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12月24日、20時。年末の休みに向けて業務は多忙を極めつつある。月末月初以外は基本的に5時ピタ定時ダッシュをキメるわたしですら年末は残業に追われている。それでも他の部署に比べればずっとマシだけど。今日はコンビニで適当に夕飯を買ってさっさと寝よう。そう思いながら社員証を小さな機械にかざして重たい扉を押した。

どれだけ疲れていても、イルミネーションが煌めく街には自然と心が躍る。明日はクリスマス、1年で1番好きな日だ。どこか浮わついた街の空気を感じながら歩くのが子どもの頃から好きだった。もうこの雰囲気だけで楽しい。だから別にクリスマスイブにひとりでいることを寂しいと思ったことはこれまでなかった。恋人がいようといなかろうと、パーティーもなにもなくても毎年楽しかったはずなのに。はぁ…と思わずこぼれ出た溜息がふわふわと広がって、イルミネーションの中にゆっくりと消えていった。

自分がこんなに恋愛にのめり込むタイプだと気付いたのも、彼と付き合いだしてからだ。いつか来るかもしれない別れを想像するだけで、今まで経験したことないぐらい心臓が押し潰されるように痛くて苦しくてたまらなくなる。いつのまにこんなに…と思ったけれど、多分最初からだった。気付かないふりをして過ごしてきたのに、身体を重ねてしまったらもうだめだった。もう千冬くんのことをわたしから手放せる気がしない。こんなの重すぎて本人には絶対言えないけど。


千冬くんの誕生日の翌日は2人で昼までぐっすり眠ったあとで遅めの昼食を食べて、それならまた部屋でダラダラして何度か体を重ねて……それはもう幸せな時間を過ごした。しかしそれから数日、お互いの予定が合わず会えていない。たった4日、されど4日。近所に住んでいるから普段からかなりの頻度で会っていたせいで、たった数日会えないだけでもう千冬くんが恋しくて仕方ない。あーもう、早くあのふわふわの金髪を撫で回して癒されたい。

今年のクリスマスは平日で、もちろんわたしはいつも通り仕事。24日は千冬くんも夜までバイトだと言っていた。だから25日のクリスマス当日はわたしの仕事が終わったら2人で過ごそうと約束していた。千冬くんは先にうちに来て夕飯を用意してくれると言っていたから、お言葉に甘えてごま豆乳鍋をリクエストしておいた。本当は今日も会いたかったけど残業確定だったし、翌日もなるべく早く帰るために朝残業するつもりだったから我慢したのに。仕事から帰って適当な夕飯とシャワーを済ませた22時過ぎ。「ごめん。やっぱ顔見たくなった」と言って小さなケーキが入ったコンビニの袋を持って家まで来てくれた千冬くんに思わず玄関先で抱きついたわたしを受け止めて、「合ってた?」と笑った。

「合ってた…」
「なら良かった」
「…なんで分かるの」
「えー…彼氏だから?」

自分で言ったくせに少し恥ずかしそうにするのがたまらなく愛おしくて、またその背中に腕を回して力一杯抱き締めた。

「今日はこれ食べたら帰るから」

「明日も早いんでしょ?」と苦笑いをして、そっと身体を離されて頬に触れるだけのキスを落とされる。実際連日の残業でくたくただし、明日も朝早いし、千冬くんだってきっとバイトが終わってからすぐに来てくれたから疲れているだろうけど。

「やだ。帰っちゃだめ」
「…なまえさん、本気で言ってる?」

咄嗟に飛び出した言葉に自分でも驚いてしまう。夏に一度やってしまったけど、やっぱりわたしから求めるのはだめだってずっと思ってた。だって、どうしたって罪悪感が付き纏ってしまうから。うわ、やばい…なんかもう泣きそう。

「ご、ごめん…ちがくて、その…」
「違うの?」
「違う、くはないけど、だって…っ」

わたしの言葉を遮るように唇を塞がれる。千冬くんの冷えた指先が頬をするりと撫でて「ちゃんと我慢するから、泊まってもいい?」と目を細めて嬉しそうに笑った。その顔ズルすぎる…。少し間を空けてから小さく頷くと、もう一度甘い口付けを贈られた。


