戻りたいと何度も願った

高校を卒業する少し前に鉄朗に告白された。わたしもずっと好きだったから、その日の夜は眠れないぐらい、すごく嬉しかった。多分、鉄朗とわたしは付き合うようになるずっと前から両思いだった。合宿や練習試合で会う度に鉄朗がやたらとわたしを構うから、かおりや雪絵によく冷やかされたりして、でもそれが楽しくて。

ただ、バレーとか受験とか、その頃は他に優先しないといけないことがたくさんあった。春高が終わって、受験が終わって、2人で同じ大学に合格した時に鉄朗から告白された。

「ずっと前から名前のこと好きだったんだけど」
「…わたしもずっと前から好きだったよ」
「うん、知ってる」
「何それ…」

いつもの意地悪そうな笑い方とは違う、柔らかく笑う鉄朗の笑顔が好きだった。今にも泣き出しそうなわたしの頭をぽんぽんと優しく撫でる鉄朗の大きな手が、大好きだった。

「待たせてごめん。俺と付き合ってください。」

珍しく照れたように笑いながら、半泣きのわたしを鉄朗は優しく抱きしめてくれた。


朝、珍しくアラームが鳴るよりも早く目が覚めた。
懐かしい夢を見た。鉄朗と付き合った日の夢。こんな夢を見たのも、昨日久しぶりに高校の時の後輩に会ったからかもしれない。


大学に入学してすぐ、2人ともバレー部に入部した。都内でも強豪と言われるチームだったから練習も厳しかったし、他の友達に比べるとなかなか大学生らしいことは出来なかったけれど、それでも楽しい学生時代だったと思う。鉄朗と、宮城から上京してきた及川とほとんどの時間を3人で一緒に過ごしていた。彼女に振られた及川が夜中に電話してきて、何故か3人でドライブして夜景を見に行ったりとか。わたしが1年間海外留学することになった時も、空港まで見送りに来てくれて、何故か及川が一番泣きそうになっていたりとか。結局夏休みに留学先まで2人が遊びに来たりなんかして。

「…懐かしいなあ」

壁に飾ってある写真に触れる。写真の中のわたしたちは3人並んで楽しそうに笑っている。もちろん他にも仲の良い友達はたくさんいたけれど、わたしの大学時代が綺麗な思い出で溢れているのは、間違いなくあの2人のおかげだ。


鉄朗とは社会人になってすぐに別れた。理由は鉄朗が関西勤務になったからだ。遠距離になると分かった時は悲しかったけれど、わたしたちならきっと大丈夫だと思っていた。でもそう上手くはいかなかった。なかなか会えない距離、仕事のストレス。現実と理想のギャップに押しやられ、わたしたちはすぐお互いのことに構っていられなくなった。ほとんど自然消滅だった。それからも別れを悲しむ暇もなく、仕事をこなしていくだけの忙しい日々が続いた。

社会人になってしばらくして、仕事にもだいぶ余裕が出てきた頃、ようやく寂しさとか悲しさとか後悔が押し寄せてきた。それから毎日泣いて過ごした。どうしてあの時もっと鉄朗のことを考えられなかったのかと。でももう遅かった。久しぶりに会った及川から、鉄朗に新しい彼女が出来たと聞いた。ああ、わたしたち本当に終わってたんだな、と実感した。及川ともそれっきり連絡を取ることもなくなってしまった。


戻りたいなぁ、あの頃に…

毎日一緒に過ごしているだけで楽しかったあの日々に。
滲んできた涙を誤魔化すように、冷たい水で顔を洗って、いつも通り仕事へ行く準備をした。











「あれ、その会社名前と一緒じゃね?」
「え?」


大学を卒業する少し前のことだった。みんなが地元に帰ってきている正月に、久しぶりに高校の部活のメンバーでバレーをするからお前も来いと木兎さんから連絡が来た。

懐かしい体育館に足を踏み入れると、ふと高校の頃に憧れていた先輩を思い出す。あの頃はこの体育館が俺の世界の全てで、その中で一際輝いて見えた彼女は俺の初恋だった。結局想いを伝えることはできなかったけれど。

卒業する少し前に黒尾さんと付き合い始めたと誰かから聞いた。彼女は今も黒尾さんと付き合っているのだろうか。



大学の部活を引退してから久しぶりに全力でバレーをした。実業団に入った木兎さんだけが相変わらず体力馬鹿で、他のみんなは俺と同じように以前より早く息が上がっている。

コートの外で木葉さんと休憩していると、仕事の話になった。去年木葉さんが銀行マンになると聞いたときは正直世も末だなと思ったけれど、1年も経つと彼もそれらしくなっていた。絶対に本人には言わないけど。

「そういえば赤葦の就職先ってどこ?」

そして冒頭の会話へと遡る。



久しぶりに名前さんに会えると思うとすごく嬉しかった。憧れの初恋の人との再会が嬉しかったのか、単に懐かしい高校の先輩との再会が嬉しかったのか。そのときは分からなかったけれど、約5年ぶりに会った彼女を見たときに、込み上げてきた想いはあの時と同じものだった。

きちんと化粧をした顔は高校時代の面影を残してはいたけれど、随分大人っぽくなっていたし、高校の頃は黒のストレートだった髪も今は茶色くてふわふわに巻かれていた。ヒールを鳴らして歩く姿はどこから見ても大人の女性だ。

でも、話し方や仕草は変わらない、あの頃のままだった。大人になった名前さんの中に昔の名前さんを見つけるたびに、少し嬉しくなった。

俺は告げることのなかった、あの体育館に残してきたままの恋に、再び落ちたのだ。



名前さんの隣のデスクに座って仕事をする。入社して1ヶ月経って職場の雰囲気にはようやく慣れてきた。

あと1時間で定時だ。この会社は基本的には定時になるとみんな帰る。というか帰らされる。(そこはすごく良い会社だと思う)もちろん仕事があまりにも終わらない時や、決算の時期になると残業をすることもあるらしいが今のところはありがたいことに毎日定時で帰れている。

今名前さんは会議に出ている。誰もいない隣のデスクをちらりと見ると机の上は綺麗に片付けられていた。名前さんは仕事ができる方だと思う。それはこの1ヶ月一緒に過ごしてわかったこと。

高校生の時から勉強も良くできたし、マネージャーの仕事も効率良くこなしていたことを思い出す。人当たりも良く気配り上手な彼女は高校の時も、そして今も、周りの空気を和ませる存在だ。上司からも可愛がられているし、同期からも頼られているのをよく見かける。そういうところも変わってない。


しばらくして会議が終わった名前さんが戻ってきた。

「おかえりなさい。長かったですね」
「つっかれた〜」

最後の方はマジで無駄な時間だった…椅子にもたれてぐっと伸びをする名前さんが小さくぼやいた一言に思わず苦笑いする。たまに口が悪くなるところ、昔もあったな。

「あ、赤葦」
「はい?」
「はい、これ。あとちょっと頑張ろうね」

そう言って名前さんは俺に缶コーヒーを差し出した。

「…ありがとうございます」
「どういたしまして」

柔らかく微笑んだこの人は昔から俺を甘やかすのが上手だ。いつも木兎さんの面倒を見ていたからか、外では気を張っていた。それはほとんど無意識に近かったけれど、名前さんはそんな俺を良く見てくれていた。

高校の頃もこうしてたまに俺にジュースを買ってきてお疲れさま、と笑っていた。名前さんといると自然と張り詰めていた気を緩めることができて、そんな空気が俺は好きだった。

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