友人:三ツ谷マナは見た

バタバタと廊下を走る足音と「こら走るな!」という教師の声がして「今日もか」と思ったのと同時に、ガラガラガラと勢いよく教室の扉が開いた。

「セー…フ!?」
「いっつもギリギリすぎんだよ」
「ぎゃっ、すいません!」

先生が手にしていた日誌で軽く頭を叩かれたナマエはクラスのムードメーカー的存在だ。ナマエが遅刻ギリギリに教室に駆け込むのもすっかりお馴染みのことで、クラスメイトたちも見慣れた光景にまたかよって笑っている。ナマエはみんなにおはよー!と元気に声をかけながらわたしの隣の席に荷物を置いた。鞄には春休みに一緒に行った某テーマパークで買った、わたしとお揃いのぬいぐるみが付いている。

「マナちゃんおはよー」
「おはよ、最近遅刻ギリギリなこと増えたね」
「あー、つい寄り道しちゃうんだよねぇ」
「朝から?」
「うん、朝から」

えへへ、と口元を緩ませて笑ったナマエが「おいミョウジ、早く座れ」と注意されてまた教室中が笑いに包まれた。


ナマエとは高2の時に同じクラスになったことがきっかけでよく話すようになり意気投合。今では1番仲の良い友達だ。お母さんやお姉ちゃん、もちろんお兄ちゃんにも話せないことでも、なんでも話せる大切な友達。ナマエも基本的になんでも話す性格だからお互いに知らないことなんて体重とよっぽど出来の悪かったテストの点数以外にはほとんどないんじゃないかと思う。が、最近なんだかナマエの様子がおかしい。

遅刻ギリギリに教室に駆け込むことが増えたし、なんなら遅刻も増えた。授業中もいつもに増してぼーっとしているかと思えば、何かを思い出したのかニヤニヤしたり顔を赤くしたり…

「あのさ、マナちゃん」
「ん?」
「マナちゃんに話したいことあるんだけど…」
「どうしたの?」
「あー……やっぱりいいや。今度話すね」

顔を耳まで真っ赤にしたナマエとのこんなやりとりが少し前から既に数回。…いや、これはもう男じゃん?絶対好きな男か彼氏できたじゃん?
なんで言えないのか理由は分からないけれど、言おうとはしてくれているらしい。それならナマエから話してくれるのを待つしかない。


朝のホームルームが終わり、1限目はそのまま担任の授業だった。うちのクラスの担任は高校の教師にしてはまだ若く20代半ば、確か25か26だと言っていた。自分の兄よりも若い教師に教わっていると思うとなんだか不思議な感覚である。しかしやはり若いだけあって生徒からは人気だ。

「数学が1番苦手」だと常日頃言っているナマエは大学も私大文系に進むと決めているらしい。3科目受験で文系を受験する高校3年生には数学の授業なんて重要度はそんなに高くない。クラスメイトも聞いていたり聞いていなかったり、他の教科の課題をしている人も少なくない。ナマエだっていつもなら他の課題をしているか寝てるか…なのに最近は真面目に授業を聞いている。突然どうしたのかと理由を聞いてみると「次のテストで80点以上取ったらご褒美貰えるから」と照れながら、でも嬉しそうに言っていた。うん、やっぱりこれは彼氏できたな。ご褒美の内容が気になりすぎるから是非80点以上取ってほしい。



「ナマエ今日バイト?」

1日の授業を終えて、帰り支度をしながら尋ねる。理系はダメだが文系はそこそこできるナマエは受験に対してそこまで切羽詰まった様子はない。とりあえず夏まではバイトを続けるらしい。高校を卒業したら実家を出たいからその資金を貯めているんだと前に話していた。

「うん。マナちゃんは?」
「今日はお兄ちゃんのところに寄るんだけど」
「あ、ほんと?じゃあ途中まで一緒に帰ろー」

いつもは使う路線が違うから校門を出て少し歩いたところで別れるけれど、ナマエのバイト先はお兄ちゃんが借りているアトリエから割と近く、これまでもお兄ちゃんのところに寄るときはナマエと一緒に帰ることが多かった。

ナマエが普段使っている駅まで、お喋りをして歩きながら、ナマエが朝から寄り道しそうな場所がないか気付かれないように探す。コンビニ、花屋、カフェ、ペットショップ…うーん、この中なら一番ありえそうなのはコンビニだろうか。コンビニの店員か、もしくはよく利用するお客さんか。ナマエの家から最寄り駅までの間で寄り道している可能性もあるけれど。

そんなことを考えながら歩いていたらあっという間に駅まで着いた。学校の最寄駅から電車で2駅。駅前のファミレスがナマエのバイト先だ。

「じゃあまたね」

バイト頑張って、と手を振り歩き出そうとしたところで「あ、ちょっと待って!」とナマエは鞄の中をガサガサと漁り出した。

「はいこれ」
「クーポン?」
「うん。良かったら今度お兄さんと来てね」
「えー、ありがと」

渡されたのはファミレスのクーポン券だった。もう一度「じゃあね」と手を振って、裏口から店内に入っていくナマエを見送り、お兄ちゃんの働くアトリエへと向かった。




お兄ちゃんに渡すものがあって寄っただけだったのについ長居してしまい、帰ろうとした頃には外はすっかり暗くなっていた。危ないから、と送ってくれたお兄ちゃんと駅前で別れてホームに向かおうとした時、ちょうどファミレスの裏口からバイト終わりらしいナマエが出て来るのが見えた。

「あ、ナマエ……ん?」

声をかけようとしたところで、ナマエが嬉しそうに誰かに手を振っていることに気付く。その視線の先を辿るとそこには車と、わたしからは顔はよく見えないがその運転席に座る男性…え、絶対彼氏じゃん!?

車に乗っているということは年上なのか、と思いながらナマエに気付かれないように、そっと運転席の男性の顔がよく見える位置に移動した。

「え?」

その顔を確認して思わず固まる。その男性が見覚えのある人だったからだ。しかし見覚えはあるけれど、名前までは思い出せない。あの人って確かお兄ちゃんの知り合いの……


「えぇ!?」

思わず大きな声を出してしまい、周りの視線がわたしに集まる。しなしそんなわたしに気付く様子もなく、ナマエは嬉しそうに笑いながら車の助手席に乗り込んだ。

いやまさか…え、そんなことある?あ、もしかして実はお兄さんとか?だめだナマエ妹と弟しかいないわ。じゃあ従兄弟?それでバイトで遅くなって迎えに来たとかじゃない?ほら、うちのお兄ちゃんみたいに…

なんて頭の中でぐるぐる考えていたそのとき、運転席の男性がナマエの後頭部に手を添えてぐっと引き寄せた。ちょうど対向車のライトで見えなかったけど、今のは絶対…キス、してた…。み、見えなくて良かったーーー!

走り出した車を見送ってから慌ててスマホを取り出し、先程別れたばかりのお兄ちゃんの名前を呼び出した。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -