ガラテア



「ピュグマリオンの人形が、ただの人形に戻るにはこの場所しかない。だから連れて行って。

***の言葉に、俺は当然反対した。
俺の家にはお前を置いてやる場所くらいある。埃を被らせるような真似はしない。お前が安心して過ごせるように専用の部屋を作らせる、等々。

しかし***は俺からの提案を頑として聞き入れず、結局俺たちは彼女の願いを叶える為に此処に来た。
いよいよ最後の時だというのに感慨深さは微塵も湧いてこなかった。
ただ、己の言葉が彼女の意思を動かせなかったことが忌々しいだけ。

超高層建築のハートランドの地下は超深層建築となり、地下深くまで伸びている。
見上げれば呆然とするほどの高さ、見下ろせば背筋がぞくりとする深さ、それがこの街の中心を支えている。

***の話ではゴミ処理場で発生する膨大な熱エネルギーを利用してDr.フェイカー達の実験が行われているらしいとの事だった。
トロンの調査で、ハートランドにおいて何某かの研究活動が行われていることは分かっていたが、随分と珍妙な実験だ。
そんな事でアストラル世界への扉を開くなど、荒唐無稽にも程がある。
俺たち兄弟自身で超現実的な力を使役しているとはいえ、やはりフェイカーの目論見とその理屈は馬鹿げているように感じられる。

轟々と唸るベルトコンベアーが休みなしに街中のゴミを施設へと運び入れる。
プラットホームの鉄扉の向こうにはレーザー式破砕機が捨てられたモノたちを待ち受けている。
***は、今、目の前に広がる光景を嬉しそうに見ている。
彼女は鉄扉の向こう側へ吸い込まれていったモノたちと運命を同じくする為に此処に戻って来た。

底から吹き上げる風が壁一面に備えられたダクトに吸い込まれていく。
***はゴミのベルトコンベアーを見下ろす通路をカンカンと不器用に踏み鳴らし、死のダンスを踊る。
せめてもの抵抗に、俺はゆっくりと***の後ろを着いていく。


がたん、と***がよろけて手すりに掴まる。
「おい、だ……」
大丈夫、なワケがない。言葉を飲み込む。
最期の時を知っていて、ここに来ているのだ。
あと何分保つのだろうか。

徐々に***の動きはぎこちなく、油の切れた歯車のように関節の動きは噛み合わなくなっていく。
脚を縺れさせ、がくがくと膝を折り折り、歩みを進める***に掛ける言葉は見つからず、背中をただ見つめる。
もしコイツが螺子巻人形だったならば、そいつを巻いてやれば俺たちの時間はわずかでも長らえたのだろうか。

ずるずると崩れ落ちる体を手すりで賢明に支えて、***は無機質な笑顔をこちらに向けた。

「ありがとウ。ここまでお付き合い、いただきまして。」
「こんな所を別れの場所に選びたくなかったけどな。」
「ご、めんな、サイ。」
「……あれだけ言ったのに頑固だな、テメーは。」
「アナタこそ。頑固はお互いさま、ですよ。」
「明日の目覚めが悪いじゃないですかァ、ファンの方に見せる笑顔が曇ってしまったら如何するんです?」
「うふ、ふ。でも、あしたはオヤスミ、でしょう。わたしのため、に、取ってくれた、の? 泣いて、すごして、クレ、ますか?」
「……。」
「お別れ、だけどこれで良い、の。ワタシ、もともと人で、なし。人形は、人形でいるべき。ただしく戻る。」

***の固い指が俺の頬を撫でる。力加減ももう出来ないのか、突き刺すような愛撫で、それが余計に哀れを起こさせる。

「あり、ガ、とう。だい、スキ、で、しタ、サヨナラ、サヨ……ラ……」
「過去形にすんなよ……。」

ガシャンと***が、否、先ほどまで***だったものが崩折れる。
寸刻前まで俺の頬に触れていた手からは温もりが抜けていくような気がした。
いや、元から温もりなんて存在しない。
コイツを形作るのは土と石の粘土、瞳の硝子、絹糸、針金。人形が人形に戻っただけ。
存在しない人間がいなくなっただけ。
それだけのことに涙が止まらない。

俺の家族は異世界の研究のせいでばらばらになった。
そしていま、コイツは魂を失い、ただの人形のパーツの寄せ集めに戻ってしまった。
俺の周りはどうしても何もかも壊れるのか。

***の望み通り、最後に廃棄物のベルトコンベアーに身体を投げ入れてやった。
ガラクタの上に寝転がり、粉砕機まで運ばれていく***を最後まで見届けられるほど俺の神経は太くない。
好いた女が無残に砕かれるまでのカウントダウンに耐えられるほど、俺は人でなしではなかったらしい。





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