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翌朝、ベッドから体を起こそうとすると激しい頭痛に襲われた。

「頭いった…」

完全なる二日酔いだ。二日酔いになるたびにもうあんなにお酒は飲まないと毎回思うのに、結局繰り返してしまうのはなぜだろう。ほんと学習しないな、わたし…。再びぼふっとベッドに沈んだ拍子にまた頭がズキンと痛んだ。携帯で時間を確認するとまだ朝の6時過ぎだった。もうちょっと寝ようかなあ、と思いながらもカチカチと目を細めてやたらと明るい画面を携帯を操作する。連絡帳に新しく登録された「松野千冬」という名前を見つめて、やっぱり昨日の出来事は夢じゃなかったんだと思った。

連絡…本当にしてもいいのかな。いつでも連絡してください、なんてただの社交辞令なんじゃないの?でも勝手に人の携帯に連絡先を登録までしてそんな社交辞令言う?結局彼の行動の真意が読めなくて、枕に頭を突っ伏した。やっぱりもうちょっとだけ寝よう。次に起きたらもう少し頭痛が改善されていることを祈って、布団に潜り二度寝を決め込んだ。


あれから4日が経ったが、わたしは未だに松野くんに連絡をできずにいた。この4日間、穴が開くんじゃないかというほど見つめた携帯の画面と今日も今日とて睨めっこをしている。家が近所ということは分かっているが、そう都合良くばったり会えるものでもなく。というかそもそも連絡するべきなのか?いや、助けてもらったお礼はもちろんした方が良いのだけれども、お礼と言っても何をしたらいいのかも分からないし…なんてことをグダグダ考えていたら4日なんて本当にあっという間だった。もちろんその間も仕事はあるわけで。今日も今日とて会社の顔としてきゅっと口角を上げて受付に立っている。

「田中さんと14時からお約束している高橋ですが…」
「はい、高橋様ですね。お待ちしておりました。ただいまお呼びしますのであちらに掛けてお待ちください」

すっかり言い飽きた言葉は考え事をしていてもすらすらと口から出ていく。人の流れを目で追いながらいつもと変わらない業務をこなしていると、先日お別れした先輩がわたしの前を明らかに目を逸らして早足で去って行った。今までならアイコンタクトを取るなり話しかけに来るなりしていたのに。別にいいけど…なんかそういうあからさまな態度はちょっと腹立つなあと、睨みつけそうになるのをぐっと堪えて笑顔を作る。感情的になって秘書課の彼女にバラさなかったことをありがたく思ってほしいぐらいだ。そこまでしようと思えるほど好きじゃなかったんだと言われてしまえばそれまでだけど。

「なまえちゃん、さっきの営業さんとこの前まで仲良かったよね?」

何かあったの?と元彼の態度に、隣に立つもう1人の受付の先輩に心配そうに小声で聞いてきた。

「……この前まで付き合ってたんですけど、二股かけられてて…振られました」
「えぇ!?ちょっとなにそれ!聞いてないよ!」
「いや、まぁ、隠してたんで…」
「ちょっとそれ詳しく聞きたい!」

仕事終わったら飲みに行くよ!先輩が奢ってあげるから!と言われ今週の華金の予定が決定した。



「あの営業さんと付き合ってたなんて全然気付かなかったよ。もう、言ってよ〜!」
「付き合い始めたときに会社では隠そうって言われて…向こう秘書課に本命の彼女いたみたいで」
「うーわ、最低だね。別れて正解って言葉しか出ないわ」

あの人そんな人だったんだ〜、と続けた先輩の言葉に深く頷いてからぐいっとビールを煽った。先輩と5時ピタ定時ダッシュをキメて会社から駅までの道にある居酒屋に入り、既に1時間。あらかたの事情を説明し、先輩からの感想をいただいたところである。

「でもなまえちゃんそんなに落ち込んでないよね?もしかしてもう新しい恋始まってたりする?」

にやにやしながら聞いてきた先輩の鋭い一言に、思わずビクッと肩を揺らしてしまう。分かりやす、と目を細めた先輩からたまらず視線を逸らした。

「ほらほら、もう全部吐いちゃいな?」

先輩の圧に負けたのと、正直わたし自身誰かにこの話を聞いて欲しかったこともあって、先日の出来事を先輩につい話してしまった。

「えーめっちゃいい子じゃん!なんで連絡しないの?」
「…先輩的に4つ歳下の男の子ってありですか?」
「なまえちゃんが今年24だから、20歳ってこと?あーそれはなかなか若いね」
「ですよね!?しかもまだ学生みたいだし…」
「でももう相当その男の子のこと気にしちゃってるよね?それ、連絡しなかったら後悔しない?」
「そ、れは…」
「お礼とか言って会う約束してみたらいいじゃん。会ってみないと始まらないでしょ」

お酒も進んで楽しげに話す先輩に、完全に酒の肴を提供してしまったことを少しだけ後悔した。これはしばらくいじられそうだ。でも先輩からのありがたい助言はしっかりと心に留めておくことにした。


帰宅後、ようやく松野くんに連絡をしようと覚悟を決めて、連絡帳からこの4日何度も見た名前を呼び出した。電話番号しか知らないけど、流石にいきなり電話はハードルが高すぎるのでショートメールを送ることにした。

『こんばんは。
みょうじなまえといいます。先日はありがとうございました。
お礼をしたいのでもう一度会えませんか?』

いやいや、仕事のメールかよ…と自分でツッコミを入れながら何度も文字を打っては消して読み返して、30分が経った。一旦冷静になろうとシャワーを浴びて、でも結局なんて送ればいいのか分からなかったからこのまま送ることにした。送信ボタンを押してから、思わず「はぁ…」と息を吐き出す。メール1通送るのにこんなに緊張するなんて、こんなのいつぶりだろうか。とりあえず先日お別れした先輩に対してはそんなことはなかったように思う。メールを送ってから5分もしないうちに携帯が鳴って、こんなに早く返事が来ると思っていなかったわたしは慌てて携帯の画面を確認する。見るとメールではなく着信だった。『松野千冬』という文字に心臓が一気にうるさくなって、震える指先で通話ボタンを押した。

「も、もしもし?」
『あ、松野です。すいません急に電話しちゃって…』
「あ、いや、大丈夫…です」

ばくばくと心臓が大きく鳴ってぎゅうっと苦しくなる。呼吸すらままならない。

『急なんですけど、明日の土曜って空いてますか?』

この瞬間、携帯を落とさなかった自分を褒めたい。
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