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中間テスト最終日、HRが終わった直後に教室を飛び出し、家には帰らずそのまま駅へ直行。ちょうど来た渋谷方面へと向かう電車に駆け込んだ。走って乱れた髪を電車の窓を鏡がわりにして軽く整えつつ『今電車乗った』とだけメールを送ると、『わたしはもうすぐ着くよ』と珍しくすぐに返信が来た。

待ち合わせ場所に着くと、携帯を弄りながら壁に背を預けて立っている名前と、それを見ている高校生ぐらいの男が「お前行けよ」とニヤニヤしながら話しているのが見えたから、慌てて駆け寄り声をかけた。

「名前」
「遅いよ千冬」
「こっちまで出てきてやってんだなら文句言うな」

名前の通う中学もテスト期間は今日までだったらしく、同じ制服を着ているやつが近くにちらほらいた。「とりあえず先お昼食べない?」という言葉に頷いて、先に歩き出した名前の隣に並んだ。

名前の制服姿なんてとっくに見慣れているはずなのに、2人で並んで街を歩いているとどうにもそわそわしてしまう。…側から見たら俺たちは制服デートをしているカップルに見えるんだろうか、なんて。こいつの好きなやつに見られて勘違いされてしまえば良いのにと思ってしまった心の狭い自分がクソダサい自覚はある。

今のこの状況を相変わらずなにも意識していない名前はテキトーに入ったファーストフード店で「おもちゃ欲しいからハッピーセットにしようかな」なんて言っている。こんなこと、きっと好きな奴の前では言わないだろう。


幼馴染というのはとても厄介で、名前にとって俺はいつまで経っても弟の枠を出ない。

来年の今頃、名前は今とは違う制服を着ていて、きっとまた更に大人っぽくなっている。せめて自分が年上だったらこんなに悩むこともないと思うと、たった1年の年の差が恨めしくて仕方ない。

「なにが欲しいの」
「シナモン」
「お前それ好きな」
「可愛いじゃん」

ちょっと千冬に似てるよね、なんて一言で嬉しいと跳ね回る自分の心臓すらいっそ憎い。

「…似てねぇし」
「そう?白くてふわふわなの千冬っぽい」

本当にハッピーセットを頼んだ名前が、席に着いて真っ先に開けた小さい袋の中身はお目当てのキャラクターではなく世界的に人気なリボンをつけた白いネコだった。

「あーあ、シナモン出なかった」

残念そうな名前の声に期待したくなるのもいい加減やめたい。

「別にいいじゃん。昔好きだったろ、キティちゃん」
「千冬ってそういうのほんとよく覚えてるよね」

幼稚園の登園バッグも、弁当箱も水筒も全部キティちゃんだったのに。名前はいつのまにか現れた白い謎の生き物を好きになっていた。こうやって知らないことが増えていくたびに、幼馴染という存在のちっぽけさを思い知らされる。なのに比例して年々大きくなるこの想いの捨て方を、誰か教えてくれればいいのに。




「思ったより面白かったねー」
「いや…マジで良かった…」
「キャストもハマってたし」
「ハチが可愛すぎたわ…」
「うーわ、千冬好きそう」

あぁいう女子好きそうだよねと笑う名前に、俺が好きなのはお前ですけど、と心の中で呟く。もう何年も、こうやって言葉にすることなく過ごしてきた。

「あ、シナモンだ」
「え?」

名前が指差したのはゲーセンのUFOキャッチャーに入っている例のシナモンとかいうキャラクターのぬいぐるみがついたキーホルダー。

「欲しい?」
「うーん、可愛いけどわたしUFOキャッチャーのセンスないからなぁ」

ポケットに入っていた100円玉を取り出して入れると流れ出す安っぽいBGM。

「え、やるの?」
「ここで取れたらさ、いかにも少女漫画っぽくね?」
「相変わらずそういうの好きだね」

もし取れたら、名前はちょっとぐらいきゅんとしてくれるだろうか。それこそ少女漫画みたいに。もし本当に取れたら……言おうかな。


……いや、言う。告る。よし決めた、絶対ェ取る。つーか取れるまでやる。ダメで元々、当たって砕けろ。いや、砕けたくはねぇけど。

そんな俺の密かな決意なんて知る由もない名前は「頑張れー」となんとも軽い調子で応援してくる。


ここ最近妙に存在感を増している、名前の話でしか知らない例の"好きなやつ"に焦っている、というのも正直ある。少女漫画に喩えるならまさしく俺は当て馬ってやつで、完全に望み薄だ。でもいつまでも当て馬ポジションに収まっているわけにはいかない。


一度ガッチリと掴んだぬいぐるみが、出口付近で落ちかけた。しかしタグが上手くアームに引っ掛かりそのまま取り出し口まで運んでいった。

「えっ、あ、嘘!千冬すごい!」

…まさか100円で取れてしまうとは。隣でぴょんぴょん飛び跳ねる名前の顔が見れない。まるで全力疾走した後のようにどくんどくんと鳴る心臓の音がうるさい。

「はい」

取り出したぬいぐるみを渡そうとした手が少し震えた。名前は昔と変わらない笑顔で「ありがとう」と受け取った。

「あのさ、」
「ん?あ、ちょっとごめん。友達からだ」

ごめん、電話出ていい?とポケットから携帯を取り出した名前に頷く。電話に出る名前を見ながら一旦冷静になる。

いや、こんな道のど真ん中で何言おうとしてんだよ俺は…!落ち着け…なにもこんなところで言う必要はねぇだろ。せめてこのあと家まで送るときとか、もうちょっとムードっつうか雰囲気ってもんが……

そんなことを考えていたとき「えっ、あ、え…!?」と電話をしていたはずの名前から言葉にならない声が聞こえてきた。ふと顔を上げると真っ赤になった名前が手を震わせていて、それだけで電話の相手が誰なのかすぐに分かって、さっきまでの俺の決意が簡単に挫かれる。

俺には決して向けられることのないその顔が、可愛くて大嫌いだと思った。



「電話、なんだった?」

必要以上に冷たい声が出たのも、名前のせいにしてしまいたい。

「あーなんかクラスのみんなで遊んでるから今から来ないかって…」気不味そうに俺から目を逸らした名前の答えはなんとなく予想していた通りだった。

「行ってくれば?」
「え?いや、行かないけど」
「……なんで?」
「なんでって、」
「好きなやつも、来てるんじゃねぇの?」

俺の問いに名前がなんて答えるのかは分かっていた。でもちゃんと名前の口からその言葉が聞きたくて、母親の気を引きたいガキみたいなことをしてしまう自分はやっぱりダサいと思う。

「だって先に約束してたのは千冬じゃん」

「ていうかわたし今日結構楽しみにしてたんだけど」

名前の言葉にじんわりと胸の奥が満たされるような感覚になる。やっぱり当て馬のまま終わるなんてまっぴらごめんだ。

でももう少しだけ、

もう少しだけ、今の関係に甘んじていたい。


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