■ ■ ■

コンビニで会った翌日から1週間、苗字は学校を休んだ。

熱があると聞いて「体調どう?」とメールをしてみたけれど、返信は来なかった。苗字からなかなか返信が来ないのはいつものことだったし、体調が悪いなら尚更だろうと思いあまり気にしないようにしたけれど、金曜も休みと聞いてそうはいかなくなった。なぜならその週の日曜日が苗字と約束した6月12日、つまり俺の誕生日だったからだ。

結局土曜の朝に苗字から『ごめんなさい。明日無理そうです』という泣き顔の絵文字がついたメールが届いたときには思わず大きな溜息を吐いてしまった。

「あー…まじか…」

結構、かなり、だいぶ、ショックだったらしい。ぼふっと背中から布団に倒れ込んだ。しばらくそうしていると、起きてきたルナとマナが「遊ぼー!」と腹の上に乗ってきた。



週が明けても苗字はまだ登校してこなくて、水曜になりようやく出てきた苗字の「おはよう」という声は少し掠れていた。

「日曜は本当にごめんね」
「いいって。体調は?もう大丈夫?」
「うん、もうすっかり。インフルエンザだったみたいで」
「は?インフル?」
「うん」
「え、まじでインフル?」
「…そう」
「今6月だけど?」
「ねぇ、地味に恥ずかしいからもう言わないで…」

頬を染めてムスッとした苗字の顔がちょっと可愛い。嘘、かなり可愛い。

休んだ分のノート借りなきゃなぁと話す苗字の声にあまり元気がないのも、授業中にぼんやりと窓の外を眺めていた苗字がふと泣きそうな顔をして一度だけすん、と鼻を鳴らしたのにも、俺は気付かないフリをした。



「苗字、今日ってなんか予定ある?」
「特にないけど…」

帰る準備をしている苗字に声をかけて、いつものように幼馴染が…と切り出されなかったことに安心した。

「ちょっと付き合ってほしいところあるんだけど」

まだ病み上がりだしきつい?と聞くと苗字は首を横に振った。インフルエンザだと診断されて薬を処方されてからは、むしろ時間も体力も持て余していたらしい。

「この前の埋め合わせってことで」
「…わかった」

こう言えば苗字が断り辛くなるのを分かっていて言葉を選ぶ自分のズルさが少しだけ嫌いだ。



一度家にバイクを取りに帰ってから苗字の家に迎えに行った。なんでもいいからとりあえずズボンで出てこいと帰る前に伝えていたから、苗字はシンプルなスキニーデニムに少し大人っぽいブラウス姿で現れた。

「苗字さ、今度から制服でバイクの後ろ乗るのやめろよ」
「え?」

前に場地の後ろに乗っている苗字を見たときに思った。あれは多分見えてる。乗るときも降りるときも乗ってる間も。

「…制服のスカート、短ぇだろ」
「あぁ、はいはい」

クソ、ほんとにわかってんのかこいつ。

「はい、これ被って」
「ありがと」

俺から受け取ったヘルメットを被り、手を貸すと慣れた様子で軽々とバイクに跨った。場地の後ろに乗っていたときは当たり前のように腰に腕を回していたくせに、「どこ持てばいいですか…」と恐る恐る俺の顔を伺う苗字はやっぱり耳まで真っ赤だ。

「腰」
「…え、本気で言ってる?」

ほら、と苗字の手を掴むと全力で距離を取られバイクが一度大きく揺れた。

「バカ!危ねぇだろ」
「ご、ごめんなさい…」
「ちゃんと捕まってねぇと落ちるから」

そう言うと、今度は大人しく俺の腰に腕を回した苗字の体温と、背中にあたる柔らかいそれをなるべく気にしないようにして、いつもより随分遅いスピードでバイクを走らせた。





「水族館?」
「うん」

学校が終わってからでも行けて、そこまで金がかからない、尚且つデートらしい場所。ぱっと思い浮かんだのが水族館だった。

「小さいとこで悪いけど」
「ううん!水族館なんて久しぶりだから嬉しい」

ありきたりかなとは思ったけれど、想像以上に嬉しそうな顔をした苗字にホッとした。

「ここたまに来るんだよ、妹連れて」
「えーいいね、楽しそう」
「まぁ魚見るより妹達見てる時間の方が長いけどな」
「じゃあ今日はゆっくり見ようよ」

ゆっくり見ようと言ったくせに、「もうイルカショー始まるじゃん!早く行こう!」と急かす苗字になんだか妹達の姿が重なった。



平日の夕方の水族館には人はまばらにしかいなくて、1番大きな水槽の前なのにも関わらず、そこにいるのは俺と苗字の2人だけだった。

苗字の手を何度か握ろうとしてやめた。楽しいねって笑うくせに、ふとした瞬間泣きそうな顔をする苗字が、俺じゃない奴のことを考えているのがもどかしかった。

「…なんかあった?」
「え?」
「今日、朝から元気なかったから」

俺から目を逸らした苗字が大きな水槽を見上げながら「大事な人に、ひどいこと言っちゃって…」と眉を下げて困ったように笑った。

「でも水族館の癒し効果ってすごいね。なんか元気出てきたかも」
「それなら良いけど」

多分"幼馴染"のことを言っているんだろう。マイキーなんていつでも場地にひどいこと言いまくってると思うけど、そういうことではないらしい。まだ泣きそうなくせに、元気なふりすんのやめろよ。せっかく2人でいるのに、他のやつのことなんて考えんなよ。お前が好きなのは俺じゃねーのかよ、なんて幼稚な独占欲が顔を出す。


「連れてきてくれてありがとう」

そう言ってこちらを振り向いた苗字の手を軽く引き、そのまま唇を押し付けた。

「んっ、…え!?」

慌てて俺から離れようとする苗字の手をもう一度ぎゅっと握り直す。水族館の照明が暗くて苗字の顔がよく見えないのが残念だったけど、いつものように真っ赤になっていることだけは間違いないだろう。

「俺としては弱ってるところにつけ込みたいんだけど…だめ?」

結局またこんな聞き方をして苗字の逃げ場を無くしていることに若干の後ろめたさはあるけれど、「だ、だめじゃない…」と言って俯いたまま俺の手を緩く握り返した苗字が可愛くて仕方なかった。

「目瞑って」
「ん…」

その柔らかい頬に手を添えて、もう一度、できるだけ優しく触れるだけの口付けを落とした。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -