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勢いで電車に乗って千冬くんのバイト先のペットショップまで来てしまった。着いてからふと冷静になって、「わたし今めちゃくちゃ気持ち悪いことしてない…?」と気付きやっぱり帰ろうかと思ったけれど、ちょっとでも千冬くんの姿を見てしまうともうだめだった。結局バイトが終わる時間までお店の前で待つ事にした。しばらく待っていると、今朝見たときと同じ服装の千冬くんが現れた。顔を見るだけでホッとして、思わず口元が緩む。

「千冬くん」
「えっ、なまえさん?」
「バイトお疲れ様」
「どうしたの?」

前と同じように何かあった?と聞かれて、わたしも前と同じように何にもないよ、と答えた。

「千冬くんに会いたくなって来ちゃった」
「本当にそれだけ?」
「うん。あと、ご飯ありがとね」

ハンバーグ美味しかったと伝えると、千冬くんは嬉しそうに笑った。

「なまえさん最近忙しそうだったから」

もしかしてそれ言うためだけに来たの?と言われて、うんと頷くと千冬くんはまた笑った。その顔が見れただけで来て良かったと思った。

電車を降りて最寄駅の改札を出てから、当たり前のようにわたしのマンションの方へ並んで歩き出す。マンションまではそう遠くはないけれど、途中には帰りによく寄るスーパーと、たまに夜に2人で行くコンビニと、まだ入ったことのないカフェがある。千冬くんにとっては地元の、なんでもない景色かもしれない。でもわたしはきっとこの先何年経っても、この道を歩くたびに千冬くんを思い出すんだろう。いつものようにマンションのエントランスに入ると千冬くんが手を繋いでくれた。わたしはその手をぎゅっと握り返す。

玄関に入ってすぐ、わたしは千冬くんの背中に抱きついた。

「千冬くん…」
「なまえさん?」
「…えっちしたい」
「えっ!?」
「いや?」
「いや、なわけねぇけど…」

千冬くんはわたしの腕を解いてこちらを向いた。頬に添えられた千冬くんの手があったかくて心地良くて、思わずその手に擦り寄ってしまう。このまま流されるように千冬くんと身体を重ねても多分何も変わらない。むしろこんな理由で行為をしたことへの罪悪感で余計に辛くなるだけかもしれない。でもそれでもいいから千冬くんに求められたくて、気付けばそう言っていた。

「本当にどうしたの?仕事でなんかあった?」
「ううん、なんにもない」
「なまえさんってさ、結構顔に出るよね」
「え…?」
「いきなりバイト先来たときからおかしいな、とは思ってたけど」

ずっと泣きそうな顔してるよ、と千冬くんは眉を下げて困ったように笑った。とりあえず中入ろうかと言われて、ここはわたしの部屋なのにまるで千冬くんの家みたいな言い方だなぁ、って思った。もうわたしが何か思い悩んでいるのは絶対バレているけれど、高橋さんに言われたことを千冬くんに相談なんてやっぱりできなくて。部屋に入ってまたすぐに何も言わずに抱きついたわたしの頭を千冬くんが優しく撫でた。

「俺には言えない?」
「うん…」
「そっか」

千冬くんはそれ以上は追求して来なかった。でもわたしが何に悩んでいるのか、千冬くんは気付いている気がする。いつまでも抱きついて離れないわたしの腕をそっと外した千冬くんはわたしを軽々と抱き上げて、ベッドに降ろした。その隣に千冬くんが寝転がって、また優しく頭を撫でられる。

「本当はめちゃくちゃシたいけど、今日はやめとこ?」
「うん…」
「でも、別の約束破っていい?」
「…なに?」

包み込むように優しく抱きしめられて、ずっとこの腕の中にいたいと思ってしまった。

「朝まで一緒にいたい」

そう言って軽く触れるだけの口付けを落とされる。わたしよりずっと年下なのに、わたしのことを1番分かってくれて、いつも欲しい言葉をくれる。このたった一言で胸の奥が満たされて、それと同時に千冬くんへの思いが溢れ出した。

「千冬くん、大好き」

思いと一緒に涙が溢れてきた。今日は何度も泣いたから涙腺がおかしくなっているのかもしれない。

「もー、何で泣くの」

そう言って笑いながら指でわたしの涙を拭ってくれる千冬くんに愛しさが込み上げる。涙が止まらないのは涙腺がおかしくなっているからじゃなくて、涙が溢れるほどに千冬くんが大好きで、愛おしくてたまらないからなんだって思った。

「明日の朝起きたらさ、やっぱりシとけば良かったーってめちゃくちゃ後悔しそう」
「じゃあ、やっぱりする?」
「…なまえさんしたいの?」
「さっきそう言った」
「あーもう、ほんっとに…でも今日はだめ」
「ん、千冬くんのそういうとこも好き」

今度はわたしから千冬くんの唇に自分のそれをそっと重ねた。すると、千冬くんは少し驚いた顔をしてから嬉しそうに柔らかく笑った。

「初めてなまえさんからキスしてくれた」
「そうだっけ?」
「そうだよ」

「俺も、なまえさん大好き」

千冬くんがまた触れるだけのキスをしてくれて、もう一度ぎゅっと抱きしめてくれたから、さっきまでの悩みなんてどうだっていいと思えた。悩むのはそのときでいい。だって今の千冬くんは6歳年上のわたしを選んでくれたんだから。きっとこの先もまた同じようなことで何度も悩むんだろうけど、その度に千冬くんとこうしてキスをして抱きしめ合えたらいいと思った。
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