貴方のための物語 /アンデルセン(FGO)


 男の話をしよう。哀れで無様な男の話だ。
 クソ生意気で、傲岸不遜、自分以外はバカだと思っている。人間とは大体そんなものだ。一番頭が良いのは自分で、自分を理解しない人間はバカだと思う。
 この物語の主人公もそういう典型的な、卑俗な、平凡な人間だ。
 少年時代、男は十人並みに幸せだった。貧しい家に生まれたが、家族はいつも一つだった。母からは存分に愛を注がれた。だが、男の生涯は挫折の連続だった。大学に行っては、学問の才がないと貶された。オペラ歌手になろうとしたが、これにも才能がなかった。
 心配性な人間で、どこかで閉じ込められたらどうしようと心配して、いつもロープを持ち歩いた。寝ている間に死んでいると勘違いされて埋葬されないように、枕元に「死んでません」と書いた紙を置いておいた。
 男の胸には貧困と不幸、孤独が渦巻いていたが、愛と恋というこの世で最も美しいものに心を砕いた。愛を描くことが自分の人生だった。一人の人間が得ることができる以上の愛と恋を、自分が紡いだ無数の物語において得た。男は、「愛」を夢想しすぎた。ゆえに、女ひとり口説くこともできなかった。生涯童貞、ただの一度も結婚をしなかった。死んだときには初恋の相手からの手紙を握っていた――。
 さあ、こんなにもどうしようもない甲斐性なしの男の話だぞ。聞くだけ時間の無駄だ、やめるなら今のうちだ。なんだ、続きを聞きたい? あとで駄作だ、幻滅しただというのは勝手だが、人生の数十分を浪費した責任は取らんぞ。ならば耳をかっぽじって、よおく聞け。

 男はある女と出会った。出会ったとき、ふたりは少年と少女だった。
 少女は生まれながらに病弱だった。十歳まで生きられれば良いと言われるほどだった。しかし、彼女は魔法使いの血を引いていた。稀有な魔術師の素質の持ち主だった。そのため、あらゆる薬と医術を駆使して、生かされていた。彼女は自分の家という籠から出ては生きる事ができなかった。生まれてからの数年間を実に狭い世界で生きていたし、死ぬまで狭い世界の中にいる運命のはずだった。
 だが、少年と出会ったことで少女の世界は一変した。自分の運命を切り開くことができたのか。いいや、そうじゃない。彼女はやはり一生涯を家という籠から出ることがなかった。では彼女の人生を変えたのは何か。少年から魂の旅を学んだことだった。少年は少女の無知ぶりに驚いた。彼は多くの物語を語ったが、彼女はいずれの有名な物語の一節も知らなかったのだ。何もしらなかった故に、彼女は少年の語る世界に引き込まれた。彼女の知っていた窓、薔薇、ブランコ、柵、それらの外にも世界が広がっていることを、彼女は少年の物語から知ったのだ。少年は来る日も来る日も少女に物語を語った。

「ねえ、お話を聞かせて。」
「寝る時間はとっくに過ぎたのに、しようのないお嬢ちゃんだ。」
「カエルよりも小さなお姫様の物語の続きが聞きたいわ。」

 二人は幸せだった。少女は寿命と言われていた年を大きく越えて、なお生きていた。少女から大人の女への過渡の頃も、少女は少年に物語をせがんでいた。

「ねえ、お話をして。裸の王様がいいわ。今日はちょうど仕立て屋が来ていたし。」
「まったくいつまでも変わらない。もう小さい子供ではなかろう。」
「貴方の声で聞くと、百遍聞いた物語でも百倍面白く聞こえるわ。ねえ、はやく。」
「当たり前だ。人気作家様の脚色を施せば、どんな駄作もベストセラー間違い無しだ。」

 その頃、少年と少女の世界は物語から、部屋の外へと拡大していた。少女が生かされていた目的だったが、彼女は家の使命を負わされた。少女は深く傷ついた。少年はいつも隣にいた。彼は少女を支える力が自分にはほとんどないことを自覚していた。歯がゆかったが、少年は彼の力を尽くした。彼女が事切れるその瞬間まで。

「ね、え…。お話…。」
「もはや強請る気力もあるまい。」
「寒いよ…、怖い。」
「三流サーヴァントと離れることが出来て清々しただろう。来世はどれだけ酷くてももっとマシな相棒が見つかるはずだ。なにしろ、今生がドン底だったのだからな!」
「役立たずだったな…。人の助けばかりで、ごめんなさい。…もっと欲のあるマスターだったらあなたの力をうまく使ったかもしれないのに。」
「何を言う。お前は勇敢だった。俺のような臆病者とは大違いだ。…“Fare, Fare, Krigsmand! Døden skal Du lide!”」
「ふ、あはは…、ありがとう…、ア――、」
「事切れたか。物語は完結した…。まったく、駄作にもほどがある。」

 男は懐から手紙を取り出した。恋文だ。女に渡そうと思い、最後まで渡すことができなかった。男は手紙をびりびりに破いた。紙片は風に吹かれて、舞い散った。
 女の魂は、泡となった人魚姫のように消え去った。男の魂は、いつまでも留まった。
 人は常に幸せを欲する。幸福は儚い。持たぬからこそ、人は幸せの意味を問い、求める。世界の幸福と不幸は常に一定だ。あちらが増えればこちらが減る。こちらが増えれば、あちらが減る。世界は通底器によってバランスが保たれている。少年と少女の幸せが崩れたのも、通底器がバランスを取った。それだけのことだった。

 さあ、これで終いだ。つまり、人間は儚いものに恋するということだ。良い教訓になっただろう。なに? 主人公を知っている気がするだと? モデル? さあな、これは俺の紡いだ物語。誰でもないお前のために作ってやった物語だ。…そうか、面白かったか。ならば原稿料を置いていけ。タダ聞きは許さん。さて、次は何処へ出発するのか、女装屋に聞いてくるか。なにをぼやぼやしている。お前も来るんだ、当たり前だろう。次の作品のネタ探しだ。行くぞ、マスター。



(注記)
“Fare, Fare, Krigsmand! Døden skal Du lide!”はアンデルセン作『しっかり者のスズの兵隊』の中の一節。スズの兵隊が燃えるときに聞こえてくる歌。



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