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会社を出て、いつものように『仕事終わったよ。今から帰るね』と千冬くんに連絡をしてから電車に乗った。すぐに返ってきた『お疲れ様。駅前で待ってる』という返事に、電車の中だというのにも関わらずだらしなく頬が緩む。最寄りの駅に着き改札を出てすぐに見つけた見慣れた金髪に駆け寄ろうとして、ぴたりと足を止めた。見つけた千冬くんの隣に女の子がいたからだ。千冬くんと同じ高校の制服を着ている、可愛らしい女の子。

わぁ〜…スカートみじかーい…。あんなに足を出せるなんてさすが10代…女子高生の特権だよなぁ…なんて、思わず感心してしまった。

「ていうか誰…」

溢れた独り言は雑踏に紛れて消えた。別に千冬くんのことを疑っているだとかそういうわけではない。でも、こういうの見たくないんだよなぁ。だってどう見てもわたしよりお似合いだから。くるりと駅の方へと向き直り、駅に併設されているコンビニに向かった。コンビニの雑誌コーナーへ直行して雑誌を読むふりをしながらちらりと駅前の千冬くんと女の子を盗み見る。見たくはないけれど気になるんだから仕方ない。制服か…制服なのか……一瞬とんでもない考えが頭に浮かんで、それを一蹴するように首を左右に振った。危ない。24歳、さすがに制服なんて着れない。着ちゃいけない。

あ、うわ、千冬くんの腕触ってる…。え、待って、今なんか手紙っぽいの渡してなかった?千冬くん普通に笑って受け取ってるんだけど、どういうこと?あーーー…もうほんとやだ。わたし今絶対不細工な顔してる。もうこのまま帰っちゃおうかな。いやでもさすがに大人気なさすぎ?なんてことを考えていると、ポケットに入れていた携帯が短く震えた。

『遅くない?何かあった?』

千冬くんからのメールに目を通してから再びコンビニの外に目を向けると、女の子はまだいたけれど千冬くんは携帯を見ていた。『ごめん、ちょっとコンビニ寄ってる』とだけ返信すれば、千冬くんは女の子に軽く手をあげてすぐにコンビニの方へ歩いてきた。それを見てわたしは慌ててカゴを手に取って、お酒とおつまみを入れた。いつも家ではあんまり飲まないけど、っていうか千冬くんが来てる時に飲んだことないけど。あんなの見たら飲まないとやってられない。そんなことを考えながらカゴの中にどんどんビールや缶チューハイを放り込んでいく。

「買いすぎじゃない?」

後ろからカゴを覗き込むようにして千冬くんに声をかけられた。今日もお疲れ様、と笑ってわたしの手からカゴを取り上げる千冬くんにすぐにきゅんとしてしまうわたしの心臓は相変わらずこの上なくちょろい。

「…今日は飲みたい気分なの」
「ふーん?」

そう言いながらレジに並ぶ千冬くんが空いた手でわたしの手をさらっと握った。

「まぁ酔ってるなまえさん可愛いからいいけど」
「酔うほど飲まないもん…」

最近は外で当たり前のように手を繋いでくる千冬くんに「だめ」と言えなくなってきた。大人のわたしがちゃんとしなきゃと思うのに、千冬くんにすっかり絆されてしまっている自覚はある。だめだなあ。

いつものようにスーパーで買い出しをしてから、2人でキッチンに並び夕飯の支度をした。わたしは作っている間から既に飲み始め、食べ始める頃にはグラスに本日2本目の缶酎ハイを注いでいた。生憎缶酎ハイ2本で酔えるほど可愛らしい肝臓は持ち合わせていないのでまだ酔ってはいない。

「千冬くんさぁ、さっき駅で女の子と何話してたの?」
「見てたの?」
「うん」
「同じクラスの女子が駅で彼氏待ってるって言ってたからちょっと喋ってただけだけど」
「……手紙貰ってたじゃん」
「あれはこの前の体育祭の写真もらっただけ」
「えっ、なにそれ見たい」

さっきまでちょっと拗ねたような声で聞いていたのに、すぐに体育祭の写真に食いついたわたしに千冬くんが苦笑いした。

「これってヤキモチ?」
「…そうだよ」

別に酔ってなくてもこの歳になればこれぐらい素面でも聞ける。嫉妬だって簡単に認められる。高校生のわたしならこんなこと言われたら顔を真っ赤にして否定しただろうけど。歳を取るって悪いことばっかりじゃないなって久しぶりに思えた。お酒も飲めるし。

「…千冬くん、にやにやするのやめて」
「だって嬉しくて」

頬を緩ませて嬉しいと笑う千冬くんの顔を見ていると、良い歳して女子高生に嫉妬していたのがさすがに恥ずかしくなってきた。

夕飯の片付けをしてから2人で並んでソファに座った。千冬くんがグラスにお酒を注いでくれて、わたしは高校生に一体何をさせているんだ…ってちょっと思ったけど。千冬くんが注いでくれただけでなんだかいつもより美味しく感じてしまうあたり、やっぱりわたしはだめな大人だ。

