いじめっ子世にはばかる/爆豪勝己(MHA)

『びえ、うえええん、やめてよお、リカちゃん返して、うああああんー!』
『ぶわァーーか! トロすぎぃ、返して欲しけりゃここまで登って来な!』
『…かっちゃーん、もうやめようよー…。***ちゃんがかわいそうだよ…。』
『るっせ! デクのくせに口答えすんじゃねえ! お、人形でもちゃんとパンツ履いてんのな!』
『あーん、あーん、かっちゃんのいじわる…、うええええん…。』

幼い少女の泣き声がわんわんと響く。徐々に声が遠くなるに従い、反響が大きくなり、泣き声と言葉は混じり合う。
幼い少年は異性との距離がつかめずに、意地悪を行う。
近づきたい、話したい、好意を示す方法が分からず、また、好意にも無自覚であるが故に、異性を困らせる。
彼にもそうした部分があったのかもしれなかった。
「…っ、…か……!」
「うぜえな、泣いても無駄っつってんのが……」
「勝己ィィィィィ! 起きろっつってんだ、このボケナスうう!」
「いっでええええええ?! あ、ババア! 人起こすのに殴るのやめろってんだろ!」
「口答えは一人で起きてから言いな! 遅刻だよ! バカ息子!」

爆豪家の朝のお祭り騒ぎは珍しいものではなく、けたたましい音を遠慮なく響かせて家を飛び出す爆豪勝己を、はす向かいに住む老婦人は微笑を伴って見送った。
家から教室のドアまで全力疾走したお陰で、勝己は始業前5分に教室へ滑り込んだ。

「お、爆豪、今日も遅刻はギリギリ回避じゃん。」
「ママに起こしてもらったんだろ〜。お前ん家のかーちゃん美人でマジうらやまし…ヒッ、冗談、冗談っ。」

爆豪がクラスメートの襟を掴み、今にも教室の窓ガラスから外に投げださんとした瞬間、教室の戸が音を立てた。朝の空気が似合わない教師ランキング1の担任が姿を見せた。

「おーい、お前ら席に着け〜。爆豪ー、教室で個性使うなー。暴力も禁止だ。」

担任がいつもより多い書類と日誌を教卓の面に当てて整える間に、生徒たちはてんでに席へと着いた。今日の授業の予定、変更点など通常事項に加えて、この日は些細なお知らせが付いた。

「お前ら、本校と提携してる研究所が複数あるのは知ってるだろ。まー、お前らは普段はさほど意識することも無いわけだが。んで、研究所のスポンサーのひとつには超ウルトラ有名な財閥もいる。名前は言えないんだが、まあ、その財閥のひとつが本校へ直接の寄付を考えているらしい。で、今日からちょろちょろと部外者が校内をうろついているが、特に気にするな。あちらさん、ヒーローのスポンサーも行っているが、今回はスカウト目的じゃあなくて、学校の運営状況が見たいだけだそうだから名前も出さずにこっそり見たいと仰せだ。授業の邪魔にはならんはずだ。」

教室の外では英語教師が今か今かと待ち構えているのが見えると、担任はさっと荷物をまとめ、生徒をバトンタッチした。
昼休みには校内見学に来ているという財閥の話で持ちきりになった。同様の話はA組だけでなく、校内全体に知らされているようで、あちらこちらで「財閥」、「SP」、「玉の輿」などの言葉が聞こえた。
ともあれ、邪気の無い噂話に興じているのは主に女生徒で、男子生徒は比較的興味がないようであった。

「ね、ヤオモモさ、親が決めた許嫁が〜なんて展開ないの?」
「いえ、そんな相手は。いつの時代の話ですか。」
「うーん、ま、そりゃそうだよね。」
「約束の取り交わしはありませんが、いくつか結婚の申し込みは貰っていますね。」
「はぁ!? どどどどういうことー?」
「父の取引先のご子息など…。まだ学生の身ですし、丁重にお断りしていますが。」

時の話に乗るのが女子の特権とばかりに盛り上がる女子を片目に、男子はその盛り上がりに気圧され、いずくとなく教室の端の方に寄っていた。

「な、なんかさらっとすごい話してるね…。ね、切島くん…。」
「八百万が別格なんだろ…。」
「なんでウチの高校入ったんだろうなあ。そりゃヒーロー名門校だけど、上流階級が行くような有名校だってあったのによ。」
「スカウト目的じゃないって話だったけど、実技の時間に見て貰えたらちょっとはアピールになるよね。」
「ん、爆豪、どこ行くんだ、購買? 俺も行くー。」
「そういえば僕も今日は購買行かなきゃだった…。」
「着いてくんな。」
「あ…うーん、そうは言っても、出たタイミングも、向かう所も同じな訳で…。」
「ああ゛ァ?! るっせーんだよ!」
「ぶははははは、通りすがりに目一杯見られてっぞ、爆豪!」

