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「酔ってて覚えてないとかナシだからね」

ずいっと顔を近付けた千冬くんにそう念押しされてしまった。確かにかなり酔ってはいるけれどちゃんと記憶はあるし意識もしっかりしている。もちろん取り消すつもりもないけれど、改めてそう言われると変なプレッシャーを感じてしまう。うん、とりあえず新しい下着でも買いに行った方がいいかもしれない。

「えーっと、千冬くんが好きそうな下着用意しとくね?」

可愛い系かセクシー系どっちが好き?と本人に聞いてしまうぐらいには酔っていたらしい。「今そういうこと言うのほんっとにやめて…」と真っ赤になった顔を手で隠す千冬くんがあまりにも可愛くて、ぎゅっと抱きつくように背中に腕を回した。

「真っ赤になってるの可愛い」
「…可愛いは嬉しくない」
「ふふ、そういうところが可愛いよ」


千冬くんの誕生日はどこに行こう?プレゼントは何にしようかなぁ。今日は仕事終わったらプレゼント探しに行って、ついでにボディクリームもいつもよりちょっと良いやつ買っちゃえ。そういえば結局可愛い系かセクシー系はどっちが好きなんだろう?と、仕事の休憩時間に携帯で色々調べていたときに、ある考えが頭を過りふと指が止まる。

あれ、そういえば千冬くんって、そういう経験…あるの…?

今までの言動からして経験があるものだと勝手に思い込んでいたけれど、千冬くんだってまだ高校生なんだから未経験という可能性も十分にありえる。え、待ってわたし未経験の男の子とシたことないんですけど…?リードとか言われても無理なんですけど…!?6歳年上とはいえわたしだってまだ24歳で、社会に出ればまだまだ若い方。なんなら小娘扱いされるような年齢だ。さすがに未経験ではないけれど、経験豊富というわけでもない。下着やボディークリームを調べていたページを閉じて、慌てて『18歳 男子高校生 未経験』と検索しようとしてしまった。待て待て、落ち着けわたし。相手が未経験ならこちらもそれ相応の準備がいるんじゃないのか。いや、でもまだ未経験って決まったわけじゃないし。千冬くんは自分ではモテないって言うけれどあの顔と性格でモテないわけがないし、キスも上手いし、なんならわたしは未遂で終わったあの日指だけで……え、あれで未経験なんてありえるの?そんなわけなくない?

しかしそれはそれでモヤモヤするものがある。千冬くんがわたし以外の女の子とシたことあるって、なんか嫌だ…。18歳ってすっごい微妙なライン。自分自身の18歳の頃を思い返してみても経験がある子もいればそんなのはまだずっと先のことだと思っている子もいたように思う。本人に聞くわけにもいかないし、どうしたらいいのかと頭を抱えているうちに休憩時間は終わり、その日の午後の仕事は全然集中できなかった。

仕事終わり、とりあえずプレゼントを探しに行こうと会社近くのファッションビルのメンズフロアをうろうろしていた。服、鞄、財布、時計、アクセサリー…どれも千冬くんに似合いそうで選んでいるのが楽しくなる。楽しい、けれどもわたしの頭の中は昼間からずっと同じことをグルグルと考えていた。

「みょうじさん」
「えっ、た、高橋さん…!?」

ボーッと考え事をしていたせいで周りが見えていなかったらしい。ポンと肩を叩かれ、相変わらず千冬くんとよく似た声で名前を呼ばれビクッと身体が飛び上がった。慌てて後ろを振り向くとそこにいたのは高橋さんだった。

「プレゼントでも探してるの?」

そんなわたしの様子を見て口元に手を当てて小さく笑う?橋さんはわたしが手にしているメンズのマフラーを指さしてそう言った。

「あ、はい。もうすぐ彼の誕生日で…」
「へぇ、いくつになるの?」
「………18歳に」
「うわー、若いなぁ。羨ましい」

いつものように眉を下げて笑う高橋さんの「羨ましい」には若くて羨ましい以外の意味が込められている気がしてならない。こんな言い方をしても嫌味っぽくならないのはこの人の良いところだなとは思うけれど、多分今の言葉にはわたしを困らせて楽しんでいるところもある気がした。

