姉妹伽/皇子

「ベクター様…。」

杯に酒を注ぐ女は非難がましい目を向けた。
下唇を噛んで、への字に口角を下げている。

「まだ小言があるのか。どんどん酒が不味くなる。」
「ありますとも。大臣方も幾度となくご乱行をお諌めしているのに、貴方と来たら、まるで聞く耳をお持ちでいらっしゃらない。西方の故事でなんと言いましたかしら。馬に風が、ええと…。」
「馬耳東風。」
「はい、それですわ。……お分かりならお戯れをお控えください!」
「他に面白い事があればな。」
「宮廷はお嫌いですか。」
「世辞と媚び諂いには飽きた。鉄の匂いを嗅いでいる間の方がよほど生きていると思う。」
「女の香もでしょう。」
「ひひひッ、よく分かっている。それを承知なら、あまり小煩いことは止めろ。」

女は袂に手を入れ、何かを取り出した。
固く握りこんだ拳から指を一本一本剥がすように、ゆっくりと手が開かれると、そこにはひとつの耳飾りがあった。
一見して女のものと分かる意匠で、身につける女は派手好みなのだろうという印象を受けた。

「これに見覚えはありますでしょうか。」
「さあな。覚えていないのかもしれぬし、思い出せないだけかもしれぬ。」
「皇子のお部屋にありました。」
「ほお。それで、それがどうしたという。まさか、寝所に女を引き入れたことをぐちぐちと言うつもりか。」
「これを付けていた者のことを覚えておいでではないのですか。私の妹です。似ていませんから、お気づきにならないのも無理はありませんが。」
「お前の? ほう。妹はお前がここに居ることを知っているのか。」
「知りませんわ。会っていませんし、どう話したものかも分かりません。」
「素直に事実を伝えればいい。姉は皇子の伽を務めていると。その妹がどうして、遊女になった。」
「皇子もご存知でしょう、貧しいものは、必ず一度は遊女になるのです。」
「貴様もな。妹のことは全く知らなかったが、それを我に問うてどうしようというのだ。」
「どうもこうも…お戯れをお控えくだされば…。」
「俺が言うのは今まで強くは言わなかったお前が何故、今になってそれを言い出したかだ。もし俺が行いを改めると言えば、お前もお払い箱行きの可能性があるというのにだ。…肉親も抱かれたと知って、嫉妬が燃え上がったか。図星か。」

女は黙りこんで俯いた。

「皇子に、そのような恐れ多いことを思うわけがありません。」
「指が震えている。」

耳飾りを持つ女の手を絡め取り、口元へ寄せた。
耳飾りががらがら音を立てて落ち、互いに無言が続いた。
沈黙に耐えられなくなった女が口を開いた。

「……申し訳ありません。浅慮でした。」
「謝罪はいらん。言われてみれば、妹を思い出したぞ。抱いてやる。姉妹、どちらが具合が良いかな。」
「………貴方は本当に底意地が悪い。」





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