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千冬くんとお付き合いを始めて半月程が経った。バイトがない日はわたしの仕事終わりに駅まで迎えに来てくれて、うちまで送ってもらって、そのまま一緒に夕飯を食べたりテレビを観たりしてまったり過ごす、が基本パターンとして定着しつつある。

きっと毎日晩ご飯を用意して待ってくれている千冬くんのお母さんに申し訳ないからうちで一緒に夕飯を食べるのは多くても週に3回にしよう、と言ったら「別に気にしなくてもいいけど、なまえさんのそういうとこが好き」と千冬くんが眉を少し下げて笑ってくれたのが、今週一番嬉しかった出来事。基本的に月末月初以外は定時で帰れるゆるめの事務職だし、最近は日が暮れるのも遅いからそんなに心配してしょっちゅう迎えに来なくても大丈夫なんだけどなぁとは思っていたけれど、わたしも千冬くんに会いたいからそれは言わないことにした。なによりもすぐ会える距離に住んでいるのが大きかった。夕方からでも帰り電車のことを気にせずに会えるし、家が近いって最高、と1年と少し前にこのマンションに住むことを決めた自分を褒めてあげたい。


『今日バイト休みになったから仕事終わったら連絡下さい』
仕事中にこっそり受付の下に隠した携帯を見ると千冬くんからメールが来ていた。会えないと思っていた日に会えるのって3割増しで嬉しい。口元が自然と緩んでしまう。

「なまえちゃん顔に出てるよ」
「…すいません」

頬に手を当ててぐっと持ち上げてにやけた顔をどうにかしようとするけれど、「全然だめ、ゆるゆる」と笑われてしまった。

「幸せオーラすごいね」
「えへへ」
「ついこの前まであんなに負のオーラ背負ってたくせに〜」

もちろん相手が高校生だとは言えなかったけれど、彼氏ができたと報告すると先輩は自分のことのように喜んでくれた。

仕事終わり、制服から私服に着替えて会社を出る。会社から駅はすぐそこなのに早く千冬くんに会いたくてつい早足になってしまう。予定通りの電車に乗って、最寄駅の改札を出ると私服姿の千冬くんがすぐ目に入った。

「千冬くん」
「今日も仕事お疲れ様です」
「千冬くんも、学校お疲れ様」

この可愛い笑顔を見たら仕事の疲れなんて本当に吹っ飛んでしまうのだからわたしって相当単純だ。毎回すぐに抱きつきたくなるのを堪えるのが大変なほどだった。

「今日は晩ご飯は?うちで食べる?」
「なまえさんがいいなら」
「わたしはいいよ。じゃあスーパー寄ってもいい?」
「うん。荷物持ちしますよ」
「助かります」

外で知り合いに会ったときは従兄弟って言って誤魔化してね、と言ったときはそれはもう不服そうな顔をした千冬くんだけど、どうやら一緒にスーパーに行くのは好きらしい。恋人とスーパーに行って夕飯の食材の買い出し、なんて高校生同士だとなかなかないだろうし、そういう憧れはわたしも身に覚えがある。

「食べたいものある?」
「なんでもいいよ、は困る?」
「うん、困る」

こんなやりとりさえ幸せに感じてしまうのだから、わたしはもう相当千冬くんにハマってしまっている。彼が持ってくれているカゴにサラダ用の野菜を入れて、精肉コーナーで立ち止まる。あ、今日鶏肉安い。

「一応聞くけど、お肉か魚だったらどっちがいい?」
「それは肉」
「だよね」

お肉が良いと即答する千冬くんに思わず笑ってしまう。鶏肉だと親子丼か唐揚げかグラタンか…うーん、と悩むわたしに「簡単なのでいいよ」って千冬くんが声をかけてくれる。簡単なの…もちろん有難い申し出ではあるけど、わたしとしては料理で女子力アピールをしたい気持ちもあるわけで。

「千冬くんの胃袋、掴みたいんだけどなぁ」

あざとすぎたかな、と思いながらちらりと見上げると千冬くんがはぁ…と、ため息をついた。

「今すぐ抱きしめたくなるからそういう可愛いこと外で言わないで」

少し顔を赤くした千冬くんがそんなことを言うから、可愛いのはどっちだと言いたくなった。


「学校のやつに彼女できたって言っても信じてもらえなくて」
「えー、なんで?」

スーパーからマンションまでの帰り道、千冬くんの学校での話を聞いていた。中学生の頃はなんと暴走族に所属していたらしい。今はだいぶ落ち着いたと言っているけれど、普通の学生生活を送ってきたわたしからすれば金髪にピアスのその格好だけで十分に不良だと思う。

「…写真見せろって言われて見せなかったから」
「あー…」

どちらかというと童顔な方だとは思うけど、まず高校生には見えないだろう。さすがに写真を見られるのはまずい。不貞腐れる千冬くんの横顔を見ながら苦笑いをして誤魔化した。

「そしたら山岸ってやつが『イマジナリー彼女だ』とか言い出して」
「いまじなりーかのじょ……ふはっ、」

想定外の言葉に思わず吹き出したわたしを千冬くんがじとりと睨む。

「ごめ…っ、お友達センス良すぎ…っ」
「なまえさんのせいだから」
「あはは、ごめんって」


オートロックを解除しマンションのエントランスに入るとすぐ千冬くんが手を繋いでくれる。それがいつも嬉しくて、胸が簡単にきゅんとときめく。緩む口元を隠しもせずにやけていたら「えへへ」と声が出てしまった。

「ほんとは外でも繋ぎたいけど」
「うーん、この歳で従兄弟と手繋いでたら変だもんねぇ」
「なまえさんが変な約束させるからじゃん」

エレベーターに乗ってすぐに千冬くんが少し屈んで顔を近付けてきたから、あ、キスされる、と思ったのに触れる寸前で離れてしまった。不思議に思って千冬くんを見上ると少し顔を赤くして、「やっぱりもうちょい我慢する…」なんて言うからわたしは更にきゅんが止まらない。さっきは変な約束、なんて言ったくせに『キスは1日3回まで』を律儀に守ってくれているのが嬉しくて、繋いだ手を握り直した。


部屋に入ると突然後ろからぎゅっと抱きしめられた。思わず持っていたスーパーの袋を落としてしまったけれど、そんなことには構わず腰に腕を回されて、くるりと正面から向き合うような体勢になる。

「なまえさん」
「んっ…」

甘えるような声で名前を呼ばれたかと思えば頬に手を添えて軽く上を向かされ唇を奪われていた。唇を開くように舌でなぞられて、小さく開いた隙間にぬるりとした舌を捩じ込まれる。

「ふっ…ぁ…ん…」

たまらず逃げようとする舌を絡め取られ、ちゅ、ちゅっ、と音を立てて執拗に吸われると足の力が抜けて崩れ落ちそうになる。すると千冬くんの細く見えるのにしっかりとした腕が腰に回されて、ぐいっと引き寄せられた。あぁ、もう、こんなふうにされたらやばい…。そう思うのにやめてほしいとはもちろん言えなくて。わたしも千冬くんの首に腕を回して、蕩けるようなキスに応えた。

長い長い口付けが終わり、小さく音を立てて唇が離れる。

「…あと2回ね」

おでこをくっつけて唇が触れそうな距離のままそう言った千冬くんから目が離せなくて、さっきまでの可愛い千冬くんはどこにいったの?ってぐらい、かっこいい千冬くんにたまらなくなって、赤くなった顔を隠すようにぎゅっと抱きついた。
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