購買に近づくにつれて人の密集度は上がるというのに、爆豪の前だけはモーセの海渡りさながらに道が開けるのだった。モーセに喩えるにふさわしい見事な道であったが、道を譲る彼らの引きつった顔は、あたかもヤクザを避ける一般人だった。
当然、ベンチでパンやおにぎりを囓る間も、爆豪たちの周りは人が寄りつかない。

「うっぜェ。」
「沸点低すぎ。つか、お前何に怒ってんの。キレすぎてわからん。」
「うぜーもんはうぜーんだよ、ムッカツク!」
「かっちゃんすごい見られてるよ……。」
「つーか、デク! お前なんで一緒に飯食ってんだよ!」
「いいじゃん、偶にはさ。お前ら幼なじみなんだろ。その割に仲良くねーけど。いや、はっきり言って仲悪い?」
「スッゲー嫌い。」
「……そんなにはっきり言わなくても……。」

彼らを遠巻きに見る生徒たちの中に、明らかに異なる容姿の女性の姿が認められた。
爆豪の眉が釣り上がり、デクが止める間もなく吠えた。

「おい、テメー。さっきから何だ、アア?」
「ちょ、ちょっとかっちゃん! 誰彼構わず喧嘩ふっかけないで…! あの、す、すみません!」
「黙ってろ、デク。コイツ、俺らの事、尾けてる。」
「え、?!」

すわ、またもや侵入した敵か、といきり立つ三人を前に、彼女は平然と彼らを見ていた。
それどころか、ゆらりと生徒の壁をかき分け、彼らの元へと歩いてくる。
それぞれの拳に力が入る。
正体不明、能力未知数の存在。
敵陣の能力の高さは前回の侵入事件で思い知った。
ついに爆豪が一歩踏み込めば拳が届く距離まで彼女は近づいてきた。
限界だ、動くなら今しかしかない、と全員が同時に息を飲んだ。
その瞬間、彼女の口が開いた。

「かっちゃん。」

呼ばれた当人は眼を剥いた。今はデクしか使わない呼び名を何故この女は使うのか。

「いずくくん。」

続いて呼ばれたデクは更に仰天した。
校内では誰も本名、まさか下の名を呼ぶ人間などいない。
張り詰めた空気が一気に緩むのを感じ、切島は友人の顔を交互に見比べた。

「え、なに。おともだち…って感じ?」

三人は漸く拳を下ろすと、見知らぬ女性を観察し始めた。
背は中、ひどく痩せているのではないが細身、ヒーロー科の女子に比べれば足下にも及ばないが全体が筋肉で締まっている。
身なりは良いが、派手ではない。
身につけた洋品は品の良い物だ。
大きな眼は爛々と光を煌めかせている。
一寸ばかり上向きにそり上がった唇がまた開く。

「かっちゃん。いずくくん。」

再び彼女に名前を呼ばれたデクと爆豪は中学校・小学校と記憶を遡るが思い当たる人物が出てこない。

「二人とも変わらないから一目で分かった。」
「……テメー誰だ。」
「***。子供の頃に爆豪勝己にいじめられた一人。」
「…、あ、ああ〜っ! 言われてみれば、そんな感じが!」
「漸く思い出したね。時間がかかり過ぎ。」

爆豪も彼女の正体に思い至ったという顔をした、次の瞬間からくしゃくしゃと顔を歪めた。
解いた緊張を再び全身に巡らせる。

「そーか、お前、***……。」
「うん、そうだよー。久しぶりだねえ!」
「……お前ここの生徒じゃねえだろ。わざわざ侵入してきて、何が目的だコラ。場合によっては今殺す。」
「後でも駄目だよ?! って、もう、かっちゃん、敵じゃないのわかったんだから! 危ない顔しないでよ!」
「そうだよー、怖い顔されて、私とても悲しいなあ。」
「うるせえ、テメーはデクより嫌いだ。」
「基準は僕なんだ……。」
「やだなあ、かなしいなあ…。くすん……。」
「おい、爆豪、何がどーなってるのか説明しろよ。知り合い? なんだろ。」
「そっから近づくんじゃねーぞ、***……。」
「えへっ、名前呼んでくれた。うれしいなあ、涙が出そう。」
「近づくなって言ってんだろうがァ!」

