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「そういえば、なんでいきなり温泉?」
「あー…」

少し気まずそうに視線を逸らした千冬くんが、「家にいるとシたくなるから…毎回そういうことすんの、なまえさん嫌かなと思って」なんて言うから思わず笑いそうになるのを堪えていたけれど、ちらりと覗き見た千冬くんの顔が赤くてうっかりふへ、と変な声を出して笑ってしまった。

「…絶対笑うと思った」
「ごめんって。千冬くんがちゃんとそういうの考えてくれてたの嬉しい」

背中に緩く腕を回して抱き付くと、柔らかく抱きしめ返された。いつもはぎゅっと力を込めて抱き締めるのに、やっぱりちょっとは我慢しているらしい。そういうところも全部愛おしい。

「でもわたしとしては千冬くんががっついてくれないとちょっと寂しい」
「……今日できないのにそういう可愛いこと言うの禁止」

可愛いのはどっちなの、って言おうとした口は千冬くんに塞がれてしまった。「ん、」と小さく声を漏らしたのを合図に舌が歯列を割って入り込む。絡まり合う舌が気持ち良くて、次第に深くなる口付けに身体の奥で熱が燻っていくのが分かる。できないと思うと余計に触れてほしくなってしまうこの身体はもうすっかり彼に絆されてしまっているらしい。名残惜しそうにゆっくりと離された唇がちゅ、と小さく音を鳴らした。

「そういうことされると我慢できなくなるって言ったのに」
「じゃあもうやめる?」
「……意地悪」

やめないで、と強請るように背中に回した腕に力を込めると、また「かわいい」と言って軽い口付けを数回落とされた。



千冬くんとの温泉旅行のためにわざわざ有給を取った自分にちょっと引く。我ながらどれだけ楽しみにしてるんだよって思うけど、楽しみなんだから仕方ない。有給を取ったのは土日より平日の方がどこかでばったり知り合いに会う可能性が低くなるからと、まだ高校生の彼にとっては決して安くはない旅費を少しでも抑えたかったのも理由だけど、これは絶対本人には言えない。あと、会社を休んで平日に旅行に行くという罪悪感もたまらない。これは社会人の特権だなぁと思いつつ、テンションが上がりすぎて思わず千冬くんに内緒で部屋をちょっとグレードアップしてしまったぐらいだ。まぁ旅館に着いたらバレちゃうけど。冬のボーナスに手をつけていなかったから、自分へのご褒美も兼ねてちょっとお高めの露天風呂付き客室にした。別にお風呂でやましいことをしたくてそうしたわけでは決してない。

わたしにずっと運転させるのは申し訳ないから電車で行こうと千冬くんは言ってくれたけど、せっかくだから心置きなくいちゃつきたいというわたしの希望で今回はレンタカーを借りた。そんな千冬くんは今仮免許取得中らしい。次に旅行に行くときは運転代わってね、と言うと嬉しそうに頷いてくれた。自分のことをちょろいなと度々思うけど、千冬くんだって大概ちょろいことをわたしは知っている。


旅行当日、千冬くんの家の近くまでレンタカーで迎えに行くと、誕生日にプレゼントしたスニーカーを履いてきてくれていたのが嬉しかった。助手席に乗り込んだ千冬くんが運転席側に身体を寄せた直後、後頭部に片手を添えて引き寄せられてちゅっと可愛らしい音がして、すぐに離れた唇がにっと弧を描く。

「安全運転でよろしくお願いします」
「そんなこと言うならいきなり動揺させないでよ…」
「いちゃつきたいって言ったのなまえさんじゃん」
「それはそうだけど…」

ぽんぽんと頭を撫でられると結局すぐに絆されてしまうわたしの方がやっぱりちょろかった。千冬くんのすることならなんでも許してしまいそうでちょっと怖い。ナビに目的地を入力して、ゆっくりと走り出した車の中で千冬くんの手がサイドギアに置かれたわたしの手の上に重ねられた。だから、そういうのだってば。


旅館に着いて仲居さんに案内された部屋を見た瞬間、千冬くんに「なまえさん、すぐそういうことする」と予想通り怒られた。怒っているというよりは拗ねている、の方が近い気もするけれど。

「えへへ、やっちゃった」
「やっちゃった、じゃねーから」
「まぁせっかくだし、自分へのご褒美も兼ねて?」
「俺も払うって」
「だめだよ、わたしが勝手にやったんだから」

これが土日だったらもう1万はしたであろう、露天風呂付き客室。窓の外にある露天風呂のさらに奥には海が見える。さすがに冬だから入れないけれど、東京では絶対見れない綺麗な海には自然と心が躍る。部屋も思った以上に広いし奮発した甲斐があったかな。拗ねたような声を出す割に後ろから抱きついてきて「あとで一緒に入ろ」って言う千冬くんはちゃっかりしてるなぁと思う。おでこを肩にぐりぐりするの、可愛いんですけど。





千冬くんのあたたかい腕の中から抜け出して、既に肌蹴ていた浴衣を脱いで部屋のすぐ外にある露天風呂に浸かった。好きな時間になにも気にせず露天風呂に入れるだけで、ちょっと良い部屋を予約して良かったと思う。はぁ、と吐息とも溜息ともつかないものを吐き出して、さっきまでの出来事を思い出し、自分の顔がじわじわと熱を持つのを感じた。

旅行前からこうなることは分かってはいたけれど、まぁとにかくヤった。まだ明るい時間の露天風呂で半分野外プレイのようなことをしたあと、美味しいご飯とお酒に気分が良くなって今度は自分から上に乗って誘った。あ、やばい。思い出しただけでちょっと死にたい。浴衣の帯を解かれたと思ったら、そのまま両手首を縛られて目隠しまでされたときはさすがに焦ったけど、しかしそんな状況にもしっかり興奮させられてしまったのは言うまでもなく。

