私たち付き合ってないけど/黒咲隼

月曜の午後に瑠璃が我が家に駆け込んでくるのはいつものことだ。

突然の来訪……のはずだが予感がしていたので駅前のパティスリーで新作ケーキを買っていた。

「聞いてよ! ユートとキスしてるところを見られてさ、兄さんったら「清く正しく美しく」なんて口出しして! いまどき誰がそんなことするのよ。何時代から来た人? 平安? 化石? レイドラプターズって鳥獣族じゃなくて恐竜族だった?」

まあまあ、お兄ちゃんは心配なんでしょ、と瑠璃にケーキを差し出す。

黒咲の妹の溺愛ぶりは、行き過ぎているところもある。
街中で寄り添う妹とユートを見て、駆出そうとした彼を何度止めたことか。
普段なら激情型の黒咲を諌めるのはユートの役目だが、そのユートは恋人の兄(将来の義兄)に対してやはり引け目を感じているようで、瑠璃との交際に関しては曖昧な顔で言葉を濁す。

畢竟、黒咲を諌めるのが私に回ってくる。
そして瑠璃を宥める役目も。

瑠璃はケーキを頬ばり、りすのような顔でぷりぷり兄の過保護に怒っている。
あまりの可愛さに嘆息した。
こんな子と付き合えるユートは幸せものだ。

「自分のことは棚にあげてさ、私とユートのこと言えた立場?」

突然の言葉に心臓が跳ね上がったのを悟られないよう、つとめて冷静に口を開いた。

「だれか女の子を連れ込んだの。」

「やだ、貴女のことよ。***。」

「い、いや、私と黒咲は付き合ってないけど。」

「隠さなくてもいいのよ。みんな知ってるから。」

「付き合ってないって!」

真実、付き合っていない。
黒咲と私が恋人同士だと、周りが勝手に思っている。
ユートにそんな事を聞かれてようやく誤解を受けていることを知った。
黒咲は否定しない。
性格的に言わせておけばいいと流しているのだろう。
いつもデュエルしたり、日曜には駅前のオープンカフェでぐだぐだと過ごしているが、断じて付き合ってはいない。
色っぽい雰囲気になったこともなければ、手を繋ぐことも、ましてやキスもない。
自分で言うのもおかしいが、整った容姿をしているから、黒咲の隣にいて見劣りすることはない。
デュエルスペースで「あんな美男美女カップルがいるなんて」と囁かれた経験は片手で足りない。
それでも好きの一言もない相手と交際してるなんてまことしやかに囁かれるなど、人は邪推が好きなものだ。

「ねえ、兄さんってどんなことするの。」

ひっそりと心で撫でおろした手が横に来たタイミングで次の爆撃が投下された。

「え……だから……。」

「キスしてるでしょ。もっと他にも? 私は兄さんの監視がキツくてなんにも出来ないってのに!」

瑠璃は二の腕を鷲掴みにして私をがくがく揺らす。
ごちん、と頭突きで彼女を制する。
加減を知らない瑠璃にかかっては脳震盪を起こしかねない。

「黒咲とは付き合ってない……でも、いままでに彼女くらい居ただろうね。カッコいいし。」

「やだ、彼氏がイケメンですーって惚気なの。それなら私の兄さんは超イケメンよ。」

「お兄ちゃん大好きだねえ。知ってるけど。」

ひとしきりまくし立てて満足した瑠璃を玄関口で見送ると、ちょうどハートランド広場の鐘が響いた。
西の空に金星が光る。
本気のデュエルをする時の黒咲の目を思わせる。
鋭くて惹かれるが、美しくて不安になる色。

黒咲を好きか嫌いかといえば、好きだ。
それは兄弟が好きとか、親友が好きとか、そういうものだろう。
弟がバレンタインデーにチョコレートを貰ったときに嫉妬したし、親友に恋人が出来たときは寂しかった。

黒咲が女の子を連れ込んだかもしれないと早合点して動揺したのも、兄弟や親友と同じように好きだからだ。
そういう類の「好き」。
彼が誰と付き合おうが、何をしようが、私達が共に過ごす時間はこれからも変わらない。

長く息を吐いて、玄関に蹲る。
安心と苦しさが同時に沸き立ち、涙が溢れた。





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