爆豪は両手を地面に押しつけると、***との間を爆裂させ、砂混じりの爆風を起こした……はずだった。

「……ち、くしょっ! 使いやがったな!」
「な、…まさか、敵?!」
「やだやだ、怖い顔しないで。また泣いちゃうから……。それに使おうと思って使ったわけじゃない…。」
「デク、だからテメーは木偶の坊なんだよ。コイツの個性覚えてねーんだな。…湿気だ。高濃度のな。クソが! マジで何しに来た!」
「私の近くだと、湿気が強すぎてかっちゃんの個性は使えなくなっちゃう…。ああ、かなしいねえ…ううっ、くすん……。」
「なーるほど。そういや俺、ヤケに汗かいてるわ。湿度が高すぎて、爆豪の個性は着火出来ないって事だな。」
「ええ…。泣くほど濃度は高くなるんです……。」
「すぐ泣くんじゃねーよ鬱陶しい!」
「ひいいい……。」

デクの記憶には***を困らせて面白がっている幼い爆豪の姿が浮かんだが、個性を使って彼女をいじめている姿は無かった。
図らずとも爆豪の個性を封じてしまう***は、個性が発現したばかりの爆豪にとって脅威の可能性を秘めていた。
幼い爆豪は目の上のたんこぶになり得た***をいじめて先手を打っていたのだった。

「ううっ…ぐす、ちょっと鼻かませて……。あのね、今日はお仕事で来てるの。」
「お仕事? それって今日の見学者に関係ある?」
「ピンポーン。もしかして、某財閥が云々とか聞いてる? 実を言うと、私が引っ越したのって、そこの家に引き取られたからなの。ただの遠縁の娘だったけど、一族で財閥企業の経営を固めたいがために呼ばれて、将来的に一族のために働く駒として養育されてるってお話。」
「な、なんかすごい話が……八百万さんとか知り合いだったり……?」
「八百万さん? あの? 直接会ったことはないけどね、たしかA組にいるよね。」
「クラスメートと幼なじみに妙なつながりがあるなんて、世間は狭いなあ……。ねえ、かっちゃ……かっちゃん!」
「るせえ、テメーラ勝手にニコニコ仲良しごっこしてろ。」
「………かっちゃん……顔怖い……また私のこといじめるのかな……。ぐすっ……。」
「爆豪、お前もーちょっと穏やかに行こうぜ。幼なじみなんだろ。」
「ううっ、カチカチした感じの人の言うとおりです…泣いたらもっと湿るんだから……。それに、私はかっちゃんに用事があったのよ……。うちのお義父さん、かっちゃんのスカウトに立候補しているんだ。だから、私がかっちゃんの事知ってるって話したら、うまい感じでリクルートしてきなさいって…。」
「ひゅー、すっげーじゃん。もう売れっ子ヒーローの萌芽って感じ。」
「………………ぜってーヤダ。お前がいるってだけでその気が失せるわボケナス!」
「そうだよね……。いやだよね…、ううっ………リクルートに応じたら私と結婚することになるもんね……。」

羨望、嫌悪、困惑、それぞれに異なる表情を浮かべていた男子3人は、瞬時に鳩が豆鉄砲を食らった顔に転じた。

「けっこん。」
「お父さんとお母さんがしたアレ?」
「……。」
「や、やっぱり嫌……? してくれないかなあ……。スポンサーは私が名目上引き継ぐ会社だから、お義父さんはスポンサーするヒーローと私を結婚させる方針なんだよね……。そうだね、ごめんなさい……かっちゃん私のこと今も嫌いなんだね……。うぐ、えっく……。」

突然のプロポーズ(に酷似した言葉)を投げ蹴られた爆豪は眼を丸く、口はぽかんと開いたまま硬直していた。

「かっちゃあ…、私ね、いっぱいいじめられたけど、助けて貰った事もあったんだよ……。だから、嫌いじゃなかったんだ…。でもかっちゃんは嫌いなんだね……。」

明確に口にされずとも、頬をわずかに紅潮させ涙ぐむ少女の姿の発する言葉の内に込められた意味を分からぬほど爆豪は野暮ではなかった。

「ぐっ、……る、るせえ!! 」
「あ、逃げた。」
「ちょっとかっちゃん! 女の子が頑張って告白したのに、それは流石にひどいよ!」
「告白……! そんなんじゃ……ああ、恥ずかしくなってきた…、また泣いてしまう…。でも泣いたら、またかっちゃんに嫌われちゃう……。」

離れた植え込みの陰から彼らを密かに見守る大人たちの陰があった。

「ふーむ、爆豪君も年相応の少年のようだね! 安心したよ! HAHAHA!」
「いや、俺には年相応の恋愛耐性もないように見えるんですけどね。」

かたやマッチ、かたやマッチの天敵・湿気、この二人の距離はあまりにも遠い。





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