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1月2日。昨日の夜、帰省していた実家からひとり暮らしの家に戻った。連絡するとすぐにうちに来てくれて、結局そのままお泊まりした千冬くんの腕の中で目を覚ました。冬休みに入ってからうちで過ごすことが更に増えた千冬くんの寝顔が見たくて最近はこっそり早起きしている。もちろん普段から可愛いけど、寝顔はもう天使みたいに可愛くて。ほんの少し開いた口とか、意外としっかり筋肉がついた腕とか、わたしをぎゅっと抱きしめて眠る千冬くんに、やっぱりきゅんが止まらない。

付き合い始めたときに高校卒業まではお泊まりもだめって言っていたはずなのに、千冬くんの誕生日以来結構な頻度でうちに泊まりにきているし、千冬くんが来れない日はそんなに大きくもないセミダブルのベッドがやたらと広く感じてしまう。高校生をこんなに頻繁に家に泊めるのも、そういうコトをするのも良くないとは思うのに、結局拒めないどころか自分から求めてしまうわたしはやっぱりだめな大人だなぁと思う。


本当は年末年始も千冬くんと過ごしたかったし、一緒に年越しして夜中の初詣なんかもいいなぁと思っていたけれど、「俺には家に帰れって言うくせに」と苦笑いされてしまったので仕方なく帰省することにした。でもいざわたしが実家に帰る直前になると「…なまえさん、本当に帰るの?」とぎゅっと抱きついてくるんだから困る。

「2日にはこっち戻るから、一緒に初詣行こうね」
「ん、分かった」
「だからこの手は離してほしいんですが」
「やだ」

「最後にもう一回シたい。だめ?」と上目遣いにお願いされて、結局実家に帰るために乗る予定だった電車には乗り遅れた。相変わらずちょろすぎる。


実家に帰るとすぐお母さんに「彼氏でもできたの?」と言われた。いつも連休の前は仕事が終わったその足で実家に帰るし休みギリギリまで居座るし、帰る度に「ずっと居たい」と駄々をこねて、ついでにだらだら過ごして食べ過ぎて毎回体重を増やしていたのに。そういえば最近はほとんど帰っていなかった。そして今回の帰省も大晦日と元旦だけ。下手な言い訳をしても母親に通じるとも思えなくて素直に頷いておいた。去年の今頃も彼氏はいたけれど(二股されてたけど)年末年始はしっかり実家に帰省していたことを思い出すと、自分がどれだけ千冬くんに夢中になっているのかを思い知らされたような気がして、恥ずかしくなって赤くなった顔を誤魔化すように手でパタパタと扇いだ。

「ねー、今度お母さんに紹介してよ」
「えー……」
「なに?親に会わせられないような相手なの?」
「そんなことはないけど…わたしより年下だから」

みんなに自慢したいぐらい可愛くてかっこいい彼氏ではあるけれど、さすがに高校生と付き合ってると親に言う勇気もないし、千冬くんを実家に連れて来て親に会わせるなんてもっての外だ。だって実家って、どう考えても重い。高校生が同級生の恋人の家に遊びに行くのとは訳が違う。さすがにまだそんな重荷を背負わせたくはない。

「まぁそのうちね、そのうち」
「大丈夫なの?その彼、ちゃんと結婚とか考えてくれてるの?」
「…大丈夫だよ。ちゃんといい人だから」
「そう?ならいいけど」

千冬くんと結婚かぁ…と実家のこたつに入り寝転がりながら想像してみる。正直あまりリアルな妄想は膨らまなかった。もちろんそうなればいいとは思うけど、わたしがそんなことを考えているなんて千冬くんには1ミリも悟られたくはない。結局何をするでもなくだらだらと過ごして、例の如く1キロ体重を増やして今回の帰省は終了した。


手探りでベッドサイドに置かれたスマホのアラームを止める。暖かい千冬くんの腕の中から抜け出すとひんやりとした空気に身震いした。暖房とホットカーペットを点けて、ソファに置きっぱなしにしていたガウンに袖を通し、キッチンでマグカップを2つ用意する。スティックタイプのカフェオレを入れてウォーターサーバーのお湯を注いでスプーンでかき混ぜていると、甘い匂いがふんわりと立ち上った。本当はコーヒーメーカーがあればいいんだけど、残念ながら今の狭いキッチンには置き場所がない。2人分のマグカップをテーブルに運ぶ。猫舌の千冬くんが起きてくる頃にはちょうど良い温度になっているだろう。

ソファではなく温まり始めたホットカーペットの上にぺたんと座りスマホをチェックしながら、初詣はどこに行こうか、年始の貴重な連休をどう過ごそうかと考えていると、寝室からペタペタと足音が聞こえてきて、後ろからふわっと抱きしめられた。

「おはよう、千冬くん」
「んー…おはよ…」

わたしの肩におでこをぐりぐりと擦り付けるのが可愛い。あざとすぎる。

「寝癖ついてるよ」
「…うん」
「まだ眠い?」
「……うん」

軽く振り向くとまだ眠そうな千冬くんの目が半分しか開いていないのがもうどうしようもなく可愛くて、ふわふわの髪を撫でながらやっぱり天使だな、なんて思った。「なまえさんまた俺のことかわいーとか思ってる…」なんて拗ねた顔をされてもただ可愛いだけだ。「わざと可愛いことやってるのかと思った」そう思ってしまうほどあざとく甘えてきたくせに「ちがう…」と弱々しく否定する千冬くんの声は本当にまだ眠そうだ。

「眠いならまだ寝てていいよ?」
「…なまえさんと一緒に寝たい」

だめ?と見つめられるとわたしが断れないのを分かってて聞いてくるの、本当にずるい。千冬くんが寝起きの暖かい手を頬に添えてゆっくり顔を近付けてくる。

「ん…、初詣は?」
「あとで」
「やっぱりめんどくさいから行かないとかナシだよ?」
「………」
「千冬くん」
「わかった。ちゃんと行くから」

今は一緒に布団入ろ?、とわたしの腰に腕を回す千冬くんが、本当に二度寝をするためにベッドへと誘っているわけじゃないことはもちろん分かっている。分かった上で結局可愛いお誘いに乗ってしまうんだから、やっぱりわたしは千冬くんの前ではとことんダメな大人になってしまうらしい。

「んっ、はぁ…」
「なまえさんかわいい」

可愛いのは千冬くんの方だよ、と言おうとしたけれど、わたしをベッドに組み敷く千冬くんの目がさっきまでのとろんとした眠そうで可愛らしいものとは全然違って。高校生とは思えないような色気に当てられて、身体の奥がきゅんと疼いてしまった。どうしよう。これはわたしの方が初詣なんて行ってる場合じゃないかもしれない。

「なまえさん」
「な、に…ぁっ、」
「最近なんか余計なこと考えてるよね」
「え…、ひぁ…っ」

ゆるゆると生ぬるい快感を与えられながら紡がれた言葉にドキッと心臓が嫌な音を立てる。あ、やばい、バレてる。もしかして怒ってるんじゃないかと恐る恐る千冬くんの顔を見上げると、かち合った目が柔らかく細められた。

「俺、もうなまえのこと手放す気ないよ」

絶対、と更に言葉を強調される。ベッドに縫い付けるようにしてぎゅっと繋いだ手に力が込められた。痛い、苦しい、気持ちいい、嬉しい。いろんな感情が胸の奥からぶわっと込み上げてきて、同時に涙が零れた。

「だから、余計なこと何も考えないで俺と一緒にいて」

千冬くんと一緒に過ごして幸せだって思うことはこれまでも何度もあったけど、今この瞬間がこれまでの人生で1番幸せだって心から思えた。

「千冬くん、」
「ん?」
「すき」
「うん、俺も」
「わたしも、もう千冬くんのこと手放してあげられない」

小さく「ごめんね」と謝ると、少し困ったように笑った千冬くんが「…愛してる、って言ったら重い?」と言った。

「重く、ない」
「なまえ」
「…、うん」
「もー、また泣いてる」
「だって、」
「だって?」
「幸せすぎて…」

わたしの言葉に少し驚いた顔をしてから、目尻を下げて笑った千冬くんの顔を見たときに、これまで全然想像できなかった彼との未来がリアルに見えてきた気がした。まだ言葉にする勇気はないけど、いつか本当にそうなればいいって思った。
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