■ ■ ■

こっちはもうずっっっっと前から好きなのに、名前が俺を意識したことは今の今まで一度もない。

「もう無理…好きな人と隣の席ってなに…わたし前世でどんだけ徳積んだの…」
「知らねぇよ」

放課後、いつものように場地さんと一緒に家に帰ると団地の階段には幼馴染である名前が待ち構えていた。

「名前じゃん」
「やっほー場地くん。千冬借りて良い?」

そう言って俺の腕を引っ張る名前にいちいちドキドキしてしまうのを良い加減やめたい。

『今日予定ある?千冬の家行っていい?』と昼にメールが来ていたから来ることは分かっていた。『いいけど、授業ちゃんと聞けよ受験生だろ』と返すと、それに対する返事はなかった。でもそんなのはいつものことだ。どうせ返信しようと思って忘れていたとかそんなところだろう。

名前が授業中にメールしてくるのもいつものこと。そして返信が俺で終わるのもいつものこと。


名前は小学校まで同じ団地の向かいの部屋に住んでいた。中学に入ると同時に引っ越してしまったが、今でも頻繁に会いに来ては恋愛相談だの愚痴だのと自分の喋りたいことだけ喋って帰っていく。

俺の部屋に緊張感もなく足を踏み入れる名前にがっかりなんてしたことはない。そんな感情を自覚するよりずっと前からこいつは俺の部屋に出入りしていたから。同じように昔は俺も名前の部屋によく遊びに行っていたけれど、それは引っ越す前までの話。引っ越した先の名前の家の場所ぐらいは知っているけれど中に入ったことはない。


名前は中1の頃からずっと好きなやつがいる。そいつに釣り合うようになりたいとダイエットしてみたり制服を着崩してみたり、最近では薄らと化粧もするようになった。実際名前は2年前と比べて随分と垢抜けたし大人っぽくなったと思う。それが顔も知らない名前の好きな男のために努力した結果だと思うと苛ついて仕方がなかった。

名前の好きな相手は学校でも人気があるやつらしい。みんながキャーキャー言ってる相手を本気で好きだとは恥ずかしくて言えない、なんて言っていつも俺に話を聞かせてくる。人の気も知らないで。

つーかなんだよ学校でみんなが騒ぐような人気の男子って。そんな少女漫画のヒーローみたいな奴現実にいんのかよ。名前が言うには、かっこよくて優しくて面倒見が良くて喧嘩も強くて…それでやっぱりかっこいいらしい。どんだけかっこいいんだよ、そいつ。


中学生になったばかりの名前から「好きな人が出来た」と突然言われ、俺が人生初の失恋というものを経験してから早2年。一切進展のなかった名前の恋に最近動きがあったらしい。同じクラスで、さらに隣の席になったと騒いでいたのが1か月前のこと。そして今日は教科書を忘れたら見せてもらえたというどーーーーでもいい報告を受けた。

「え、なに?教科書見せてもらっただけでこんな騒いでんの?そんでわざわざうちまで来たの?」
「授業中マジで心臓飛び出るかと思ったーーーー」

そのときに机をくっ付けてきて、距離が近すぎてドキドキして授業どころじゃなかったと話す名前は今俺の真横に座っていて、相変わらず意識されていないこの距離感にため息が溢れる。こっちはいろんなもん我慢してるっつーのに。

「もうね、まともに話せないし目も合わせらんない」
「不審者かよ」
「やっぱ不審者だよねぇぇぇ」

嫌われたらどうしよう…と話す名前にいっそ嫌われてしまえと心の中で悪態を吐いた。

「あ!でもやっと連絡先も交換したんだよ」
「…へぇ」
「もー、反応薄いなあ」

こっちは必死に隠してんだよバカ。連絡先を交換したなんて聞いて平常心でいられるわけねぇだろ。内心焦りまくりだわ、ふざけんな。

名前は隠し事ができないタイプでなんでもすぐ顔に出るからきっとそいつへの好意もダダ漏れでバレバレなんだろうな。そんなところも可愛いと思ってずっと隣で見てきたのに。

「好きな子とかいるのかなあ」

そんなことは本人に聞けよ、なんてことは口が裂けても言えない。だってその男は名前からのダダ漏れの好意に気付いた上で教科書を見せてやったり連絡先を交換しているんだから。

「さぁ、いるんじゃねーの……俺だっているし」

小さく付け加えた一言に、名前がキョトンとした顔で固まる。

「なんだよその顔」
「いや…今まで千冬からそういう話聞いたことなかったから…」

そりゃそうだ。俺の初恋は名前なんだから。

「ねぇ、千冬の好きな子ってどんな子?」
「内緒」
「教えてよー」
「やだ」
「えっまさか……」

名前がごくりと息を呑んだ。しかし俺はそのあとの言葉には一切期待していない。

「…場地くん!?」

ほらみろ。言うと思った。

「あのさぁ、」
「冗談だよ」

怒ったような低い声を出せばすぐにごめんって、と軽く謝る名前が「千冬と観たい映画あったんだけど、好きな子いるなら誘わない方がいい?」なんて言いだした。

「……なんてやつ」
「この前千冬が貸してくれた漫画の実写化」
「行く」
「いいの?」
「ん、それ俺も観たかったし」
「じゃあ行こ」

いつ空いてる?とスクールバッグから取り出した名前のスケジュール帳はカラフルなペンで書かれたいかにも女子っぽい字が並んでいる。いつ誰と遊ぶか、中間テストのスケジュール、いつ何を買ったかまで細かく書かれたスケジュール帳の12月のページには、毎年俺の誕生日が書き込まれていることを知っている。

このままでいいなんて思っちゃいない。でも今のこの距離を手放すことも、まだしばらくできそうにもなかった。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -