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俺の腕の中でなまえさんがもぞもぞと動いて、思い出したように顔を赤くして恥ずかしそうに言った。

「このまま寝ちゃいたいけど、わたし顔やばいよね…」
「やばくはないけど…風呂入る?」
「…そうする」

ベッドの中で顔を見合わせて小さく笑い合って、もう一度俺にぎゅうっと抱きついてからなまえさんが起き上がった。あーやばい、可愛い。いつもいつも、こうやって抱きつかれる度にたまらなくなる。ベッドの上でこんなふうに抱きつかれて、我慢できてるのが奇跡だな、と思った。


「コンビニ行ってくるけど、何かいるものある?」

風呂の準備をするなまえさんに声をかけて、財布と携帯となまえさん家の合鍵をポケットに突っ込んだ。

「何か買うの?」
「急だったし、着替えとかなんもねぇから」
「あ、ごめんね…」
「いいよ、俺が一緒にいたいって言ったんだし」

気にしないでよ、と言って頭を撫でるとなまえさんは少し眉を下げて目を細めて笑った。

「…やっぱり家帰る?」
「帰っても良いけど…でもなまえさん俺が帰ったら泣くでしょ?」
「…否定はできない。ていうか本当はお風呂も一緒に入りたいぐらいなんだけど」
「そ、れは…さすがに色々我慢できなくなるわ…」
「うん、わたしもそう思う」

なまえさんが俺から離れて、「いってらっしゃい」と頬に軽くキスをしてきた。

「今日4回目だけど?」
「ほっぺはノーカウントじゃだめ?」
「…だめじゃない」

そういえば朝もしたな、それも会社の目の前で。俺からもなまえさんの柔らかい頬に唇を落とせば、頬を緩めて嬉しそうに笑った。なまえさんの方が年上なのに、それを感じさせないこういう甘え上手なところが好きだなって思う。

なまえさんの家の近くのいつものコンビニはマンションから歩いてすぐだ。寝るときの着替えは貸してくれると言っていたから、とりあえず下着と歯ブラシをカゴに放り込んだ。あとはなまえさんがよく選ぶアイスと、明日の朝食用にホットケーキミックスを入れる。卵と牛乳があるのは確認済みだった。料理なんて普段からするわけじゃないし、ハンバーグを作るのにも相当苦戦した。携帯でレシピを調べて、恥を忍んで母にも電話した。そしたらめちゃくちゃ笑われた。家帰ってからもすげぇ揶揄われた。それでもなまえさんに喜んで欲しかったし、今日のなまえさんの様子を思い出して、やっぱり作って良かったと思った。

なまえさんが悩んでる理由にも大体予想はついてる。どうしたって埋まらない年齢差。多分誰かに何か言われたんだろう。そこまで考えて、今朝見たなまえさんの制服姿を思い出す。……可愛いかったな。あれでニコニコしながら受付に立ってるなんて、声をかけてくる男がいないわけがない。でも今の自分では牽制すらできないのがもどかしかった。俺が知らない世界がなまえさんにはあるんだって思うとすげぇもやもやして、会社の前なのに勢いのままに口付けてしまった。

本当はやっぱりさっきヤっとけば良かったと思わないでもない。だってヤリてーのは事実だし。でもあのまま流されてしていたら多分なまえさんはあとですげぇ後悔するだろうし、最悪俺たちはそこで終わってたと思う。だからさっきの俺の判断は絶対間違ってなかった、と思いたい。

「あ、おかえり」
「…ただいま」

マンションに戻るとなまえさんがちょうど風呂から出てくるところだった。何気に風呂上がりの姿を見るのは初めてで、濡れた髪とか見慣れないすっぴんにやたらとドキドキしてしまう。本当は今すぐ抱きしめてベッドに連れて行きたかったし、さっきの言葉を取り消してめちゃくちゃに抱いてしまいたくなる衝動をぐっと堪えた。え、これ俺一晩保つ?そんな俺の心の葛藤なんて知る由もないなまえさんは無防備に白い太ももを晒している。勘弁してくれ…。

「はい、こんなのしかないんだけどいい?」

そう言って手渡されたのは、明らかになまえさんサイズではないTシャツとジャージ。

「今着てる服洗濯機入れといてね。明日には乾くと思うから」
「…あのさ、一応聞くけどこれって誰の?」
「え?わたしのだよ」

俺と付き合う前に二股されたという元彼のものかもと思ってしまったけれど、すぐに「この部屋に入ったことある男の人、千冬くんだけだからね?」と言って再び俺の頬にキスをされた。今その新情報ぶち込むのなんなの?嬉しすぎるんだけど。

「元彼、とか来たことねーの」
「うん、千冬くんだけ」
「なんで今そういうこと言うかな…」
「千冬くんが頑張って我慢してるの可愛くて、つい」

ごめんね、と笑うなまえさんは本当に意地悪だ。風呂から出ると「千冬くんの髪ドライヤーしてみたい」と言って乾かしてくれたけど、乾かし終わった俺の頭に鼻を寄せて「千冬くんの髪からわたしのシャンプーの匂いがする」なんて言ってくる。さっきから俺の理性を揺るがすようなことばっかりして、いつもより積極的ななまえさんにドキドキさせられっぱなしだった。

そのあとはコンビニで買ってきたアイスを食べて、並んで歯磨きをして2人でベッドに入った。既に日付は変わっていたけれど、今キスしたら絶対それだけで終われなくなると思って我慢した。なまえさんも同じように思っているようで、ぎゅうぎゅうと抱きついてはくるけどキスはしてこなかった。いや、抱きつかれるのも正直色々キツかったけど。

「明日ちょっと早起きしてさ、一緒にご飯作ろうよ」

さっき材料買ってきたから、そう言うとなまえさんは予想に反してムスッとした顔をした。

「…千冬くん、ハイスペックすぎない?」
「え?」
「かっこいいし、料理できるし、バイクも乗れるし、ケンカも強いし…キスも上手いし、んむっ」
「…褒めすぎだって」

なまえさんがあまりにも褒めるから流石に恥ずかしくなって小さな口を手で塞いだ。

「千冬ん絶対モテるでしょ?」
「いや、モテねぇから」
「嘘だ。わたしもし千冬くんが同じ高校にいたら絶対好きになってるよ」

学校かバイト先に隠れファンとかいない?なんて拗ねた顔で聞いてくるなまえさんはとても年上には見えない。あーもう、ほんっとに可愛いな。なんだこの可愛い生き物。なんでこんな可愛い年上のお姉さんが俺と付き合ってくれてんのか、たまに不思議になる。

「俺がこんなことすんのなまえさんだけだから」
「本当に?」
「本当に。そもそも普段は料理しねぇし」
「えー、でもハンバーグ美味しかったよ?」
「それは…愛がこもってるから」

口に出してから、我ながら恥ずかしいことを言ってしまったことに気付いた。恐らく赤くなっている顔を隠したくてなまえさんを腕の中に閉じ込めると、胸元でくすくすと笑っている気配がした。しばらくすると眠くなってきたのかあまり喋らなくなったなまえさんがもう一度俺の胸元に頭を擦り寄せてきた。なまえさんが言うようなハイスペックな男になれたら、こんな不安もなくなるんだろうか。実際はクラスの男子としょうもない猥談に花を咲かせたり、遅刻ギリギリで教室に駆け込んだり、テストの前には一夜漬けで勉強するようなどこにでもいる男子高校生だ。俺がもう少し大人だったら、なまえさんの不安ももっと簡単に取り除いてあげられるんだろうか。

「千冬くん」
「ん?」
「いつもありがとう、大好き」
「ん、俺も」

でもこの一言でそんなのやっぱりどうでもいいか、と思えるぐらい、俺もなまえさんのことが好きで。好きで好きでどうしようもなくて。こんなの、今の俺が言ったって軽い言葉にしかならないことは分かってはいるけれど。

