「婚約した」


「「…はあぁぁぁあ!?」」
「婚約したって誰と!?」
「つか爆豪彼女いたのかよ!!!」

部屋に響いた大きな声に顔を顰める。声のしたほうを見るとみんなが一気に爆豪へと視線を向けていた。チラリと少し離れた席に座っている爆豪を盗み見ると切島と上鳴と瀬呂が騒いでいるのを無視して持っていたジョッキを空にし、追加のドリンクをオーダーしていた。


今日は高校の頃のクラスの奴らで集まっての飲み会だった。飽きもせず月に1度は開催されるこの集まりに、行くときもあれば行かないときもある。集まりが良いときもあれば悪いときもあるといった感じだ。いつもは前線で活躍するヒーローたちばかりだが、今日は珍しく全員が揃っていた。

それぞれ近況や最近の敵の傾向、この前発表されたビルボードチャートのことなんかを話していた。飲み会が始まってからしばらく経った頃にはみんなそれなりに酒も回り、おおよそプロヒーローの集まりとは呼べないような飲み会へと変わりつつあった。しかしざわざわと騒がしいなか、爆豪が一言「婚約した」と言った瞬間、部屋の中が静寂に包まれた。そしてその数秒後に切島と上鳴の叫び声が響いたのだ。

「うるせぇ」

爆豪は眉間に皺を寄せてそう言いつつも、少し嬉しそうな顔に見えたのは気のせいではないだろう。


「なあ、相手誰だよ!?」
「俺らの知ってる人か!?」

大きなため息をついた爆豪がまた簡潔に一言だけ答えた。

「みょうじなまえ」

その瞬間、再び周りがシーンとなる。それもそのはず、爆豪が口にしたのは雄英ヒーロー科の1学年上の先輩であり、俺の幼馴染であり元恋人の名前だからだ。

数年前に別れはしたが、今でも仲の良い友人である。未練があるとかそういう訳ではない。ただ、あるとき気が付いたのだ。お互いがお互いを想う気持ちは恋愛のそれではなく、限りなく家族愛に近いものであるということに。だから別れた。

その後爆豪と付き合ったことも聞いていたし、先日プロポーズされて婚約したということも彼女から聞いて知っていた。一緒に報告を受けた姉さんが「結婚式はいつどこで!?和装なの?洋装なの!?」とひとしきり盛り上がったあと、「なまえちゃんに先越された…」と落ち込んでいたのは記憶に新しい。
そして俺が知っているということを恐らく爆豪も知っている。

「え、それって…」
「…あのみょうじ先輩?」
「って轟の彼女だよな…?」
「まさか爆豪、寝取っ「ってねーわ!!クソが!!!」

爆豪が大きな音を立ててジョキをテーブルに叩きつけた。それから皆の目線が今度は一気に俺へと向く。爆豪には余計なことは言うなといった目で思い切り睨まれている。

「俺となまえはとっくに別れてるぞ」
「えぇぇぇえ!!!!」
「いつ!?」
「もう何年も前だな」

わざわざ報告するようなことではないと思いみんなには言っていなかったから当然だが、まぁ驚くよなと思いながら手に持っていたお猪口に入った日本酒をグイッと煽る。お、これ美味い。

いつのまにか隣に来ていた上鳴に肩を組まれる。

「元カノと元クラスメイトが付き合ってて、婚約って轟的にどうなのよ?」
「…俺は別になまえが幸せならそれでいい」

お猪口の中で静かに揺れる日本酒を見つめながらそう答える。もちろん本心だ。俺の言葉に、上鳴と近くにいた芦戸がキャーキャーと騒ぐ。もう一度、爆豪の顔を見る。今度は正面からしっかりと目を合わせて。

「まあでも、大切な幼馴染ってことに変わりはない。爆豪がなまえを泣かすようなことがあれば許さねぇ」

周りから変な叫び声が聞こえる。普段ならこんなところでは言わない言葉だ。なんだか顔が熱くて、あぁ俺今酔ってるんだなと、やっと気が付いた。


「まさか爆豪がクラスで1番乗りとはなー」という誰かの呟きが聞こえた。

愛に似て非なるもの

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