春の生暖かい風が吹いた

鳴り始めてからすでに5分以上経過しているスマホのアラームを手探りで止める。そこから更に5分の二度寝。カーテンの隙間から差し込む春の柔らかい日差しには勝てないから仕方ない。二度寝をする前提でアラームをセットする癖を社会人になったらちゃんと治そう、と思っていたはずなのに。

社会人生活2年目の春。今日も睡魔には抗えなかった。

ようやく起きてまずテレビをつける。テレビの中の可愛らしいお天気お姉さんを観ながら、この人たちはいったい何時に起きているんだろうか、偉いなぁなんて考えながらキッチンへと向かう。洗い物カゴに置きっぱなしのお弁当箱に作り置きしておいたおかずとご飯を詰めるも微妙に開いた隙間が気になる。卵焼きぐらい作るか、と四角いフライパンを取り出すけれどやっぱり面倒になって両面しっかり焼いた目玉焼きを半分に切って詰め込んだ。そして今日も女子力のかけらも感じられないお弁当が完成する。

昨日会社の帰りに買ったちょっと良い食パンを朝ご飯に一切れ。本当はゆっくり味わいたいけれど、生憎二度寝をかましたわたしにそんな時間は残っていない。テレビのニュースを流し見しながらSNSをチェックしつつコーヒーで流し込んだ。

化粧をして髪を巻いて、歯を磨いて服を着替える。履き慣れたテーパードパンツとサックスブルーブラウス。あぁやっぱりフレアスカートを合わせようかなと思って取り出すもシワがついていたので却下。そういえばさっきのお天気お姉さんが着てたブラウス可愛かったな。

去年のボーナスで買ったお気に入りのピアスとお揃いのネックレスをつけて、これまたお気に入りのパンプスを履く。ちょっと高めのヒールを鳴らして歩くのが好きだ。なんだか"仕事できる女子"って感じがするから。就職祝いに親に買ってもらったバッグを持って部屋を出た。

社会人2年目、1年経って歩き慣れた駅までの道。いつもと同じ時間の電車に乗れば、いつもと同じ顔。知り合いってわけじゃないけれど、なんとなく見慣れた顔ぶれに安心感すら覚える。駅を降りると春らしい、生暖かい風が吹いた。



会社に着いてメールチェックをしていると、同期のサキが話しかけてきた。

「名前おはよー」
「おはよ」
「ねぇ、聞いた?今日から配属の新卒の子、イケメンらしいよ!」

そういう情報は一体どこから聞きつけてくるんだろうか。噂というものになんとも疎いわたしに色々と吹き込むのはいつも彼女だ。おかげで誰と誰が付き合っているかなどの社内の恋愛事情はなぜか凡そ知っている。別に進んで知りたいと思っているわけでもないのに。

「イケメンねぇ…」
「何、興味ないの?」
「そういう訳じゃないけど」

今年の新入社員は1ヶ月の研修を終えて今日から各部署に配属となる。どうやらうちの部署に配属となった新入社員は男の子で、イケメンらしい。わたしは高校生の頃から周りにはなぜかやたらとイケメンがいたせいで謎にイケメン耐性がついている。更に大学で知り合った及川徹という男が更にわたしのイケメン耐性を高めてしまったのだ。なんてことだ、くそ、及川め。


お喋りもそこそこにパソコンへと視線を戻し、メールチェックを再開する。しばらくして始業時間になると、部長が新入社員を連れてやってきた。クセのある黒髪になんとなく既視感を感じつつ、背高いんだなぁと後ろ姿をぼんやり見つめる。イケメン新入社員くんは180cmはありそうだ。

あいつのほうが大きいかなぁ…なんて、背の高い人を見るとつい前の彼氏を思い出してしまうのはわたしの悪い癖だ。


「はいみんな注目!今日からうちの部署に配属になった赤葦くんです」

あかあし、珍しいが聞き覚えのある苗字にハッとして紹介された新入社員の顔を見る。

「赤葦京治です。よろしくお願いします」

あかあしけいじ…

「赤葦京治!?」

思わず大きな声を出してしまったわたしに、赤葦の方を向いていた視線が一気に集まる。

「苗字さんどうかした?」
「す、すいません…なんでもありません」

恥ずかしくて思わず俯いた顔に熱が集まるのを感じた。

通りで見覚えのある後姿だと思ったわけだ。少しクセのある黒髪とキリッとした目元。しかしスーツを着ているからだろうか、以前の面影を残しつつもすっかり大人っぽくなっていた。

わたしの部署に新入社員としてやってきた噂のイケメンは、高校時代の後輩だった。




「名前、赤葦くんのこと知ってるの?」

赤葦の挨拶が終わったあとで、サキが尋ねてきた。

「…高校の後輩」

それだけ返してパソコンからちらりと彼女に顔を向けると至極楽しそうで、明らかに悪いことを企んでます!といった顔をしていた。

「えーすごい!そんな偶然ってあるんだね?」

部長に言ってこよーっと!そう言って部長の元へ向かった彼女を止めようとしたがすでに遅く、部長とサキがこちらを指差してニヤニヤと笑っているのと、少し困ったようにこちらを見る赤葦が見えて頭を抱えた。

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