「まぁ、ちょっとだけね」

「ちょっと!知ってたんなら教えてよ!」
『いや、言ったし。お前が酔ってて覚えてないだけだし』
「…マジ?」
『マジだわ』

給湯室に駆け込んだわたしは慌てて高校の同級生である木葉に電話をかけていた。この男は赤葦がわたしと同じ会社に入ることを知っていた。知っていたなら何故言わなかったのかと責めると、どうやらわたしが覚えていなかっただけらしい。大きな溜息と共に額を押さえた。あぁ、なんだか頭が痛い気がしてきた。


先日2人で飲みに行ったときに上司の愚痴を散々聞いてもらった挙句、金曜日で次の日が休みだからと調子に乗ったわたしはとりあえず生から始まり、日本酒に焼酎、ワインにまで手を出し酔いつぶれ、次の朝目が覚めたら木葉の部屋で寝ていた。ちなみにこれは珍しいことではない。別に男女の友情が成立するとは思っていないが、わたしと木葉に関してはお互いの恋愛遍歴を知り尽くしていることもあって何も起きる気がしないので特に問題はないと思っている。実際毎回何もない。木葉の方が更にベロベロになることが多いのも理由のひとつだ。酔うのも早ければ抜けるのも早いわたしが最終的に介抱する、というパターンも少なくない。しかし前回は愚痴と共にいつもよりもお酒が進んでいたらしい。

「全っっっ然そんな記憶ないわ…」
『だろうな。ていうかもう赤葦と会ったんだ?』
「同じ部署だった…」
『えっ、すげーな。普通出身校とかチェックしねーの?』

電話越しに木葉がケタケタ笑う。

「知り合いだったら質問もしやすいだろってデスク隣にされたんだけど」

わたしの隣のデスクだった森さんには大変申し訳ないことをしてしまった。突然席替えだなんて本当にうちの上司は何を考えているんだ。溜息交じりにそう伝えると、『お前のとこの上司いい仕事するな?』と返ってきた。
再び深いため息が溢れた。電話の向こうの木葉はまだ笑っている。





「部長!赤葦くんって苗字さんの高校の後輩らしいですよ!」

そんなサキの言葉を聞いて面白がった上司はこともあろうに赤葦のデスクをわたしの隣にしようと言い出した。当初は予定されていなかった教育担当すら押し付けられかけたがそこはさすがに「そんなの何の準備もしていないのにできません!」と全力で拒否したため免れることができたが…

「かんっぜんに押し付けられた…!」
「…なんかすいません…?」
「いや、赤葦は悪くないよ…」

頭を抱えていると、隣に来た赤葦に謝られてしまった。別に赤葦は悪くない。悪いのはサキと部長だ。今度絶対ランチ奢って貰う。

「でも…偶然とはいえ、名前さんと一緒に働けるの嬉しいです」
「へ?」
「名前さん、高校の時から後輩の面倒見いいし、勉強の教え方とかも上手かったし」
「あ、ありがとう…?」
「これからよろしくお願いしますね」

丁寧に頭を下げた赤葦に、こちらこそ、とわたしも頭を下げる。急に褒められて少し顔が熱くなった。そういえば赤葦はたまにこういうことを平気で言うような子だった。最後に会ったときから見た目は随分大人っぽくなったと思ったけど、こういうところは変わっていないらしい。




「どう、赤葦くんは?」

ざわざわした食堂で定食をつつきながら、サキが楽しそうに聞いてきた。

「どうって…まだ初日だし別にどうもないよ」

隣のデスクで教育担当の別の社員から仕事を教わる赤葦をちらちらと気にしながら仕事をしていたらやけに疲れてしまった。

「赤葦くんてかっこいいよね。背も高いし高校のときからモテたんじゃない?」
「あー…」

高校の頃を思い返す。強豪校ということもあってか男バレは割とモテる奴等の集まりだったし、その中でも赤葦の人気は確かに高かった。でも、赤葦に彼女がいるとかそういう話は聞いたことはなかったように思う。

「人気はあったと思うよ」
「いいなーあんなにかっこいい後輩」

お弁当の目玉焼きをつつきながら答える。高校生の頃の赤葦はしっかりもので木兎のストッパーで、2年生ながらバレー部の副主将で、でも熱いところもちゃんと持っていて。彼はとてもいい後輩、だった。

「そういえばさ、名前と高校の部活が一緒ってことは黒尾くんのことも知ってるんじゃないの?」
「…そうだね。練習試合とか合同合宿とかあったし」
「それはちょっと気まずいよねぇ、元彼の知り合いとか」

鉄朗と別れてからもう1年が経った。別れて以来連絡は一切取っていない。同じ大学のバレー部だった及川とも最近は忙しくて連絡を取ることもなかったから、彼が今どうしているかは全く知らない。鉄朗と仲の良かった木兎と、赤葦は今もよくつるんでると木葉が言ってたから、もしかしたら赤葦なら何か知っているのかもしれないけれど。

「まあ、ちょっとだけね」

それだけ答えて、目玉焼きを口に入れた。塩をかけすぎたのか、やけにしょっぱかった。

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