■ ■ ■

名前は距離感がバグってる。驚くほどパーソナルスペースが狭い。ちなみに場地さんも割とそういうところがあって。
距離感がバグった2人が一緒にいると、見ている俺はいつも気が気じゃない。


学校をサボって家でペケと一緒に1日のんびり過ごしていたから、名前からの『今日行っていい?』というメールにもすぐに『いいけど』と返した。いや、けどってなんだよ…。

しかし放課後と呼ばれる時間を過ぎてもいつまで経っても鳴らないチャイムを不審に思ったそのとき、外からゴキの排気音が聞こえたから窓の下を覗いたら、バイクに跨る場地さんとその背中に掴まる名前が見えた。場地さんの手を借りてバイクから降りた名前が俺に気付き大きく手を振りながら「千冬の好きなお菓子買ってきたよ」と呑気に笑っていて、俺は大きな溜息を吐いた。


ようやく鳴ったチャイムに玄関の鍵を開けてチェーンを外せば、コンビニの袋を手にした名前が「お邪魔しまーす」と入ってきた。

「千冬ん家行こうとしたら途中で場地くんに会ってさぁ、コンビニ行くって言うから乗せてもらっちゃった」
「はぁ…」

こんなことならサボらずちゃんと行けば良かった。つーかバイクで2ケツって…それ絶対場地さんの背中に当たってただろ。しかもそんな短い制服のスカートでバイクに乗るなんて。危機感とかねぇのかこいつは。


「もしかして嫌だった?」
「なにが」
「場地くんのバイク乗ったの」
「別に…そういうんじゃねーけど」

場地さんと名前が仲良くするのが嫌なわけじゃない。この2人がお互いをそういう対象として見ていないのは分かっている。でも俺の知らないところで2人でいるのはなんかこう、もやっとするものがあって。それは場地さんにも名前にも向けられる感情だった。

好きな女が他の男と仲良くしてんのはもちろん気に入らないし、バイクの後ろに乗っているところなんて見たくないに決まってる。でもそれだけじゃなくて…自分が1番仲が良いと思っている人を取られたくない、なんていう気持ちもあったりもして。場地さんの隣に名前がいるのが気に入らないなんて、そんなことを考えてしまう自分の幼稚さがいい加減嫌になるけれど、やっぱり簡単に割り切れるようなものでもなかった。

「…やっぱ嘘。ちょっと嫌だった」

素直にそう言えば「そっか」と柔らかく笑って、追求することもなく茶化すこともない名前の、こういうところが好きだなと思う。普段は色々ダダ漏れなくせに。自分に向けられている気持ちにはこれっぽっちも気付かないくせに…。自分でも上手く言葉にできない感情を、さらっと拾い上げてくれる名前が昔から好きだ。








「なんか最近ちょっと良い感じな気がするんだけど…!」

残念なことに俺もそう思うし、ついでにさっきまでのちょっと良い感じなお前はどこに行ったんだとも思う。やっぱり俺の気持ちはこれっぽっちも伝わっていなかった。


2人で遊びに行く約束をしたと嬉しそうに話す名前がいつものスケジュール帳を眺めては緩む口元を隠しもせずにやにやと笑う。なんと向こうから、それも誕生日にデートしようと誘ってきたらしい。自分の誕生日に好きでもない女誘うやついねぇだろ。相手も絶対名前のこと意識してんじゃん。

俺の誕生日が書かれたページはあと半年も先。あーあ、半年後なんて絶対こいつらくっついてんだろ。いやでも俺の誕生日までに別れてる可能性もあるのか?なんてみみっちいことを考えてしまう。でも別れて泣いてる名前を見るのは嫌だな。

「そういえば友達に体育祭の写真貰ったんだけど、1枚だけ2人で写ってるのがあってね」
「ふーん」
「見る?」
「……見ない」

名前の好きなやつがどんな男かは正直めちゃくちゃ気になるけど。何とも思ってない相手には距離感バグってるくせに、きっとその男とは微妙な距離感で笑っているであろう名前なんて見たくなかった。


名前のストライクゾーンは割と広い。こいつは基本誰でもかっこいいと言う。俺は可愛いとは言われてもかっこいいとは言われたことねぇけど。まぁ、とりあえずテレビを見ていても漫画を読んでいても道を歩いているだけでも「わーあの人かっこいい」って昔からよく言ってた。だから油断していたんだ。


「やばい…わたし好きな人できたかも…」
「は?」
「同じクラスの男子なんだけど、なんかもうめっちゃかっこよくて!」

中学に入ってすぐの頃だった。特に横顔がかっこいいと騒ぐ名前の話を半分呆れながら聞いていた。この頃には名前のかっこいいはとっくに聞き飽きていたからどうせいつもと同じだろうと思っていた。芸能人や漫画のキャラクターに向けられるのと同じかっこいい、だと思っていたのに。俺の予想に反して名前はそれから2年以上そいつをかっこいいだとか好きだとか言い続けて、いつのまにか他の誰かをかっこいいとは言わなくなっていた。


「あー、でもこの写真はどっちかっていうと可愛いかも…」

普段はかっこいいのに笑うと可愛く見える、と写真を見ながら頬を染める名前が言うその「可愛い」は俺に向けられる「可愛い」とは全然違う意味なのが、どうしようもなくムカつく。


「…俺ともこの前2人で映画行ったじゃん」
「え?うん」
「あれもデートじゃん」
「いや、あれは違うでしょー」

ヘラヘラと笑う名前の手を掴むと、途端に名前の顔が強張った。

「なにが違うんだよ」
「なにがって…」
「俺は、デートだと思ってたんだけど」

こんなことを言ったら今までの関係が全部壊れるって分かっていたのに。

「え…」
「名前は、どうしたら俺のこと見てくれんの?」

泣きそうな顔をした名前を見て、あぁやっぱり言わなきゃ良かったと思った。
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