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「苗字って結構メール不精だよな」

連絡を取り合うようになってしばらく経って分かったが、苗字はマジでメールの返事が遅い。最初はそういう駆け引きでもしているのかとも思ったけれど、どうやら違うらしい。

俺の認識では女子は連絡をマメに取りたがるものだと思っていたし、実際これまで付き合ってきた女子はみんなそうだった。しかしそれは苗字には当てはまらないようだ。

「あー…考えてるうちに寝ちゃったり後で送ろうと思って忘れちゃったりは、ある、かも…」

最近ようやく目を合わせて話すようになってきたのに、気不味さからかまたしても目を逸らされた。別に重要な会話ではないけれど、こうも毎回毎回メールを2通か3通で止められると「あれ、コイツ俺のことやっぱ好きじゃなかったのかも?」と思えてくる。


この前だってそうだ。

「あ、三ツ谷じゃん」

テスト最終日、マイキーたちと街中をぶらついていたらクラスメイトの集団に出会った。そういえば帰りがけにカラオケ行く人〜!と女子が声を掛けていたな、と思い出す。マイキーたちに先行っていてほしいと伝え、クラスの輪に入った。しかしほぼクラス全員がいるであろう集団の中に苗字の姿はなかった。

「あれ、苗字は来てねーの?」
「名前?今日は予定あるって言ってたけど」
「ふーん…」
「街の方行くって言ってたからもしかしたら近くにいるんじゃない?」
「呼び出してみよっか」

苗字と仲の良い女子が、三ツ谷くんが出たら名前絶対驚くよ、と悪戯っぽく笑いながら、既に呼び出し中と表示されている携帯を渡してきた。予想通り電話の向こうで『えっ、あ、え…!?』と困惑した声を出す苗字に思わず口元が緩んだ。きっと今頃顔を真っ赤にしていて、多分手も震えてるんだろう。あーあ、ちょっと見たかったな。でも「苗字は来ねぇの?」という俺の問いに対する答えは想定外のものだった。

俺が誘えば来るんじゃねぇかって思っていたから予想外の苗字の反応に思いの外ガッカリしてしまった自分が自意識過剰すぎて正直ちょっとハズい。


「この前何してたん?」
「この前って?」
「テストの日」
「あー…あの日は映画観に行ってて」
「へー、」

誰と?という言葉は思わず飲み込んでしまった。

でもやっぱり普段の苗字の俺への態度は相変わらず好意ダダ漏れで、「苗字って絶対三ツ谷のこと好きだよなぁ」と他の男子に言われるぐらいだった。







体育祭で活躍する苗字を見て意外だな、と言うと三ツ谷くんひどいなあ、と苦笑いする顔が可愛いと思った。

「足速いんだな」
「昔から走るのは得意なんだよねー」

さっきから走る競技に悉く駆り出されてはぶっちぎりで1位を獲る苗字に思わず感心してしまった。なぜか後輩女子たちの視線を掻っ攫いキャーキャーと黄色い声援を浴びている苗字はいつも見ている姿とは全然違って、でも確かにかっこいいと思った。1年のときも同じクラスだったはずなのに、どこまで関心がなかったんだ2年前の俺は。最近はもっと前から苗字のことちゃんと見ておけば良かったと思うことが増えた。

「なんか苗字ってその辺で転んでそう」
「それ普通にひどいね?」
「冗談だけど」

もー、と言いながらまた苦笑いする苗字の緩い空気感が好きだ。この場合の好きは恋愛感情ではなく、人として好感が持てるという意味ではあるけれど。これが恋愛のそれになる日も近い、と思う。というか、そうなればいいと思い始めている自分がいる。


「名前ー!リレーのメンバー集まれって」
「はーい」
「頑張れよ」
「また1位獲ってくるね」
「自信満々だな」
「かけっこ負けたことないもん」
「かけっこて」

靴紐をキツく結び直した苗字が立ち上がった。高い位置でまとめられた髪の後れ毛がうなじにかかって、それがちょっと色っぽく見えて思わず目を逸らした。



「なー三ツ谷ぁ」

近くにいた男子が突然俺の肩を組んできたかと思えば「…三ツ谷と苗字ってさ、付き合ってたりすんの?」と小声で聞いてきた。「別にそういうんじゃねぇけど」と言うと、明らかにホッとしたような顔をされてドキンと心臓が嫌な音を立てる。

「苗字さー、最近めっちゃ可愛くね?」
「あー、まあ、そうかもな」
「そんでさ、今日めっちゃかっこいいじゃん」
「…そうだな」
「でもさぁ、」

俺と同じようなことを思ってるヤツなんて他にもいて当たり前なのに、それを嫌だと思っている時点で自分の気持ちなんて分かりきっていて。

「苗字絶対三ツ谷のこと好きだよなぁ…」
「ふ、それはそう思う」
「自意識過剰め」

恨めしそうに俺を睨みつけるクラスメイトに「悪いな」と言えば「もっと悪いと思ってる顔しろよ」と返された。

「えーーー、やっぱ三ツ谷も苗字のこと好きなん?」
「んー…うん」
「マジかよやめろよ他行けよ〜」
「それは無理」


口に出すとやけにスッキリしてしまった。

苗字の持つちょっと緩い空気感とか、メールの返信が遅いところとか、意外と足が速いところとか、俺が話しかけるとすぐ顔を赤くするところとか、でもやっぱり嬉しそうに笑う顔が可愛いくて。そんな苗字のことが好きだと思った。

隣で項垂れるクラスメイトには悪いけど。






リレーで宣言通り1位を獲った苗字が、相変わらず後輩の女子たちから黄色い声援を浴びていた。

「モテモテじゃん」
「体育祭限定だけどね」
「そうでもなくね?」
「いやいや」

彼氏いたこともなければ告白されたことすらないから、と苦笑いする苗字は自分に対する好意にはあまり気付いていないらしい。

「それにわたし、す、好きな人いるし…」
「え、うん。それは知ってる」
「う、ん…?知ってる…!?」
「俺の勘違いじゃなければ、だけど」

耳まで赤くして明らかに動揺しているところを見ると、やっぱり本人的には隠してるつもりなんだろう。最近は本気で勘違いなんじゃないかと思い始めていたけれど、こんな顔を向けられて期待すんなってのが無理な話だ。

「勘違い、してもいい?」

小さく頷いた苗字にこのままキスでもしてやろうかと思ったけど、苗字がぶっ倒れそうだったからさすがにやめておいた。
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