「別に我慢しなくても良いのに…」
「だってなまえさん明日も朝早いっつってたじゃん」

買ってきてくれたやけに甘いケーキを食べてから2人でベッドに入って、いつまでも千冬くんの胸元に引っ付いて離れないでいると苦笑いされてしまった。どうやら今日は本当にそういうことをするつもりはないらしい。確かにあたたかい腕の中にいると今すぐ眠れそうなほど疲れてはいるけど、わたしだってシたくないわけじゃない。せっかく会いに来てくれた千冬くんに我慢させるぐらいなら、わたしが多少の寝不足を我慢する方がずっと良い。

「ちふゆくん」
「ほんとにだめだって」
「…だめ?」
「……俺が絶対1回で終われないからだめ」

「その分明日いっぱいするから、覚悟しといて」とまた触れるだけの口付けを落とされて、今度こそあたたかい腕の中で眠りについた。



「えっ、システムエラー…!?」
『なんか会社のシステム今全部使えないらしくて!』

起きてすぐに先輩からかかってきた電話で一気に目が覚めた。「悪いんだけど、ちょっとだけ早く出社できない?」と言われ、なるべく急いで出社すると伝えて千冬くんを起こさないようにそっとベッドから抜け出した。

「ごめん、千冬くん。わたしもう行かないといけなくて」

まだ眠っていた千冬くんの身体を揺すり声をかけると薄らと瞼を持ち上げて、「ん、いってらっしゃい…」と後頭部を引き寄せられて柔らかい唇を押しつけられた。あぁ、もう、そんなことされたら仕事行きたくなくなっちゃう。数秒間だけ触れ合っていた唇がゆっくりと離れていくのが名残惜しくてもう一度自分から唇を重ねると、「そんなことされたら仕事行かせてあげられなくなるんだけど」と苦笑いされてしまった。

「起こしてくれたら良かったのに」
「だって気持ち良さそうに寝てたから」
「…帰りは迎えに行くから、また連絡して」
「分かった。じゃあ、またあとでね」

いってきます、と外に出ようとしたわたしの腕を掴んで引き寄せられる。顎を掴まれたと思ったら、ちゅっと音を鳴らして頬に軽く口付けられて「いってらっしゃい」と悪戯っぽく笑った千冬くんにはやっぱり敵わない。まだ高校生のくせに、ほんとどこでこんなこと覚えてくるんだろう。


いつもより早めに出社すると会社全体がバタついていた。「こんな年末にシステムエラーとかほんとありえない!システム部何してんの!?」と先に出社していた先輩がキレ気味に受付業務に必要な顧客情報のファイルを用意していたから、わたしも急いで制服に着替えてからそれを手伝った。

受付の仕事は全部紙と電話で処理をした。なんだかパソコンを使うよりも目が疲れた気がする。昼休憩は先輩と交代で15分だけ。短い休憩時間に千冬くんに『今日仕事何時に終わるか分からなくて…本当にごめん。お鍋は今度でもいい?』とメールをしておいた。昼過ぎにはシステムは復旧したけれど午前の皺寄せもあり、仕事を終えたのは定時を2時間ほど過ぎた頃だった。それから先輩と一緒に事務のオフィスの様子を見に行くと、今にも死にそうな顔でパソコンに向かいひたすら手を動かす同期がいた。一般事務は普段残業が少ない分お子さんがいる人も多い。ほとんどの人が「お迎えの時間があるから…」と帰ってしまったらしい。そういう事情はもう仕方がない。

「わたしたちも手伝うよ」
「えっいいよ!受付はもう仕事終わったんでしょ?」
「それ今残ってる人数でやって、終わるの何時になるの?」

同期のデスクに積み上げられた大量の紙束を指差すと、彼女は素直に「お願いします…」と頭を下げた。そもそも年末業務で忙しいのにそれプラス今日の午前にできなかった処理を残った数人でやれと言う方が無理なのだ。

「みんなでやって、ちゃちゃっと終わらせよ」
「ありがたすぎて涙出てきた…」
「いや、本当に泣いてんじゃん」

よっぽど切羽詰まっていたらしい。涙を滲ませる同期にティッシュを差し出した。

「今度受付にお礼のお菓子持って行きます!」とまた半泣きでわたしと先輩の手を握る同期と一緒に会社を出る頃には、既に22時を回っていた。残業の途中で確認した携帯には『残業お疲れ様。仕事終わったら連絡して』と千冬くんからメールが来ていたから『仕事終わって今から帰るところだよ』と連絡したけれど、最寄駅に着いても、マンションの前に着いても、千冬くんからの返信はなかった。お鍋は今度にしようと言ったけど、きっと千冬くんのことだから夕飯を作って待っていてくれて、そして待ちくたびれて寝てしまったんだろう。せっかくのクリスマスなのに申し訳ないことをしてしまったなぁと思いつつも、千冬くんの可愛い寝顔を思い浮かべると口元が緩んだ。

「ただいまー…」

部屋に入ると電気が付いていて、予想通り上半身をソファに預けて座ったまま眠る千冬くんがいた。

「…かわい」

規則正しい寝息を立てて眠る千冬くんの顔をそっと覗き込む。いつもよりさらに幼く見える寝顔に愛おしさが込み上げてくる。好き、大好き。ずっと一緒にいたいと思うけど、先のことを考えるのはやっぱりまだ少し怖い。

「千冬くんのこと、手放せなくなってもいい…?」

起こしてしまわないように、そっと金髪に手を乗せてふわふわの柔らかい髪の毛を撫でた。きっと千冬くんが起きていたら「むしろ嬉しい」「俺も好き」って笑って応えてくれるんだろうな。それが分かっているから、直接は聞けなかった。

本当はこのまま寝かせておいてあげたいけど、さすがに床で寝かせるわけにもいかないし、かと言ってわたしに千冬くんをベッドまで運ぶほどの力はない。

「千冬くん」
「ん…」

小さく身体を揺すると千冬くんがゆっくりと瞼を持ち上げた。

「ごめん、待たせちゃったね」
「うーわ、ごめん寝てた…駅まで迎えに行くつもりだったのに」
「ううん、来てくれただけで嬉しい」

ぎゅうっと抱き付くと、「遅くまでお疲れ様」と頭を撫でてくれた。今日1日本当に大変だったのにたったこれだけで疲れが吹っ飛んでしまうんだから、やっぱり千冬くんの癒し効果は絶大だ。絶対千冬くんからマイナスイオン出てる。そう言うと、「なまえさんたまに変なこと言うよね」と笑われた。

「鍋できてるけど食べる?」
「食べる…お酒も飲む…」

そう言いつつもいつまでも離れないわたしを千冬くんは苦笑いしながら抱き上げてソファに降ろした。

「鍋温め直してくるから座って待ってて」

もう一度わたしの頭をぽんぽんと撫でてからキッチンへ向かった千冬くんは、本当にまだ高校生なのかとたまに思う。包容力ありすぎじゃない?末恐ろしい18歳だ。


「ん、美味しい」
「良かった」

千冬くんが用意してくれていた、わたしリクエストの温かいごま豆乳鍋が疲れた身体に沁み渡る。人の作ってくれたご飯ってなんでこんなに美味しいんだろう。

「クリスマスなのに鍋で良かったの?」
「うん。ご馳走は誕生日に作ったしね」

温かいお鍋と美味しいお酒があればそれで十分だ。せっかくクリスマスだし、とシャンパンを開けたけど多分1人では飲みきれないだろう。千冬くんが飲めたらなぁ、とは思うけどそれはさすがに2年後までお預けだ。

「前から思ってたけどさ、なまえさんって酒好きな割にそんなに強くないよな」
「あー、顔には出やすいと思う」

特に弱いわけではないけど、とにかく顔に出やすい。今までは酔っているわけでもないのにすぐに赤くなるのが恥ずかしいと思っていたけれど、千冬くんがわたしの頬に手を添えて「すぐ赤くなんのかわいい」と言ったから、アルコールに弱い体質で良かったとこのとき初めて思った。


