▼▽▼

「本当のこと言ったら相手にしてもらえないと思って…すいません…」

そう言って向かいに座る制服姿の千冬くんは素直に頭を下げた。学校に向かう千冬くんを見送ったあと『学校終わったら会えますか?』とすぐに連絡が来た。そして夕方、彼の学校が終わるのを待って駅近くのカフェで待ち合わせをして今に至る。ふぅ、と息を吐き出して視線を落としコーヒーを見つめる。ふんわりと湯気が立ち上る液体の上で情けない顔をしたわたしがゆらゆらと揺れていた。

「…ちゃんと確認しなかったわたしも悪かったと思う。ごめんなさい」
「や、なまえさんは悪くないっすよ」

しばらくの間沈黙が流れる。テーブルの上にあるわたしの手を包むように握られて思わずびくりと肩が揺れた。こんなところ誰かに見られたらまずいなんてもんじゃない。しかしゆっくりと絡められる指から逃れたいのにできなくて、そんなわたしの様子を伺うように千冬くんが沈黙を破った。

「…年齢ってさ、そんなに大事?」
「え?」
「お互い好きだったら別に歳とかどうでも良くないっすか?」
「……そういうわけにはいかないよ。千冬くんはまだ未成年なんだし…」
「なまえさんは俺のこと好きじゃない?少しもいいなって思ったりしなかった?」
「そ、れは…」
「なまえさん」

握られた手に力が入る。この前と同じように澄んだ瞳で見つめられるともうどうしようもなかった。けれどわたしには高校生に絆されるような覚悟もなくて。

「っごめん…千冬くん…」
「……分かりました」

困らせてすいませんでした、そう言ってもう一度だけぎゅっと手を握ってから名残惜しそうに離して、千冬くんは帰っていった。


あれから1週間。一度だけ仕事帰りに駅前で千冬くんを見かけたけれど、もちろん声をかけることはできなかった。自分から言い出したことだし、間違ったことはしていない。こればっかりは仕方がなかったのだ、と自分に言い聞かせる。せめてわたしがあと4年遅く生まれていれば、千冬くんが4年早く生まれていれば…なんてたらればを考えてはため息をつく。あぁわたしっていつのまにか千冬くんのこと好きになってたんだなぁ。まあ今更気付いたところで付き合えるわけではないんだけど。会社でも明らかに気落ちしているわたしに「なにかあったの?」と先輩に心配されてしまった。

「やっぱり上手くいかなくて…」
「例の男の子?」

こくりと頷いて「まぁでも、そんなに簡単に上手くいく方が稀ですし」と、先輩に言った言葉は半分は自分に言い聞かせているようなものだった。思い出してはまた大きなため息をついて、とぼとぼと仕事帰りの夜道を歩いていたときだった。

「ねぇ…」
「はい?」

声をかけられ振り返ると知らない男が立っていた。はぁはぁと荒い呼吸をしながら少しずつ近寄ってくる男に「あ、やばい」と思い距離を取るように後ずさる。

「お姉さん…この前そこの公園でお酒飲んでたよね…」
「ひっ…」
「話しかけたかったのに男の子と帰っちゃってさぁ」
「や、やだっ、来ないで…」
「俺の方が先に見つけたのに…!」

どうやら千冬くんと初めて会った日にこちらを見ていた男のようだった。すぐに逃げようとしたけれど腕を掴まれてしまい振り払おうにも男の力は強く、恐怖で大きい声も出せない。

「いやっ、離して…!」
「ほら、こっちおいで」
「やだぁ…!」

泣きながら首を横に振り拒絶するが、わたしの声なんて聞こえていないのか、そんなことは関係ないのか、更に息を荒くさせた男はぐいぐいと腕を引っ張り、震えた足から力が抜けて転んだわたしを公園の茂みの方へと引っ張り込もうとした。硬い道の上を引き摺られ、皮膚がピリピリと痛む。

「痛っ、だ、誰か……」
「呼んだって誰も来ないよ」
「やだ…っ、誰か助けて…!」
「なまえさん!!」
「ち、ふゆ、くん…?」

泣きながら震える声で呼べば、千冬くんがわたしの名前を呼びながらこちらへ走ってきてくれるのが見えた。

「おい、離せよ!」

一瞬幻かと思ったが、突然現れた千冬くんは男の顔面を1発殴り、倒れ込んだ男は「ぅぐ…」と声にならない声を出してそのまま気を失った。

「なまえさん!」
「こ、怖かった…殺されるかと、思っ…」
「もう大丈夫だから…」

千冬くんは座り込んだままのわたしをぎゅっと抱き締めて背中をさすってくれた。優しく頭を撫でられるとホッとして綻んだ涙腺から一度出てきた涙はなかなか止まってくれなくて、怖いのと安心したのと情けないのとでよく分からない涙が次から次へと零れてくる。

しばらくしてようやくわたしが泣き止み落ち着いたところで、「とりあえず警察呼んだ方がいいっすよね」と言い千冬くんは警察に電話をし始めた。その間もわたしの手はずっと繋がれたままだった。「交番からすぐ人来るって」千冬くんが言った通り、すぐに警察の人が来て男を連れて行った。わたしたちは少しお話聞かせてくださいと言われ、近くの交番で聴取を受けた。その間やけにそわそわした様子の千冬くんに「どうしたの?」と小さく聞くと「あー…中学ンとき結構ヤンチャしてたんで、ケーサツとか、落ち着かなくて…」と視線を逸らす姿がなんだか可愛くて思わず苦笑いしてしまった。

「お姉さんを助けたのはお手柄だけど、気絶させちゃったのはちょっとやりすぎだね」
「1発しか殴ってないっすけど」
「えっ、1発でのしちゃったの?」

千冬くんは警察の人に褒められ、びっくりされ、それからちょこっと怒られた。一通り話し終えると時間も時間だし、と解放してもらえた。帰りに警察のパトカーで家まで送りましょうか?と言われたが、千冬くんがすぐに「俺が送るんで大丈夫です」と言って断っていた。「…2人知り合いなの?」と警察の人に聞かれたので「家が近所で!前から知り合いなんです!」と慌てて答えた。


帰り道、少し気まずい沈黙が流れる。隣を歩く千冬くんの横顔をちらりと盗み見ようとしたら目が合って、慌てて逸らしてしまった。

「そ、そういえば千冬くん何であそこにいたの?」
「あー…普通にバイト帰りだったんスけど、公園の方からなまえさんの声が聞こえた気がして。まさかと思って見に行ったらなまえさんこの前のオッサンに腕掴まれてるし」

本当に偶然通りかかっただけだと知って、千冬くんがたまたま通りかからなかったら今頃どうなっていたのかを考えてゾッとした。思い出して青ざめるわたしの手を千冬くんがまたぎゅっと握った。

「ホントに、心臓止まるかと思いました」

そう言って千冬くんは繋いだ手を引いて、わたしを腕の中に閉じ込めた。

「なまえさんが無事で良かった…」

彼の震える声に、心臓が押し潰されそうな気持ちになる。ぎゅうっと力強く抱き締められ、わたしからも彼の背中に腕を回した。

「助けてくれてありがとう、千冬くん」

ぎゅっと抱きつくようにしてそう言うと、千冬くんは驚きつつも嬉しそうに小さく笑って「何回でも助けに行きますよ」と言ってわたしの頭をまた優しく撫でてくれた。どうしよう。彼はまだ17歳で、高校生で、未成年で…なのに、わたしやっぱり千冬くんが好きだ。

「あの…千冬くん、今からちょっと話せる…?」
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -