■ ■ ■

「最近3組の苗字可愛くね?」
「あーわかる」
「前はあんな感じじゃなかったよな」
「いや、俺は前から可愛いと思ってた!」
「絶対嘘だろ」

そんな会話を聞きながら教室の前の廊下に目を向けると、友達と笑いながら話す苗字がいた。苗字とは1年のときも同じクラスだったけれど、ほとんど話したことはない。確かに可愛くなった、というか垢抜けたなと思った。それから3年のクラス替えで同じクラスになり、隣の席になった。俺が話しかけるたびに顔を真っ赤にする苗字のことは素直に可愛いと思ったし、好意を向けられて悪い気なんてするはずもなくて。きっかけなんて、たったそれだけのことだったのに。いつのまにこんなにも好きになっていたんだろう。

苗字からメールの返信が来ないとガッカリしたし、やたらと仲の良い幼馴染の話を聞くだけで不安になった。でも苗字からの真っ直ぐな好意を感じる度に嬉しくなって、上手く気持ちが伝わらなくてもどかしいのに、それも悪くないと思ったりして。こんなに誰かに心を掻き乱されたのは初めてだったし、自分がこんなふうに誰かを好きになるなんて思ってもみなかった。でも苗字と千冬が一緒にいるところを見るたびにどうしようもなく苦しくて、やっぱりかっこ悪いところも見せたくなくて、手に入らないなら手放してしまおうと思った。なのにできなかった。自分から突き放したくせに、どうしても好きだって気持ちが消えてくれなくて、ずっと自分の真ん中に苗字がいた。

きっかけは誰かの一言だったかもしれない。好意を向けられたから意識しただけだったのかもしれない。けど、間違いなくこれは恋だったし、俺は本気で苗字のことが好きだった。



帰る気にも病室に戻る気にもなれず待合室にあるベンチに腰掛けてぼーっとしていると、ふと足元に影が落ちた。

「三ツ谷くん」

呼ばれた声に慌てて顔を上げると苗字が立っていて、肩で息をしていたから走って探してくれていたんだとすぐに分かった。

「その…逃げてごめん。ちゃんと話しにきた」
「いや、俺の方こそごめん…」
「ううん。隣、座っていい?」

小さく頷くと、夏休みのあの日みたいに2人で並んで腰掛けた。あの日と同じように0.5人分ぐらい空いた距離感に、ほんの少し期待したくなる。

「あのさ…文化祭の日は、ほんとごめん」
「うん、あの、あれはわたしも悪かったなぁと思ってて…」
「……どう考えても俺が悪いだろ」
「違くて…その、わざとだったから…」
「え?」
「わざと三ツ谷くんを試すようなこと言ったの」

怒られるか呆れられるかだと思っていたから、ごめんなさい、と小さく謝られて強張っていた身体の力が一気に抜けてずるずると背もたれに凭れかかる。

「はあ…なんか苗字ってほんと思い通りにならないっていうか…いつも予想の斜め上って感じ…」
「それって褒めてる?貶してる?」
「褒めてる褒めてる」
「本当かなぁ」

さっきまでの張り詰めた空気が少しずつ和らいでいくのを感じた。この緩い感じ、やっぱり好きだな。「ちょっと、わたしの話もしていい?」という言葉に頷くと、苗字はぽつりぽつりと話し始めた。

「中学入って同じクラスになって初めて三ツ谷くんのこと見たとき、こんなにかっこいい人いる?って思ったの」
「はは、マジか」
「かっこよくて、なんでもスマートにこなして、みんなの人気者で…」
「俺そんなすごい奴じゃねーよ」
「わたしにとってはすごい奴だったの。少しでも三ツ谷くんに可愛いって思われたくてこれでも結構頑張ったんだよ」

ダイエットしてみたり、制服着崩してみたり、化粧してみたり…と指を折りながら楽しそうに話す苗字にどくんどくんと心臓が高鳴る。ふと、誰かが言った「最近3組の苗字可愛くね?」という言葉を思い出した。

「…俺のために?」
「うん」
「なにそれ、嬉しすぎんだけど」
「それなら良かった、です」
「あー、もっと早く知りたかったな」
「わたしはずっと見てたけどね、三ツ谷くんのこと」
「まぁ、それは知ってる」
「…ですよね」
「分かりやすいよな、苗字って」
「う…よく言われます…」
「そういや前に、『苗字って絶対三ツ谷のこと好きだよな』って言われたことあったわ」
「えっ!?嘘っ、誰がそんなこと言ったの!?」
「山田」

うわ、最っ悪…と恥ずかしそうに俯いた苗字が、あーとかうーとか言いながら赤くなった顔を隠すように手で覆った。そんな仕草すら可愛く見える。

「苗字が俺のこと好きだって思ってくれてんの、いつもすげー嬉しかった」
「えー…」
「信じてない?」
「そういうわけじゃないけど…」
「ちゃんとしたデートはできなかったけど毎回可愛い服着てオシャレしてきてくれんのも嬉しかったし」
「え、気付いてたの?」
「気付くだろ、普通に」
「場地くんだったら多分気付かないよ」
「…それはそうかも」
「でしょ?」

苗字の言葉に思わず顔を見合わせて笑った。つーかお前ら距離感おかしいんだよ、と言えば「そこはほら、場地くんだから」と返された。わけのわからない苗字の返しになんだよそれと突っ込むと、「わたしもわかんない」とまた笑った。

「…でもいざ向き合おうと思ったらさ、苗字の気持ち全然分かんねーなって。俺のこと好きな割にメールの返信は遅いし誘っても毎回千冬との約束優先されるし」
「……ごめん」
「苗字にとって千冬は特別なんだって思ったら、なんか…すげぇ焦った」
「………」
「俺じゃ苗字と千冬の間には入れないんだなって思って、振られんのが怖くて…だったらもういっそ俺から手放そうって、そう思って…」
「うん…」
「……すぐ諦められると思ったんだよなあ」

らしくない嫉妬をして、勝手に諦めて、苗字の好意に甘えて散々振り回して傷付けて…自分でも最低だと思う。でも、それでも諦めきれなかった。

「離れようとすればするほど、やっぱり諦めきれねーなって思った」
「全然そんな風には見えなかったけど…」
「苗字と違って顔に出さないの得意だから」
「えー」
「…好きだよ」

「苗字の笑った顔が可愛くて好き。俺のためにって言ってくれたの本当に嬉しかった」
「………」
「メールの返信が遅いところも、足が速いところも、お菓子作りが意外と上手いところも、思ってることすぐ顔に出るところも…幼馴染のことを大切にしてるところも好き」
「…意外とは余計だよ」
「ごめんって」
「…うん。でも、ありがとう」

はにかむように笑った苗字が、真っ直ぐこちらを向いた。

「わたしも、三ツ谷くんのことずっと好きだったよ」
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