「愛してる」

この感情にしっくりくる言葉が、これ以外に見つからなかった。いつかちゃんと起きてるなまえさんに言えるようにと小さく祈りながら、腕の中で眠る可愛い彼女に一度だけキスをした。


昨夜は正直あまり眠れなかった。本当に手を出さなかった俺を誰か褒めてほしい。マジで。脚とか腕とか色々触れるたびに何度も脳内の悪魔が耳元で甘い誘惑をしてくるから、その度に溝中メンバーの顔を頭に思い浮かべてどうにかやりすごした。でも朝起きて好きな人が隣で寝てるってやっぱいいなって思いながら可愛い寝顔を眺めていたら、なまえさんがゆっくりと目を開けた。

「おはよ、なまえさん」
「ん…おはよう…」

掠れた声がなんだか色っぽくて少しドキッとする。まだ完全には目覚めていないのか、んんぅ、と小さく唸ったなまえさんが俺に抱きついてぽつりと溢した。

「仕事行きたくない…」
「え?」
「ずっと千冬くんとお布団入ってたい…やだなぁ、ほんと仕事行きたくない…ずっとこうしてたい」
「なにそれ、可愛すぎるんだけど」

俺の胸に頭をぐりぐり押しつけて可愛いわがままを言うなまえさんをぎゅうっと抱きしめる。本当はそのわがままを叶えてあげたいし俺もずっとこうしてたいけど、さすがにそういうわけにもいかない。

「ほら、起きて。朝ご飯作ろ?」
「うぅー…」
「…会社まで一緒に行こうか?」

それはだめだって言われるかな、と思ったけれどなまえさんはパッと顔を上げて目を輝かせた。

「えっ、いいの?」
「いいよ。俺ももうちょっと一緒にいたい」
「やばい…嬉しすぎる」

千冬くんはわたしを甘やかす天才なんじゃない?なんて言いながらなまえさんは嬉しそうに目を細めて笑った。

朝食は予定通り2人でホットケーキを作って食べて、今度はもうちょっと凝ったホットケーキ作ってみようよ、なんて話をした。なまえさんの支度が終わるのを待って、2人で駅までの道を歩いて同じ電車に乗った。その間ずっと手を繋いでいたけどなまえさんは何も言わなかった。電車の中は夏休みだからか思ったよりも混んでいなかった。途中で一度乗り換えて、なまえさんはいつもこんな景色を見ながら通勤してるんだなぁって、そんなことを考えながら窓の外をぼんやり眺めていた。オフィス街が近付く前になまえさんからそっと離された手を、本当はもう一度掴んでしっかりと繋いでいたかった。会社から少し離れた場所で「じゃあ、ここで」となまえさんが言った。

「仕事頑張って」
「ありがとう」
「終わったら連絡して」
「うん…あのね、今日駅まで迎えに来なくて良いから…その家で待ってて欲しい、です…」
「え…」

言いにくそうに話すなまえさんを見て、やっぱりもう外で会うのはだめだとか言われるのかと思い、たまらず不安げな声を漏らしてしまった俺の手をなまえさんの小さな手がぎゅっと握る。

「家で千冬くんが待ってて、おかえりって言ってくれるの想像したら1日頑張れそうなんだけど…だめ?」

上目遣いで恥ずかしそうにそんなことを言われてだめなんて言えるわけがない。だめなわけがない。何でこの人はこんなにいちいち俺のツボを的確に突いてくるんだ。

「…キスしていい?」
「えっ!?だ、だめ!」

慌てて手を離したなまえさんが俺から距離を取ろうとしたから腕を掴んで引き寄せて、唇の横にちゅっと音を鳴らして口付けた。

「ち、千冬くん…!」
「今日も晩飯作って待ってるから、仕事頑張って」

顔を真っ赤にして口の横に手を当てるなまえさんにそう言えば何も言い返せないのは分かっていた。もう!と怒って会社の方に向かうなまえさんを見送ってから駅に戻る。今日の晩飯は何にしようかな。でもその前に一回家に帰ってゆっくり寝よう。
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