「洗い物やっとくから風呂入ってきなよ」

食べ終わった食器を運んでいると、シンクの前に立ち腕捲りをした千冬くんがそう言ってくれた。どこまで良くできた彼氏なんだろう。彼氏と同棲しているけど、全然家事をしてくれない!と嘆いていた友達に自慢してやりたい。残業で疲れていたし、お酒も飲んだし、お腹もいっぱいだし、あとはお風呂を済ませてベッドに入れたら確かに幸せなんだけど。

「…お風呂一緒に入る?」

洗い物をしようとスポンジを手に取った千冬くんの背中に抱きついて言うと、ぴたりと手が止まった。

「いいんスか…」
「ふふ、いーよ」

頬を赤くして振り向いた千冬くんが可愛くて思わず笑ってしまう。照れ隠しなのか、そのまま勢いよく抱き上げられて脱衣所へと連れて行かれた。ほんと可愛い。

「絶対風呂入るだけで終われねぇけど」
「いいよ」
「でもなまえさん今日疲れてんじゃん」
「それはそうだけど…ねぇ千冬くん、言ってることとやってることが合ってないよ」

狭い脱衣所に2人で向かい合うと「本当にいいの?」と何度も確認しながらも、千冬くんはワンピースの背中のファスナーをさっと下ろし、既にブラのホックに手をかけていた。

「なまえさん」
「んっ、」

甘やかすように何度も落とされる口付けが気持ち良くて、強請るように千冬くんの首に腕を回した。


結局お風呂で1回、更にお風呂上がりに部屋でもう2回。さっきは本当に高校生?なんて思ったけど、これはさすがに若さを感じる。ベッドで力尽きるわたしに千冬くんが冷たい水が入ったグラスを持ってきてくれた。

「ありがと」
「ごめん、疲れてんのに無理させて」

眉を下げて笑う千冬くんが、はい、とわたしの前に小さな包みを差し出した。

「もう26日になっちゃったけど」
「えっ」
「クリスマスプレゼント」

渡されたのは恐らくアクセサリーが入っているであろうサイズの小さな箱だった。

「ありがとう…開けていい?」
「どうぞ」

思わず、指輪じゃありませんように…と願いながら恐る恐る開けると、入っていたのはピアスだった。少しでも指輪かと思ってしまったのが恥ずかしい。恥ずかしいけれど、どこかホッとしてしまった自分もいた。シンプルな一粒ピアスが箱の中ではきらりと輝いている。

「これってダイヤ…?え、うそ本物!?」
「一応」

大きくはないけれど本物のダイヤモンドのピアスなんて、高校生がクリスマスプレゼントで買うような値段ではないはずだ。

「え、待って、本物ってこれ…!」
「多分なまえさんが思ってる程高いもんじゃないから気にしないで」

それでも高校生である千冬くんにとっては決して安くはないだろう。少し申し訳ない気持ちにもなるけれど、こんなの嬉しくないわけがない。思わず昨日と同じように千冬くんの胸に抱き付くと、また昨日と同じようにしっかりと受け止めてくれた。

「…嬉しい、ありがとう千冬くん」
「ん、なまえさんが喜んでくれて良かった」
「大切にするね」
「これなら仕事でも着けれるかなって思って選んだから、毎日着けてくれたら嬉しい」

千冬くんの指先がわたしの耳朶に触れて、そこに軽く口付けられた。

「会社でなまえさんのこと狙ってる男に、ちゃんと彼氏からのプレゼントってアピールしといて」

耳元でそう囁かれて、今度は唇にキスをされる。何度か触れるだけの口づけを繰り返しているうちにそれはどんどん深いものに変わっていって、いつのまにか再びベッドに押し倒されていた。

「いい…?」
「ん、いいよ」

仕事で疲れて、既に3回もシて、さっきまでベッドから起き上がれないほどくたくただったのに。それでもやっぱり求められるたびに嬉しくて、何度でも彼を受け入れてしまうわたしはもう後戻りできないところまで来てしまっているんだと思う。
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