ピュグマリオン




雪の降るクリスマスだった。
しばらく不在にしていたトロンが上機嫌で戻ってきたかと思えば、暖炉の前に俺たち兄弟を集めて、サンタさながらに満面の笑みで高らかに宣言したのだった。

「みんな、良い子にしていたかい? 良い子にはおもちゃをプレゼントだよ!」

暖炉の前で両手を大きく広げるトロンの傍らには、女がだらりと座っていた。
乳白色の肌に、赤いリボンを無造作にくるくると巻きつけただけ。
長い脚を折り曲げ、だらんと手を降ろし、傾げた頭をトロンの手に預けている。
彼女の爛々と照り輝く眼球に兄弟たちの顔が映される。

天井のスピーカーから吐き出されるクリスマスソングが空々しく響き渡る中、兄弟3人共が顔を見合わせた。
トロンの理解不能な行動は逐一困惑するのも飽きるほど行われるものだったが、今回は想像を超えていた。

こいつはなんだ、どこから攫って来た、目的は、何の役に立つのか……トロンには聞きたいことが山ほどあったが、驚きあきれる俺たちが視線をかわす中で、Vがようやく絞りだした。

「トロン、この……いや、彼女は人ですか。」
「まずさあ、人間ってどういう定義だと思う?」

「人間」の定義。
自律的意思決定を伴った行動ができること?
それとも、一般的な成長・老化現象に即した生物としての肉体を持つホモサピエンス?

目の前に立つ、この成長もしなければ老いもしない、時の止まった「トロン」という存在について、散々考え抜いた結論から言えば、人間の定義を「生物」に頼ることは出来ない。
この、俺たちの父親だった存在は生物の不可逆性を超えてしまっているのだから。

「魂だろ。」
「へえ、Wにしては洒落た回答だね。」
「トロン、彼女は…その……人形なのですか。」
「まあね、でもただの人形じゃないよ。可愛い三兄弟たちへのクリスマスプレゼントなんだから、特別製さ!」

相変わらず妙に噛み合わないトロンの弁舌に苛立ち、俺は人形のリボンに手を掛けた。

「生きてる、とでもいうのかよ。」

頭に絡むリボンを引っ張り、胡乱な目をこちらに向けさせる。

「手荒にしちゃいけないよ。君たちの妹にするんだから。」
「はァ?! おい、トロン、人形遊びなんて付き合ってられねえぜ。」
「W、口を慎め。何か理由があるのですね。」
「うん、Vは理解が早くて良いね。」

トロンによると、人形の女はMr.ハートランドの「廃棄物」らしい。
Mr.ハートランドはナンバーズ回収のために、人間、機械、仮想電脳体、様々な素体を用いて「ナンバーズハンター」なるものを作り上げる実験を繰り返している。
これは数多の失敗作のひとつだという。

こいつからMr.ハートランド陣営の情報を得られる、または、ひょっとすると使い道があるかも、と回収してきたのが事の顛末というわけだ。

「破棄するときに核にした「魂」を壊してるみたいだけど、この娘は魂の欠片が残ってたんだよ。魂が宿った原因になった事件での、恨みの念がよっぽどすさまじかったのかもねえ。」

トロンは愛おしそうに人形の頬をなでる。
人形はトロンの掌にもぐりこむように頬を摺り寄せる。

「めんどくせえ。俺は関わらない。」
「可愛い我が娘になんてことを言うんだい。ほら、ちゃんと挨拶してるじゃないか。W、ほら君も。」
「ふん……。」
「こ、こんにちは。Vです。えっと、君の名前は……。」
「……。」
「口も聞けないのか。魂が入ってるとか本当かよ。」
「そういえば名前がないや。W、君が付けたらいい。」
「なんで俺が。」
「早く。」

トロンが仮面の奥で目を細めた。
同時にVが眉をしかめ、無言で俺を咎める。

「分かったよ……。」

ゆがんだ父娘ごっこを演じる人形に、俺はこの世で最もいびつな名前をくれてやった。





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