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「ただいまー…」

家に帰るともちろん部屋の中は真っ暗で、誰からの返事もない。家に帰って千冬くんがいたらいいのに。千冬くんが高校を卒業したら一緒に住みたいなあ。そしたら絶対毎日楽しいのにな。なんて妄想をわたしがしていることを彼は知らない。いつもわたしに触れたくてうずうずしている千冬くんだけど、わたしだって早く千冬くんとそういうことシたいし、いつもめちゃくちゃ我慢してる。高校生とは思えないキスをされるたびに抱かれたいと思ってしまう。自分で言い出したことだから守っているけれど、本当は約束なんて全部破ってしまいたい。みんなに千冬くんはわたしの彼氏だって言いたいし、お泊まりもえっちもしたい。1日3回だけのキスじゃ全然足りない。あんな約束をしてしまったことの後悔なんて、とっくの前にしている。

こんなことを悶々と考えてしまうぐらいには、わたしは先程の高橋さんとの会話を気にしていた。

「…結婚とか、ね。みょうじさんはまだ早いと思うかもしれませんけど、彼にはもっともっと先の話だと思いますよ」

そういえばこの前大学の友達から結婚式の招待状を送りたいから住所を教えてほしいと連絡が来ていた。そのときはもう結婚?早くない?と思ったけど、これからどんどん増えるんだろう。その度に、千冬くんには打ち明けられない悩みを抱えて過ごすんだろうか。

「多分みょうじさんが結婚したいと思うような歳になった頃、彼は人生のすごく楽しい時間を過ごしていて、それが辛くなるときが絶対来る」

この言葉が1番胸に突き刺さった。だってその通りだと思ってしまったから。千冬くんはまだ高校生だ。社会人になった今だからわかる。高校生の世界はまだまだ狭い。彼はこの先もっとたくさんの人と出会って、どんどん世界が広がっていく。きっとわたしよりいいなと思う女の子にも出会う。千冬くんが20歳になる頃にはわたしは26歳で、千冬くんが24歳になる頃にわたしはもう30歳になる。これが男女逆だったら気にならないんだから、本当に嫌になる。24歳なんて仕事もプライベートも楽しくて仕方ない頃だ。そんなときに30歳のわたしを千冬くんが選んでくれるなんて到底思えなかった。

わたしだって27歳ぐらいには結婚して、30歳になるまでには可愛い赤ちゃんを産みたいっていう人生設計があるんだ。もちろんその相手が千冬くんだったらいいなって思う。でもそんなの無理じゃん。だってわたしが27歳になる頃、千冬くんはまだ21歳なんだから。そんなことを考えているとじわじわと目の奥が熱くなってきて、ずっと我慢していた涙がぼろぼろと溢れ始めた。

高橋さんのことを好きになれたらどれだけいいだろう。次期社長だもんね。きっと良い車に乗れるし、都内のタワマンに住むことも、一等地に庭付きの戸建てを建てることもできる。結婚式は大々的にやって、子どもができたらお金のことなんて気にせず仕事も辞めてやる。また働きたくなったらパートでもすれば良い。きっと優しい高橋さんはわたしのことも子どものことも大切にしてくれるんだろうな。そんな高橋さんとの未来は容易に想像できる。それは彼がわたしと同じ社会人であり、大人だからだろう。千冬くんとのそんな先の未来、わたしには到底想像できなかった。できるのはせいぜい千冬くんが高校を卒業してすぐの未来ぐらいなものだ。それは多分、わたしがいつかは彼に振られると思っているから。こうやって歳の差に悩むなんて分かりきっていたことなのに。もういっそわたしから別れを告げた方がいいのかもしれない。その方が傷も浅くて済むかも、なんて思考はどんどん良くない方向へと進んでいってしまう。しばらくぐずぐずと泣いていたらだんだん頭も痛くなってきた。明日も仕事だし、もうあんまり深く考えるのはやめてシャワーを浴びて目を冷やしたら今日は寝てしまおう。そう思ったとき、ふとテーブルに置かれた小さなメモに気が付いた。

『冷蔵庫の中見て』

男子高校生らしくない丁寧な字は千冬くんの字だった。冷蔵庫を開けるとハンバーグが入っていた。よく見ると炊飯器も保温のボタンが光っている。冷蔵庫に入っている、ラップがかけられたハンバーグのお皿の上にも小さなメモが置かれていた。

『仕事お疲れ様。制服すげーかわいかった!』

そのメモを見ただけで止まったはずの涙がまた溢れてくるんだから困る。


「はぁ、おいしい…」

きっと会社にパソコンを届けに来てくれたあと、またうちに来て作ってくれたんだろう。温め直したハンバーグを黙々と口に運ぶ。ちょっと焦げているところもあるけど、ちゃんと美味しい。わたしが夕飯の準備をするときも何かと手伝ってはくれるけれど、普段から料理をするわけじゃないと言っていたから多分色々調べながら作ってくれたんだろうな。その姿を思い浮かべるだけで胸がいっぱいになる。こういうところ、好きだなぁって思う。

見ず知らずの酔っ払いを助けてくれるところも、大人の男性を一発で伸しちゃうぐらいすごく強いのに、わたしに触れる手はいつだって優しいところも、外で手を繋げないことを拗ねちゃうところも、本当に高校生なの?ってぐらいキスが上手いところも、意外と独占欲が強いところも、たまに欲求に正直になっちゃうところも、それでもちゃんとわたしとの約束を守ろうとしてくれるところも…全部可愛くて、愛おしくてたまらない。いつもたくさんの愛情を分けてくれる彼に、わたしはちゃんと返せているんだろうか。

…千冬くんが、いいなぁ。誰に何を言われても、やっぱりわたしは高校生の彼がいい。彼がわたしを選んでくれなくなる日まで一緒にいたい。今すぐ千冬くんに会いたい。そう思うと居てもたってもいられなくて、財布と携帯と鍵だけをポケットに入れて家を飛び出した。
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