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二人の過ちには名前がある

※マイキーと東卍メンバーの決別時期等、原作の流れを無視して話が進みます。


幸せな日々が終わるのはいつだって突然だ。

「おい」
「ん……え、場地…?」
「よぉ」

また勝手に庭の木でも登ったんだろう。ベランダから窓をコンコンと叩く場地の姿にわたしは飛び起きた。

「よぉ、じゃないよ!ずっと連絡取れなくて心配したんだから!」
「うるせぇよ、夜中に」

場地は近所迷惑だろって眉間に皺を寄せた。夜中に突然訪ねてくる方が迷惑じゃない?と言いかけてやめた。もう2週間以上、ずっと連絡が取れなかったのだ。電話をしても繋がらないし、メールの返事もなかった。マイキーに聞いても千冬くんに聞いても、誰も何も教えてくれなかった。

「…とりあえず、中入って」
「おじさんとおばさんは?」
「今日は夜勤でいない」
「なんだ、じゃあ玄関から入れば良かったな」

履いていた靴をベランダに脱ぎ捨てて、慣れた様子でわたしの部屋に入る。2週間ぶりの場地の姿はなぜだかひどく不安定に見えた。付き合いはじめた頃よりも長く伸びた髪が、彼の顔に影を落とす。

「ねぇ、どうしたの?なんか最近おかしいよ…」
「別にどうもしねぇよ」

いつもより冷たい場地の声に胸の奥がざわざわする。何か言わなきゃと思うのに、こういうときに限ってなにも言葉が出てこない。会ったら文句言ってやろうって、色々考えていたはずなのに。

「名前」
「…んっ、ふ…ぅ」

場地がわたしの腕を強く引いて、その勢いのまま唇を合わせると、すぐに舌を入れられ深く口付けられる。わたしたちはそのままベッドへと雪崩れ込んだ。

「…それ、つけなくていい」
「は?お前何言って…」
「つけないで、そのまましてほしい…」
「バカじゃねぇの…っ」
「お願い、」

行為中、挿入しようとゴムを手に取った彼にそう言ったのは、ただそのままの場地を自分の1番深いところで感じたかったからだった。ただ、それだけ。

「圭介、ぁっ、好き…大好きっ…」
「……っ」
「ずっと一緒にいて…どこにも行かないで…」
「…っは…名前…」
「圭介…っ、」

「………愛してる」

愛してるって言葉が好きじゃない、と前に話してから一度も言われたことはなかった。愛してるという言葉の響きが好きじゃなかった。漫画やドラマの中でだけ成立するような台詞だと思ってた。場地が言ったら笑っちゃいそう、なんて言っていたのに。

彼の口から零れ落ちた一言に、なぜか涙が出てきて止まらなかった。わたしもって、言いたかったのに言えなかった。わたしが眠りにつくまでそばにいてくれたはずの場地は、朝起きるといなくなっていた。


場地がいなくなってしばらくしてわたしはご飯が食べれなくなって、食べてもすぐ吐き出すようになった。みるみる痩せていくわたしをみんなが心配していた。念の為病院にも行ったけど、おそらく心因性のものだろうと診断されたし、誰もそれを疑わなかった。もう1週間、学校にも行けていない。友達から心配するメールがたくさん届いたけれど、どれも返信することができないままでいた。そんな時、マイキーが訪ねてきた。

「名前」
「マイキー…」
「ちょっと出て来れるか?」
「ごめん、部屋でもいい?」

外に出るとすぐに吐きそうになるからずっと部屋にいた。久しぶりに人前に出れるような服装に着替えて、マイキーを部屋に招き入れた。万が一に備えて汚してもいいような服で、枕元には常にビニール袋を置いていた。

「名前、顔色悪いな」
「なんか最近吐き気ひどくて…1週間で3キロ痩せちゃった」

ふっと自嘲気味に笑う。場地がいなくなった途端に体調を崩して、学校にも行けなくなって。自分はこんなにも弱かったのかと自覚させられた。

「今は、仕方ねぇだろ…」
「あ、うっ、ごめん、吐きそう…」
「おいっ、名前本当に大丈夫か?」
「ご、め…マイキー…」

マイキーからわずかに香るガソリンの匂いに胃の中のものがぐっと込み上げてくる。さっき吐いたばかりで中が空っぽだったからか、胃液しか出てこなかった。ごほごほとえづくわたしの背中をマイキーの手がさする。

「なぁ、お前ちょっとおかしいぞ…。病院は行ったんだよな?」

やべぇ病気とかじゃねぇよな?とマイキーが心配そうに聞いてくる。どうにかそれに頷いて答えた。

「病院ではストレスからくる不調だろうって…」
「なぁ、名前…」
「ぅっ…」

未だにえづくわたしの背中をさすっていたマイキーの手が、ふいに止まる。

「お前、その…最後にアレ、来たのいつだ…?」

アレって…そういえば最後にきたのってもう1ヶ月以上前…。ていうか、あの日着けてない…場地が中に、出して…ピルは、飲んだけど…。

「え…あ…しばらくきてない、かも…」
「…エマ呼ぶから、もう一回病院行くぞ」

考えもしなかった可能性に、頭の中が真っ白になった。そのあとのことは、もう良く覚えていない。泣いている両親と、ごめんね、と何度も泣きながら謝る涼子さんの顔だけ今でもなんとなく覚えている。





