色恋 F--/ギルガメッシュ、マシュ(FGO)

 ドクターから先輩の健康状態グラフを見せてもらい、心身ともに異常がないことを確認した。
 普通の人間の体にも関わらず、先輩は連戦を持ちこたえている。カルデアの健康管理システムは優秀だが、並外れた耐久力だ。
 通常、マスターひとりにサーヴァントひとりだが、先輩の契約は200を超えている。いくらカルデアで魔力を増幅しているとはいえ、とっくに魔力が枯渇してもおかしくはない。
「うん、バイタルに問題ないね。お疲れ、マシュ。じゃあ、明日のレイシフトに向けてしっかり休んでて。彼女にも伝えてくれる?」
「はい、ドクター。先輩のところへ行ってきます。今日は夜更かししないように言い含めます。」

 先輩のマイルームの扉の前に立つ。誰かと話しているような気配がする。少しためらったがコールした。
「はいはーい。お、マシュだ、入りなー。」
 誰かと話していたのは気のせいだろうか。マイルームには先輩だけだった。
「どうかしたの? 明日のレイシフトの打ち合わせ?」
「それもありますが…。連戦でお疲れではないかと思ったので。」
「ありがとう。大丈夫よ。…ん、あれ?」
「どうかしましたか、先輩。」
「いいや、何でもない。紅茶でも淹れようか。」
「なら私が。」
「いいから。淹れるのが好きなの。マシュは私の好きなことやらせてくれないの?」
「そうでしたね。すみません。」