「プレゼント何にするか悩んでるの?」
「え?」
「すっごい難しそうな顔してたから」
「あー、いや…そういうわけではないんですけど…」
「…何か悩みあるなら聞こうか?」
「えっ」
「俺で良ければだけど」

そう言って優しく笑ってくれた高橋さんのご厚意に果たして甘えていいものなのか。もちろん取引先の人にするような話ではないけれど、わたしに高校生の彼氏がいることを知っている人は高橋さんしかいなくて、つまりわたしが相談できる相手もこの人しかいないわけで…。悩んだ末に結局わたしは?橋さんに相談することにした。

立ち話でするような内容ではなかったから近くのカフェへ移動した。今回は悩みを聞いてもらうんだからわたしの奢りで!と言ったけれど、「はいはい、俺はみょうじさんとお茶できるだけで嬉しいから」と軽くあしらわれて取り出した財布を手で押し退けられ、結局また奢られてしまった。前と同じように向かい合って座って、前と同じように奢ってもらった期間限定のフラペチーノを一口啜ってから目の前に座る男性に悩みを打ち明けた。

「わたしたち、その、まだシてなくてですね…」
「えっ?」

コーヒーを飲んでいた高橋さんの手がピタリと止まる。

「えーっと…みょうじさんそれマジで言ってる?」
「マジなんです…」
「今付き合ってどれぐらい?」
「7ヶ月ぐらい…?」
「…みょうじさん、なかなか鬼だね」
「鬼、ですかね…やっぱり…」

「でもまぁ相手未成年だしみょうじさんの気持ちも分かるけど」と言って、高橋さんは苦笑いしながら再びコーヒーに口を付けた。

「するかしないか悩んでるってこと?」
「…する覚悟は、できたんですけど…その、彼が未経験なのか、経験済みなのか分からなくて…」
「あぁ、そういうこと。今までの感じ的には?」
「経験済みかなぁ、とは…」
「まぁでも18歳か。確かに微妙な年頃だね」
「そうなんですよねぇ…」

ずずっとフラペチーノを啜りながら答えてふと我に返る。なんだかさも当たり前のように相談して色々ぶっちゃけてしまったがわたしの前に座るこの人は取引先の次期社長で、なんならわたしに好意を持ってくれている人なのだ。

「あ、あの、本当にすいません…!こんなお話聞かせてしまって…!」

居た堪れなくなって慌てて頭を下げると、高橋さんは「気にしなくて良いよ」と笑ってくれた。「こんな相談されるぐらいには信用してもらえてるってことでしょ?」なんて爽やかな笑顔を向けられてしまえば、もうわたしは何も言えない。相談する相手を完全に間違えたと今になってようやく気が付いた。

「そういうことに興味津々な年頃の男子が7ヶ月も我慢してるってさ、彼よっぽどみょうじさんのこと好きなんだね」
「え?」
「多分今までもシようと思えばできたんだろうけど、ちゃんと我慢してくれてるんでしょ?大切にされてるんだね」
「それは…まぁ…」

千冬くんに大切に想ってもらっている自覚はある。わたしだってその気持ちに応えたいと思ったから次に進む覚悟を決めたんだ。

「もう直接聞いちゃえば?」
「えっ!?そういうのって聞いても良いものなんですか?」
「良いんじゃない?それで失敗するよりはよっぽど」
「た、確かに…」

高橋さんの言う通り、失敗するぐらいならちゃんと確認しておくべきだ。さすが人生の先輩。さっきまで聞くべきじゃなかったと思っていたけれど、男性目線のありがたいアドバイスにはやっぱり聞いて良かったと思ってしまった。この答えは多分女友達にしても返ってこなかっただろう。真剣に考えて答えてくれた分だけ、高橋さんへの申し訳なさも募るけれど。

「あーもう…さすがに諦めざるを得ないかなあ…」
「今何か言いました?」
「ううん、何にも」

そう言って眉を下げて優しく笑った高橋さんは残りのコーヒーを飲み終えると「じゃあ、頑張ってね」と言ってからわたしの頭を軽く撫でてお店を出て行った。ぽつりと溢れた高橋さんの言葉は本当は聞こえていたけど、聞こえないふりをしてしまった。
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