マイキーくんに呼び出されて向かった先は、場地さんが眠る場所だった。最近すっかり嗅ぎ慣れてしまった線香の匂いが鼻をかすめる。

「名前にガキができた。父親は場地だ」

手を合わせていたマイキーくんが徐に立ち上がり、突然告げられた言葉に頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

「え、あの、それって…」
「名前は産みてぇって言ってる」
「でも高校とか、どうするんすか…?」

名前さんは場地さんの彼女、だった人だ。場地さんより1つ年上で、まだ高校1年生。そんな彼女が妊娠していた。場地さんの、子どもを。

「産むってなったら中退するしかねぇだろ」
「そっ、スよね…」

この話を聞いたとき、産んでほしい、と強く思った。だって、今彼女の身体の中にある命は、場地さんの生きた証だから。でもそれは名前さんのこれから先当たり前に歩むはずだった人生を大きく変えることになる。

「避妊ぐらいしろよ、バカ場地」

名前のことぐらいちゃんと守れよ、と墓石に向かって言うマイキーくんの目の奥が揺れている。多分マイキーくんも、産んでほしいと思ってる。

「このことはまだ誰にも言うなよ」
「…わかりました」
「俺は、絶対に名前の味方でいてやりてぇ」

名前さんは場地さんとマイキーくんの幼馴染だ。幼い頃から一緒にいたと場地さんから聞いたことがある。

「なぁ千冬、もしも俺に何かあったら…そのときはお前が名前と子どものこと守ってやってくれ」



暑い夏の日だった。真夜中にもうすぐ産まれそうだ、とマイキーくんから電話がかかってきて、ベッドから飛び起きた。場地さんのゴキをかっ飛ばして急いで病院へと向かうと、分娩室と書かれた部屋の前でマイキーくんがベンチに座り項垂れていた。

「マイキーくん!」
「あぁ、千冬か…」

憔悴し切った様子のマイキーくんに「どうしたんすか!?」と慌てて駆け寄ると、「さっき分娩室入ったからもうすぐ生まれるだろうって」と言われた。その言葉にホッとしたと同時に、え、もう産まれんの?ってなぜか俺がめちゃくちゃ緊張してきた。

「名前が…なんかもうすっげぇ痛そうで…」

げっそりとした様子でマイキーくんが言った直後、奥の部屋から「痛い痛い痛い!!!!!」という名前さんの大きな叫び声と「叫んじゃダメ!目閉じない!!しっかりしなさい!!」という、医者か看護師の声が聞こえてきた。

「俺、男で良かった…」
「お、俺も…」

それからしばらく、ドアの前で立ったり座ったり、落ち着かない時間を過ごした。その間も何度も名前さんの唸り声が聞こえてきた。どうか無事に産まれてくれ、とただただ祈ることしかできない。

ふと、部屋の中が一瞬静かになったと思った直後、ドラマや映画で聞いたことのある赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。あぁ、赤ちゃんが産まれた瞬間って本当にこんなふうに泣くんだなぁって考えていた。

「う、まれた…?」

その泣き声を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、涙が頬を伝う。

「なんで千冬が泣いてんだよ」
「マイキーくんこそ…」

慌ててTシャツの裾で涙を拭う。隣にいたマイキーくんも目を潤ませて笑っていた。


それからしばらくして分娩室の扉が開いた。「2人とも中入っていいって」と、声をかけてくれたのは場地さんのお母さんだった。多分、本当なら家族しか入れないような場所だろう。俺たちが入るのと入れ替わるように、名前さんのお母さんと場地さんのお母さんが部屋から出て行った。

「名前、よく頑張ったな」
「思ってた500倍ぐらい痛かったけどね」

マイキーくんが名前さんの頭を優しく撫でた。名前さんは本当に疲れた、と言いながらもホッとしたように笑っていた。名前さんの隣に置かれた小さなベッドで、もぞもぞと手だけを動かす赤ちゃんを覗き込む。当たり前だけど産まれたての赤ちゃんを見るのなんてこれが初めてで、起きているのか寝ているのかもよく分からなかった。

「場地じゃん」
「場地さんそっくりっスね」
「…だよねぇ」

産まれてすぐなのに、こんなに顔ってはっきりしてるもんなのか?ってぐらい場地さんにそっくりで、思わず3人で笑ってしまった。「もはやコピーだよ」「場地の遺伝子強すぎねぇ?」と名前さんとマイキーくんが、場地さんの小さい頃にそっくりだと笑う。

「あの、この2人にも抱っこしてもらってもいいですか?」

名前さんが聞くと、事情を知っているのか近くにいた助産師さんが優しく頷いてくれた。マイキーくんが赤ちゃんを受け取り、そっと抱きあげた。

「小いせぇなぁ…。なぁ場地…見てるか?産まれたぞ、お前の子ども」

「なんでお前こんな大事なときにいねぇんだよ、バカ」そう言って笑いながら涙を溢すマイキーくんに、鼻の奥がまたツンとなる。本当に、なんでここにいるのが場地さんじゃなくて俺なんだろう。

「ほら、千冬も」
「えっ抱っこってどうやるんすか!?」
「こう、首の下に腕入れて」
「う、わ…やわらかい…」

マイキーくんから受け取り恐る恐る抱くと、想像よりもずっと軽くて、でも確かにとくんとくんと鳴る心臓の鼓動を感じた。

こんなに小さいのに、ちゃんと生きていてここに存在している。場地さんが繋いだ命。

場地さんが、生きていた証。

「あったけぇ…」

ふ、と腕の中の赤ちゃんが笑ったように見えた。腕に感じた温もりに、涙が溢れて止まらなかった。

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