「千冬くん体育祭何出てたの?」
「リレー」
「足速いんだ?」
「うん、割と速い方」

先ほど受け取っていた手紙の中身は千冬くんが言った通り体育祭の写真だった。写真の中で同級生たちと楽しそうに笑う千冬くんはやっぱり可愛くてかっこいい。絶対千冬くんのこと好きな女の子、この写真の中に何人かいるでしょ。

「いいなぁ、見たかったなぁ」
「見に来たら良かったじゃん」
「えー有給使って?」
「うん」

笑いながら頷く千冬くんの頬を、そんなことできるわけないでしょ、と言いながら弱い力で抓る。

「ていうかそれ言ったら俺だって見たかったけど」
「何を?」
「高校生の頃のなまえさん」

「卒アルとかないの?」と聞かれるけれど、高校生の頃なんてもう5年も前の話だ。あったとしても見せられるわけがない。実家に置きっぱなしにしておいて良かったと心底思った。いかにも普通の高校生だったわたしは、きっと千冬くんと同じ高校にいても片想いすることはあっても千冬くんに好かれるようなことはないだろう。そう考えると出会ったのが大人のわたしで良かったな、なんて思ってしまう。

千冬くんがわたしのグラスに5本目の酎ハイを注ぐ頃には、顔も熱くなって頭もふわふわしてきていた。こんなになるまで飲む予定じゃなかったのに、千冬くんが次々お酒を注いでくるからつい飲んでしまった。

「なまえさん顔真っ赤」

やっぱ酔ってんのかわいい、と言いながら酔って熱くなったわたしの頬に触れた千冬くんの冷たい手が気持ち良かった。

「ん、千冬くんの手冷たくてきもちいい」

その手に擦り寄るようにして言えば、千冬くんはもう片方の手もわたしの頬に添えてゆっくりと唇を重ねてきた。アルコールが回っているからか、いつもより気持ち良く感じてしまう深い口付けに応えるようにわたしは千冬くんの首に腕を回した。

「口ン中熱い」
「ん…はぁ…っ」
「…なまえさん」
「なに…?」
「シたい」

いつのまにかソファに押し倒されるような体勢になっていた。熱っぽい目でわたしを見下ろす千冬くんに思わず「いいよ」と言いそうになるのをぐっと堪える。

「…だめ」
「だめか」
「酔ってるしいけるかなって思った?」
「うん」
「正直だなぁ」

可愛いなぁもう、と言ってふわふわの千冬くんの髪に触れて撫で回すと、ムスッとした顔をされた。さっきからやたらとわたしのグラスにお酒を注いでくるからまぁこんなことだろうとは思っていたけれど。

「やっぱり高校卒業するまでだめ?」
「うーん…卒業までは多分わたしが我慢できない」
「…は?」

ぽかんとした顔をする千冬くんが可愛くて、たまらず唇を押し付けた。ちゅっ、と音を鳴らして触れるだけのキスをする。

「だから、18歳になるまで我慢してくれる?」

そう言えば、千冬くんはわたしを苦しいぐらいにぎゅうっと抱きしめた。

「…いいの?」
「いいよ」

千冬くんの背中に腕を回して、わたしも力一杯抱きしめ返す。

「さすがに17歳は背徳感というか…罪悪感がやばいから、もうちょっとだけ我慢して」
「罪悪感って」
「18歳なら、まぁ…ちょっとはそういうの薄れるかなって…」

わたしの言葉に笑う千冬くんの髪が首元に触れて少しくすぐったい。

「なまえさん」
「ん?」
「好き」
「うん、わたしも好き」
「絶対俺の方が好き」
「えー、それはどうかな」
「前になまえさんの制服姿見たときさ、こんなん絶対声かけてくる男いるじゃんって思った」
「……」
「いるんだ」
「…いないけど」
「なまえさん嘘つくの下手すぎでしょ」

千冬くんはわたしを抱きしめていた腕の力を緩めて、背中に手を添えて起き上がらせたわたしを膝の上に座らせた。

「俺まだまだガキだし、なまえさんにしてあげれることもきっとそいつより少なくて、なまえさんがいつか俺に飽きて他の男のところに行くんじゃないかって不安に思うこともあるけど…」

「でもなまえさんのことを1番好きなのは俺だって自信だけはあるよ」

今まで恋人から言われた言葉の中で、間違い無く1番嬉しい言葉だった。ただ真っ直ぐにわたしを好きだと言ってくれる17歳の可愛い彼が愛しくてたまらない。

「…千冬くん今すぐ18歳になってよ」
「俺だってなれるならなりたい」

目を合わせて笑い合って、どちらともなく唇を重ね合った。千冬くんの18歳の誕生日まではあと1ヶ月。最高の誕生日になる予感しかしない。
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