今までの彼氏とはそういう行為自体そこまで前向きな方ではなかったはずなのに。嫌ではないけれど、自分から進んでしたいと思ったことももちろん言ったこともない。なのに千冬くんと身体を重ねるようになってからは求められるたびに応えたいって思うようになった。千冬くんは毎回そういうことをするのは嫌じゃないかって気にしてくれていたのに、わたしの方がよっぽどがっついてる。

あぁ、もう思い返すだけで恥ずかしい。手を縛られて目隠しをされてうっかり興奮してしまったわたしは一体なにを言ったのか、もはや記憶が朧げだった。ていうかできることなら記憶をなくしたい。「大きいのきもちいい」とか「もう我慢できない」とか「さっきのすごい良かったからもう一回したい」とか。とにかく散々千冬くんを煽って何回もイかされて、ねだったくせに結局先に根を上げて。でも「もう無理」って言ってもやめてもらえなくて、それは大変な思いをした。

ばしゃんと音を立てて湯船に顔を打ち付けるようにして沈み込んだ。恥ずかしすぎる。今までこんなセリフ言ったことないのに。ていうか潮吹きだって、千冬くんとするまでは都市伝説的なものだと思ってたのに。やっぱり千冬くんの「あんまり経験ない」は嘘だと思う。年下の、それもまだ高校生の彼に自分でも信じられないぐらい乱されてしまうのがちょっとだけ悔しい。

はぁ、ともう一度口から零れたのは今度こそ溜息だった。自分自身知らなかったところを暴かれていくことへの戸惑いと、あとは旅行に行こうと言われてからずっと抱えていた後ろめたい気持ち。それが一緒くたになって出てきてしまった。

「…なまえさん?」
「ぎゃっ!?」

考え事をしていたところに急に声をかけられて、びくんと肩が跳ねた。ついでに色気のない声も出た。いつのまにか浴衣を脱ぎ捨てて前髪を簡単に結んだ千冬くんが「ちょっと詰めて」とあまり広くない露天風呂に入ってきて、浴槽から大量のお湯が溢れ出る。さっきまでの不安はどこへ行ったのか、後ろから抱き締められるような体勢でお腹に腕を回されるとこのあとの展開を期待するかのように身体の奥がじんと疼いた。

「起きたら知らねー部屋で1人で寝ててちょっと焦った」
「それはちょっと見たかったかも」

千冬くんはまだ眠いのか、会話が途切れて沈黙が流れた。お湯の流れ続ける音と、真っ暗で景色は見えないけど少し遠くから波の音が聞こえる。

「あのさ、」
「ん?」
「ここまで来ておいてアレなんだけど、泊まりで旅行とか…なんか、色々だめじゃない?」
「え、今更言う?」

今更なのは重々承知なんだけど、未成年と、しかも高校生とお泊まり旅行って…犯罪感がとんでもない。千冬くんは「友達と旅行」とか親御さんに言って来たんだと思うと罪悪感もこれまでの比じゃなかった。今までも何度も家に泊めて、今日もそういうコトを散々しておいて本当に今更なんだけど。

「それ旅行の前に言われるかなって思ってた」
「あー…何回か言おうとは思った、けど」

言えなかった。こうやって悩むぐらいならやめた方がいい。やっぱり今回は日帰り旅行にして、卒業してからなんの気兼ねもなく行く方が絶対良いって分かっていたのに。

「だめだなぁ…」

じわじわと目尻に涙が浮かんでくる。やだなあ、もう。最近こんなのばっかりだ。

「なまえさんの、そういう真面目なとこ好きだよ」
「…わたし、多分千冬くんが思ってるほど大人じゃないよ」

24なんて社会に出たらまだまだ子どもみたいなものだ。仕事でもプライベートでも、1人でできることなんてたかが知れてる。自分のすること全てに責任を取れるのかって言われたら、そんなことないと思う。だからこそ、付き合ったときにわたしがちゃんとしなきゃって思ったのに。

「千冬くんのことほんとに大事だから、この関係もちゃんと守りたいって思うのに…全然うまくやれない」
「……後悔してる?」

身体の関係を持ったことも、旅行に来たことも、付き合うときにした約束を守れなかったことも。もし何かあったときに責任を問われるのはわたしだろうけど、より傷付くのはきっと彼の方だから。そうならないためのルールだったのに。結局守れなかった。でも、

「…千冬くんがわたしのこと手放す気ないって言ってくれて、一緒にいてって言ってくれたの、本当に嬉しかったら」
「うん」
「後悔、は…してない」
「そっか」

千冬くんが小さく笑ったのを肩越しに感じた。それからすぐに「のぼせるから出よ」と言われ手を引かれて湯船を出た。身体を拭いてすっかり皺がついてしまっている浴衣に再び袖を通して、部屋の中に2組並べられた布団に横になった。せっかく楽しい旅行だったのに、2人の間に流れる空気がさっきまでとは明らかに違って、失敗したかなぁって思っていたのに。

「なまえ、おいで」
「…なにそれ、ズルい」

ズルくねーし、と笑った千冬くんが「ほら」と腕を差し出すから素直にそこに頭を乗せた。もう片方の腕で腰を引き寄せられてぴったりとくっついた身体から体温を分け合って、身体の中までじんわりと暖かくなる。抱きしめられたまま眠りについて、朝起きてすぐ隣にある無防備な寝顔がただただ愛おしいと思った。
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