか、場地が薄らと目を開けた。さっきまで可愛い顔して寝ていたのに、寝起きの場地はなんだか色っぽくて、思わずその唇に自分のそれを押し付けた。

「なに、ヤリてぇの?」

わたしの髪を耳にかけながらニヤリと笑って言った場地のストレートな言葉に、素直に頷いた。付き合ったばかりの頃はわたしの方が主導権を握っていたはずなのに、今ではすっかり彼のペースだ。でもそれも嫌じゃない。惚れた方が負けだというのなら、もうわたしの方がよっぽど場地に惚れていたんだと思う。


「……っ、」
「こら、噛むな」

ぐっと噛んだ下唇に場地のかさついた指先が触れる。はぁ、と漏らした声にもならない吐息ごと奪うように、今度はそこに彼の唇が触れた。

「んっ…ねぇ、」
「なに」
「窓、閉めてよ」

起き上がって窓に伸ばそうとした手を握られる。「やだ」って笑ったときにちらりと見える八重歯に背筋がゾクゾクした。

「だめだって…、声、聞こえちゃう」

慌てて口を掌で覆うと、それも引っぺがされて畳の上に縫い付けられる。そのとき、窓の外から「場地さーん」という千冬くんの声が聞こえてきて、どきんと大きく心臓が跳ねた。

「あっ」
「ちゃんと声我慢しろよ」

千冬に聞こえんぞ、とくつくつと楽しそうに笑う場地の喉元に噛み付くように吸い付いてあとをつけてやった。

「…っ、おい!」
「圭介のばーか」

彼の長い髪に指を絡めて引き寄せて、わざと音を鳴らして口付けた。ゆるくウェーブのかかった黒髪が好きだった。石鹸の優しい匂いがしてホッとする。たまに気まぐれに名前で呼ぶと、嬉しそうな顔をする彼のことが大好きだった。


こんなにも誰かを愛おしい思ったことなんてない。多分この先も場地以上に誰かを好きなることもない。そう思っていた中学3年生の頃のわたし。今もその気持ちは変わらない。いつまでも、彼だけは特別。

千冬くんからのプロポーズは素直に嬉しかった。こんなわたしでも好きでいてくれて、この先の未来を一緒に歩んでいきたいと思ってくれている人がいるなんて、すごく幸せなことだなぁ、と思った。

「俺、場地さんに殴られる覚悟できてるよ」

この一言が、何よりも嬉しかった。今でも場地のことを大切に思ってくれている千冬くんの気持ちが伝わってきたから。もしもわたしが千冬くんを選んだら、やっぱり場地は千冬くんのことを殴るのかな。場地、短気だしなぁ。

でもそんな場地も大好きだよ。

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