■ ■ ■

夏休み中、特に予定のない日は場地さんの家にお邪魔するか、俺ん家でだらだらと過ごすことが多かった。昨日もうちで夜通しゲームをして、寝たのは一体何時だったか。目が覚めたときには時計の針はもう昼前を指していた。目を擦り少しずつ鮮明になる部屋を見渡すと場地さんはもういなくて、ペケだけが扇風機の風を適度に浴びつつベッドの上で丸まっている。自分の家に帰ったんだろうか。ベッドから降りてぐぐっと身体を伸ばしたとき、玄関の呼び鈴が鳴らされた。ベッドから降りて襖を開けようと手をかけると、こちらが返事をするよりも早くガチャガチャと玄関の扉が開く音と、聞き慣れたふたつの声がした。うちの玄関を断り無しに開ける人物はどうせ2人しかいない。

「えー、それでまた泊まってたの?」
「ゲームしてそんまま寝てたワ」
「楽しそうだね」
「お前も泊まればいいじゃん」
「…バカなの?」

場地さんと名前の声だ。居間から顔を出すとこちらに視線を向けた2人が「昼飯買ってきた」「おはよ、寝癖すごいよ」とそれぞれに声をかけてきた。

「なんでいんの…」
「行くって連絡したよ」
「いつ?」
「今日の朝」
「…返事来てからこいよ」
「はいはい」

コンビニに昼食を買いに行ってくれたらしい場地さんとは団地の下で会ったらしい。勝手知ったるなんとやら、場地さんがうちの食器棚からグラスを3つ取り出して名前が冷蔵庫から麦茶を出した。俺は場地さんが買ってきてくれたペヤングを作るために水を入れたやかんを火にかけた。

「名前も食う?」
「いい。家で食べてきた」
「あっそ」
「冷凍庫借りていい?アイス買ってきた」
「ほい」
「ん、ありがと」

名前とのいつも通りのやりとりなのに、なぜかやたらと背中に場地さんの視線を感じた。どうにも居心地が悪くて「…どうしたんスか?」と聞いてみるも、ニヤニヤ笑いながら別に、と返されるだけだ。


「そろそろ帰るわ」

ペヤングを食べ終えた場地さんがごちそうさま、と両手を合わせたあと帰ると立ち上がった。いつもならまたゲームをしたり部屋で漫画を読んだりして過ごすのに。

「なんか予定でもあるんスか?」
「ねぇけど」
「それなら…」
「だってお前ら付き合ってんだろ?」
「エッ」

俺いたら邪魔じゃん、と言って玄関の方へと向かう場地さんと名前を交互に見ていると、名前が気まずそうに視線を逸らした。

「名前から聞いたけど、ちげーの?」
「ちがっ、くないです、けど…」

じわじわと顔が熱を持つのが分かる。そんな俺たちを見た場地さんが「良かったな」と面白そうに笑った。場地さんを玄関まで見送って居間に戻ると携帯を見ていた名前が視線を落としたまま、ごめん、と小さく呟いた。

「てっきり場地くんには言ってるもんだと思って…言わない方が良かった?」
「…んなことねぇけど」

全然だめじゃない。むしろその逆。場地さんの前でにやけんのを堪えるのに俺がどれだけ必死だったか。かなり強引に名前と付き合って、でもこれまでの関係と何も変わらなくて。正直実感なんてなかった。なのに名前が俺の彼女だって言っていいんだと思うと急に実感が湧いてくる。

「嬉しい」
「…そうですか」

にやける口元を隠しもせず素直に言えばふいっと顔を逸らされたけれど、ちらりと見える名前の耳が赤くなっているのが見えて胸の奥がぎゅうっと苦しくなる。え、なにもう可愛い。やべぇ、めっちゃ嬉しい。

「場地さんになんて言ったの」
「別に…付き合ったって言っただけ」
「ふーん?」
「ねぇ、にやにやするのやめてうざい」
「彼氏にうざいはなくね?」
「だーかーら、そういうのがうざいって」

今までは名前の掌の上でころころ転がされているような気分だったのに。あれ?名前って意外とこういうの照れるタイプ?なんて気付いてしまうともうただただ可愛く思えて仕方なかった。

「名前」
「なに、」
「キス、したい」
「えっ」

名前の隣の椅子に座ってぐっと距離を縮める。首まで真っ赤にした名前の頬に触れてそっと唇を近付けると、触れる前に掌で止められた。

「…だめ」
「なんで」
「……キスは、好きな人としかしないから」

さっきまでの浮ついた気持ちが一瞬で急降下する。心臓が重い。俺から目を逸らす名前の言葉はいつだって残酷だ。それでも良いとは言ったのは自分なんだからいちいち傷付いても仕方ないのだけれど。そんな俺の様子に名前が小さく「ごめん」と謝るから、また心臓をぐさっと刃物で刺されたような気分になった。無理やり唇を奪うこともできたけれど、そんなことをしたら今度こそ名前と俺の関係は終わることも分かっていたから、大人しく身体を引っ込めた。

「あのさ」
「なに…?」
「三ツ谷くんと、キスした?」

こんなこと、聞かなきゃいいのに。何も言わない名前がまた俺から目を逸らした。それが答えだった。なんだか今日は目を逸らされてばかりだ。





「三ツ谷くん、彼女できたんだって」

新学期が始まって数日が経った頃、いつものように俺の部屋に遊びに来ていた名前が教科書に目を落としたまま言った。前まではうちに来ても漫画を読んだりゲームをしていたのに、最近ではずっと勉強をしている。短い制服のスカートからちらりと覗く白い太ももとか、たまに耳に髪をかける動作とか、唇にシャーペンを押し付ける仕草を見ていると、こう、ムラッときてしまうのはもはや仕方のないことだと思う。正直今すぐ押し倒したいぐらいではあるけれど、そんなことをしても拒否されるのは分かりきっていたから我慢した。

「…ふーん」
「わたしにも他校生の彼氏ができたって噂流れてんの」
「その通りじゃん」
「友達に聞いたら場地くんと誤解されてた」
「おい」

ふふ、と笑う名前に簡単にときめく心臓が憎い。いっそ名前のことを嫌いになれたらどれだけ良いだろう。

手を伸ばして名前の頭を引き寄せた。

「ちょっと、千冬、キスは…」
「しねぇよ」

ただ名前の頭を抱きしめるようにしてそっと肩に押し当てた。サラサラと指通りの良い髪を梳くように撫でる。ただそれだけ。

「どうしたの?」
「…別に」

ついさっきまで名前のことを嫌いになれたら良いのに、なんて考えていたくせに、おずおずと背中に回された腕に心が一気に満たされて、やっぱり好きだって気持ちが溢れて止まらなくなる。

「名前」
「ん?」
「好き」
「…うん」

同じ言葉も気持ちも返ってこないけど、ありがと、と小さく聞こえた言葉だけで、今はそれだけで良かった。
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