「チッ」

大きく舌打ちをして手にしていたジョッキを空にする。半分野郎が余計なこと言いやがったせいで、周りからうぜぇ程からかわれる。だから言いたくなかったんだクソが。

先日、数年付き合った女にプロポーズをしてようやく婚約にまでこぎつけた。考えただけで腹が立つが、俺の婚約者になった女はあのいけ好かねぇ舐めプの幼馴染であり元カノだ。付き合っている間、こいつらに何も言わなかったのはこうやってからかわれることが分かりきっていたからだ。しかし婚約したとなるとバレるのは時間の問題。飲み会が始まり酒が進んできたところで料理をつまみながら「婚約した」と一言だけ言えばこの騒ぎである。しかし不思議とそこまで嫌な気はしなかった。少なからず浮かれていたのか、どんどん酒が進む。


すでにかなりの量を飲んでいたが、いつまでもうるさく質問責めにしてくるアホ面と黒目を無視して更に酒を煽っていると、なぜかそこに婚約者であるなまえがやってきた。

「勝己くん」
「あ?てめぇこんなとこで何やっとんだ」

先日買ってやった有名ブランドのチェスターコートを着ているなまえの左手の薬指で大きめのダイヤがキラリと光った。その手には既に俺の財布があって、今日の会費を幹事の芦戸に渡している。どうやら時間的にもそろそろお開きらしい。周りを見てもコートを着ているやつがちらほらいた。

「お茶子ちゃんが連絡くれたの。勝己くんも焦凍も酔ってフラフラだから連れて帰ってって」
「オイ、丸顔てめえなにしてんだ」
「本当のことやろ、カツキくん」

余計なことをした丸顔を睨みつけると、ニヤニヤと笑って脇腹を小突かれた。クソ、こいつ次現場で会ったら絶対しばく。

「先輩指輪見せて〜!」
「うわ、可愛い!これほんまに爆豪くんが選んだん?」
「えへへ、可愛いでしょ」

曲がりなりにもなまえもプロヒーローだ。仕事の邪魔にならないように特殊な加工を施した指輪を黒目と丸顔がまじまじと見つめている。恥ずかしそうに笑うなまえは見ていて悪い気はしない。むしろ少し良い気分だった。


「ほら、2人ともそろそろ帰るよ」
「俺は大丈夫だ。自分で帰れる」

なまえに腕を掴まれた舐めプがフラフラと立ち上がる。
そうだてめぇは1人で帰れ。そうは思ってもなまえが酔ったあいつを1人で帰らせるとは到底思えない。前から思っていたがなまえは半分野郎に対してどうにも過保護すぎるところがある。

「焦凍もだいぶ酔ってるでしょ。いいから早く上着着て」

そして半分野郎もなまえには逆らえない。こんな場面をこいつと付き合ってからもう何度も目にしている。

「すげぇ、あの2人を完全に手懐けてる…」

遠くからそんな声が聞こえてきた。



「みんなごめんね、2人連れて帰るね」
「みょうじ先輩も今度は一緒に飲みましょー!」
「ふふ、お誘い待ってるね」

そう言って手を振るなまえに引きずられるようにして店を出た。店の前に停まっている車はこれまた俺が買ってやった最近納車されたばかりの車だ。婚約したのを機に一緒に住み始めたとき、普段俺が乗っている車があるからそれに乗れと言ったら「勝己くんの車外車だし気使うし大きすぎだし運転したくない」と言ったなまえのためにわざわざ買ってやったものだった。

半分野郎を後部座席へと押し込み、俺は助手席に座らされる。

この女は俺と付き合っているにも関わらず平気で半分野郎と2人で出かけるし、こいつの実家まで行って飯作ったりしまいにはエンデヴァーとランチしやがる。もはや家族同然だと言っていたし毎回俺に報告して来るからやましいことはないのだろうけれど。それを許している俺もどうかしている。それでも、こうやって車に乗るときは俺を助手席に座らせるあたり、こいつなりに俺を特別扱いしているつもりらしい。



居酒屋を出てからから20分ほどで半分野郎の家に着いた。

「悪かったな、家まで送ってもらっちまって」
「いいよ、またね」
「あぁ、また来週な」
「てめぇらまたどっか行くんかよ!!いい加減にしろよ!!!」
「えー、こないだ言ったじゃん…」

こんなやりとりももはやいつものことである。怒鳴ったら酔った頭にガンガンと響いた。

そこから更に20分ほどでようやく自宅へと着いた。靴と上着を脱いでそのまま寝室へと進みキングサイズのベッドへダイブする。しばらくしてからなまえはいつも着ているルームウェアに着替えて水の入ったグラスを持ってこちらへやってきた。それを受け取り一気に飲み干してナイトテーブルにグラスを置く。

「こっち来いよ」
「えー、酔っ払いとはシないよ」
「うるせぇ」

なまえの腕を引っ張り強引にベッドへと押し倒して唇へと噛みつくようなキスをする。

「んっ…」

余裕のない吐息交じりの声に満足して唇を離す。ふと、なまえが俺の左手に触れた。

「みんなに言ったんだね」
「あ?」
「婚約したこと」
「…言っちゃ悪いんかよ」
「そんなことないよ。でも、」

何もつけていない、俺の左手の薬指になまえの冷たい指先がそっと触れる。

「付き合ってることもみんなに言わなかったし、あんまり知られたくないのかと思ってた」

「だから、ちょっと嬉しかったの」

そう言って照れたように笑った顔に心の奥が満たされるような感覚。こうやってたまに素直になるからついわがままも許してしまう。惚れた方の負けだとつくづく思った。

茹る延髄




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