いま会いに行きます/轟焦凍(MHA)

今日、ついにこの日がやってきた。
雄英高校の正門の前に脚を踏ん張って、そびえる校舎を見上げた。
雄英高校のヒーロー科の普通入試に失敗した私は、私立の高校にかりそめの入学をし、雄英の秋の編入試験を受けるために日々を費やした。
そして編入に見事合格し、わたし、***は念願叶って雄英高校に通う資格を手にしたのだった。
ヒーロー科は編入の対象外で、合格したのは普通科だったが、そんな事は些末な問題である。
雄英に通うことは目的その一。
もっと重要な目的は雄英高校のある人物に会うこと。
いま、会いに行きます。

当然ながら編入入学者は珍しいらしく、クラスでの自己紹介が終わると女子に取り囲まれて質問攻めにあった。
今後の学生生活を穏便にすませるため、でっちあげておいた当たり障りない編入理由を話す。
笑顔には自信がある。
「人当たりが良い」と小学生の頃から通信簿に書かれたくらいだ。
ニコニコ笑って接することを怠らなければ、すぐさまクラスに馴染めるだろう。
校内を案内するという彼女たちの好意を丁重に断り、「まずはひとりで学校を見て回りたいの。迷惑じゃ無かったら、それから気になったことを色々と聞くことにしたいわ。」と告げ、昼休みのチャイムと共に教室を後にした。
早く教室を出たいと気が急いていたのを気取られなかっただろうか。
浮き足立つ両足をヒーロー科A組の教室へと向ける。


A組教室の前の廊下には男子がふたり立っていた。
控えめに、かつ明朗に彼らに声をかける。
普通科の生徒だが、A組にいる人を探していると言うと、赤い髪の方は喜々として応じてくれた。

「わざわざ普通科から人探し? 珍しいなあ。もしかしたら飯行ってるかもだけど。あ、俺は切島ね、よろしく。で、誰探してんの?」
「はい、轟くんに会いに来ましたの。」

切島、と名乗った彼は怪訝、不可解、憐憫、嫉妬諸々の感情をミキサーにかけて型に入れた後、焼き目を付けたような表情をした。

「とどろき、轟ね……。あー、いるよ。今呼ぶから。」

彼は教室の引き戸を滑らせ、教室に顔を突っ込んで目的の人の名を呼んだ。

「轟ぃ、お前にお客さんだぜー。」

そしてこっそり「こんのモテ男」と呟いたのを私の耳は捉えていた。
私が雄英高校に編入までした理由は、彼、轟焦凍の近くにいるためだ。
彼が教室から一歩一歩こちらに近づいてくれているだと思うと居てもたってもいられなくなった。
切島くんの頭を押しのけて、教室に顔を突っ込む。
髪の毛が矢鱈と堅くて手のひらに突き刺さるが、そんなことは気にならなかった。
恋する女の前には痛みすら無力!

「轟くん! 焦凍くーん!」

彼の名を叫ぶ。一気に私の顔に集まるA組の視線。
しかし、当の本人は何も無い、呼ばれてもいないと言わんばかりに席に座したままだった。

「あの!!! わたしですよ!!! ***です!!! アメリカから帰国したんです!!! 編入試験受けて、今日から雄英高校の生徒になりましたの!!! 聞いてください轟くん!!!」

轟くんは気だるげに視線を上げる。
久しぶりに見る轟くんは数年前の轟くんよりずっと大人びてかっこよくなっていた。
そんな目で見られたら心臓が燃え上がってしまう。
もちろん、雄英の体育祭の録画をすり切れるほど見ていたから、格好良くなっているのは知っていたことだったが。
――そういえば、すり切れるって何がすり切れるんだろう。見過ぎてデータが破損でもするのかな。
呼吸を止めて1秒、彼の真剣な目で見られたら何も言えなくなってしまう。
息が止まりそうなほど嬉しい。何か言わなくては。

「あ、…あっ、久しぶりです、とど……」

ふい、と彼は手元の文庫本に視線を戻した。

「えっ! ちょっと待ってください! 久しぶりに会ったのにその仕打ちは酷いです! 未来のお嫁さんですよ!」

俄にどよめくA組。
そういえば轟くんの事に気を取られて、ここが学校の教室であることも一瞬頭から飛んでいた。

「えっ、轟……まじでか……。」
「きゃー! すごーい、許嫁だあ!」
「ちくしょー! モテるヤツはどうしてこうも何でもかんでも持ってるんだ!」
「瀬呂、俺らみたいな並の人間は強く生きていこうな……。」
「お、おう…。」

轟くんは我関せずと、黙々と本に目を落としている。

「本より、わ、わたしの方を見てくださいよう…!」
「あのー……邪魔して悪いんだけど、そろそろ退いてくれません? 首が変な方向に曲がっちまう。」
「あっ、申し訳ありません! お怪我ありませんか!」
「ナハハ、大丈夫ッす! …つーかあのー、轟のお嫁さんってマジの話?」
「うふ、うふふ、お嫁さんなんて人に言われると恥ずかしいっ。マジの話でして、轟くんのお父様と私のお父様のお引き合わせで、私たちは将来を共にすることになりましたの。」
「―――そんな未来は永遠に来ない。」
「あっ、轟くんっ。」
「そこを空けろ、通行の邪魔だ。編入先は普通科か、経営科か。どっちにしても俺と顔を合わせる事はほとんどないクラスだ。」
「毎日会いに来ます。お弁当も作って持ってきますし、放課後は一緒に帰りましょう。自主練で残るのでしたら、お付き合いします。特殊訓練所には私は入れないのでしたっけ? でしたら図書室で待っています。」
「あのな。」
「轟くんの事だから、なびくことはないと思いますけど、でもすでに女子が近づいてきたりしたんじゃありませんか? 私に負けているところが有ったら仰って。至らぬ点を改善し、夫の好みに合わせて自分を磨くのも妻の努め――、」
「じゃあ静かにしてくれ。」
「はい。」

言われるまま口を閉じると、彼はまた私のことなぞ無かったかのように席へ戻ろうとした。

「ままま、待ってください!!」
「何。」
「何じゃないですよ、私、会いに来て、それだけですか反応は?!」
「うん? ……ニューヨークから長旅お疲れ。」
「それはそれとして嬉しいけど違います! 色々言うことありませんの! なんでここにーとか、びっくりしてください!」
「帰国したことは知ってた。あっちの高校行くもんだとばかり思ってたら帰るという。なら、きっと雄英に編入するんだろうな、と。」
「……あ、あらあらまあまあ…。そうですか…私のこと気に掛けてくれてたんですね……嬉しい…ふふふ…頬に火がついたみたい…。」
「そのまま焼けてくれた方が助かる。」

「す、すげえ、轟が女子と会話してる…。」
「あんなに長くしゃべってる轟初めて見た。」
「つかさ、あいつ元々素っ気ないけど、なんかあの子には態度違くね? 素っ気ないよりは雑っつうか。」
「なんだかんだ気の置けない仲なんだろ。あーーー、俺も彼女欲しい! ぐわーーー!!!」






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