 先輩と紅茶を飲みながら、ざっくりとドクターからのレイシフトに関する注意、ダ・ヴィンチちゃんの工房の新設備などについてお話しをした。先輩はふんふんと頷きながら、ゆったりと紅茶を口にしている。
 必要な伝達事項はすべて伝えた。互いの沈黙の間、ティーカップがかちゃりと静かに音を立てる。先輩の指はティーカップの持ち手に吸い付くように沿う。きっと、カルデアに来る前から紅茶を毎日飲んでいたのだろう。知らない先輩の姿が、目の前の先輩の姿の向こうに透けて見えた。
 先輩は私の話を聞き終わってから特に質問はないらしく、静かに紅茶を飲んでいる。レイシフト中はゆっくり話をすることも稀だから、せっかくのこの時間を無駄にしたくない。でも、何の話をすればいいのだろう。迷いながら、さっき扉の前で、室内にいるのではないかと思った人物の話を始めた。
「そういえば先輩、ギルガメッシュさんと特に仲が良いですよね。たびたび呼んでますし。」
 何も今、他の人のことを話題にしなくても良いのに、どうしてこんな話題しか思いつかなかったんだろう。先輩自身の話とか、もっと知るべきことがたくさんあるのに。話題を切り出すことすら満足にできない。乏しい人生経験の浅さが悔やまれる。
「仲良しとか言ったら怒りそうだけど。身の上話聞かせてもらうのは楽しい。過去の英雄に古典読解の齟齬を正してもらうなんて早々できないしー。この戦いが終わったら古典学者に転身しようかな。一応、サーヴァントのみんなに聞いた話は逐一アンデルセンに記録してもらってるんだけど。魔力増幅してこんなにサーヴァント抱えるなんて、もう一時はどうなることかと思ったけど、こんな役得があるなら、やりがいあるってものね。」
「先輩、意外とお勉強好きですよね…。じゃなくて、あの、よくマイルームに呼んでますけど、そういうこと聞いてたんですか。」
「そうだよ。なんだと思った?」
「いえっ、あの! なんでもないです。そう、やましい想像を働かせてはいません、決して。」
「はッ、笑わせる。この女は我に直接の魔力の供給なぞ、一度もしたことはないぞ。働かせるだけ働かせる。ブラック企業の化身のような奴よ。」
「わああっ、ギルガメッシュさん! えっと…そうだったんですね…。…なんだか、すみません…。」
 突然先輩の横に、圧倒的異彩を放つ金色のサーヴァントが現れた。やっぱりマイルームの中に人がいた気配は気のせいじゃなかった。私が来たときに霊体化していたらしい。朝から先輩と顔を合わせていなかったけれど、もしかしたらずっとふたりで居たのだろうか。
「良い。お前も半分は人間の娘だ。男と女の営みに興味があるのは当然だろうよ。しかし、期待と裏腹な答えで残念だったか。」
「か、考えていません! あの、先輩、本当に魔力供給してないんですか。」
「…マシュって意外と反応かわいいよね。いやほんとごめんね。ギル様が盗み聞きしてたのは謝る。どっか行ったのかと思ったから。それでね、話の続き。サーヴァントに一切してないわけじゃないの。体を使う方が、カルデアの装置よりも効率良いし。絶対的に供給が足りないなら背に腹は代えられないけど、さすがに選ぶ余地があるので。つまり…私は男が嫌いなわけじゃないけど、男の体に魅力は感じないんだ。」
「それはどういう…。」
「どうもこうも言葉の通り。お前もこの女が数々の女を誑かしているのを間近で見ているだろう。」
「へ…あ…、先輩って…もしかして。」
「レズでーーーーーーーーーーす!」
「先輩の周りにハートマークが飛び散っているエフェクトを感じました…。そうだったんですね…。どうりで、皆さん先輩にぞっこんな訳です…。」
「マシュのことも大好きだよー。マシュも私のこと大好き?」
「わたしはサーヴァントとして先輩の役に立つのがうれしいので! そういう男女、じゃなくて女同士の営みというのがしたいのではなく…あああ…何を言っているのかわかりません…。フォウさんも心なしかぬるま湯のような目で私を見ています…。」
「雑種。貴様も悪女よな。」
「王様のお戯れ様には敵いません。アンデルセンに叙事詩じゃなくて情事詩書いてもらいましょうか。」
「うまいことを言ったな。いいだろう、英雄の色事が民草の口から語られることは止めようの無いこと。特に許す。」
「別段うまくないです。…ギル様の魔力がどうしても足りないっていうなら私も考えますよ。他にできる人もいない。私、男性の肉体を嫌悪するわけじゃないんです。特に魅力がないだけで。」
「このウルクの雄牛と言われた美丈夫に向かってよくよくそのような言葉が出るものだ。照れ隠しか。」
「…先輩、ギルガメッシュさんとお話しするときに、そういうお話もするんですか。」
「下界じゃこんな話できないし。いまだに男と女がくっつくことこそ普通だと信奉してる人間が多すぎなのよ。おばあちゃんとか。」
「私には男女も未知数です。ドクターの本棚に隠してあった本では女性同士の恋愛も描かれていましたが…現実に、下界にもあるのですね。つまり先輩は男性の恋愛感情も当事者の気持ちでわかるということですか。こう、ギルガメッシュさんが女性に向けていた好意なども。」
「そうねえ…。私も女の子だーいすきだしい、ギル様があの子に言い寄ってた際の気持ちもわかるんだけど。ギル様とは女の子の趣味合わないのよね。…残念なイケメンってこういうことなんだろうなあー…。」
「なんだ、そのジットリとした目は。」
「あなたネロも好きだよねえ…。ネロが美しいのは認めるけど、貧乳趣味はないわ。」
「黙れ。お前は無様な脂肪をぶら下げている方が良いのか。」
「貧乳が良しとされた中世ヨーロッパならいざ知らず、貧乳趣味を公言するのはどうかと思う。いま西暦何年だと思ってるんです。やっぱりぃ、おっぱいは女の子の特徴のひとつじゃない? 男の体にはないしー、固いより柔らかい方が気持ちいいもの。」
「…最近の気に入りのひとりに、バーサーカーがいたな。」
「頼光さん? いつもお話ししてるときに抱きしめてくれるんだけど、もー、胸がふわっふわで柔らかくて、このまま溶けてしまいたいってなるの。愛が重すぎて殺されそうなのは怖いけど、それもまた母の愛っていうか。はああ…。」
「せ、先輩…。目が危ないです。こっちの世界に戻ってください。」
「我も様々な女を相手にしてきたが、これはそうは居らぬタイプだ。節度のなかに色香と奔放が渦巻いている…。どことなくかつての尼僧を思い出すな。」
「ううん、私はあくまで公平・平等ですよ。私のセクシャリティを知ったうえで希望する人には、みんなに、お相手してます。平等でしょ。」
「…! そそ、それは、つまり…。」
「ご想像にお任せ。」
「碌なマスターを持たぬと苦労するな。マシュ、お前のパラメーターをいま一度確認せよ。幸運を上げる礼装は付けたか。」
「べ、別に悪くはありません…Cです。」
 どがん、と扉が開かれ、否、半壊されて、竜のお姫様が席の間に飛び込んできた。あまりにも唐突で反応できず固まっていたが、先輩は慣れた顔で紅茶を飲んでいる。ぶんぶんと首を彼女に揺らされながら、紅茶を一切こぼさず飲んでいる。先輩、食事の特殊スキルを持っていましたっけ。
「ますたぁーーー! 巨乳がお好みというのは本当ですか? ならば私、清姫は清水の舞台いえ、日高川に飛び込む覚悟で育てて参ります! え?マスターが自ら育ててくださる? ああ、いけません、そんな破廉恥な!」
「もう飛び込んでるんだよなあ…。しかし、カルデアは盗み聞きする人ばかりで困るな。…清姫もう行っちゃったよ。恥ずかしがると廊下を破壊しながら突き進むの止めてほしいなあ。私がドクターに怒られちゃう。」
「不穏な音が遠ざかっていきます…。そのドクターの部屋の方向へ向かっていませんか。」
「魔法少女のデータとフィギュアを壊し切ったあたりで止めよう。B5サイズのPP加工された本の数々も。」
「名案です、先輩。」
 よっこらせ、と腰を上げた先輩についていく。一方ギルガメッシュさんは我関せずと紅茶に手を伸ばしている。無表情だが、ほんの少しだけ眉間を寄せているように見える。これは不機嫌なのだろうか。もしそうなら、私には彼がなぜ不機嫌なのかわからない。人の感情の機微は難しいから。先輩がこの場から離れるからだろうか。話題が気に入らなかったのか。清姫さんが気に入らないのか。そもそも私が現れたからだろうか。複数の可能性の中から最も合理的なものを選ぶつもりが、どれも非合理的で結論が出ない。AIならば処理不可能事項としてループしていたかもしれない。
 さっきの清姫さんや頼光さんは先輩の事を好きで、好意をまっすぐに表している。好きだから、他の人が先輩に近づくのが面白くないのだと言っていた。すると、ギルガメッシュさんが面白くなさそうな顔をしているのは、先輩が誰かに好かれている様子を見たからだろうか。たくさんのサーヴァントを従え、しかも彼らに好かれている先輩だから、ギルガメッシュさんも先輩を気に入っている可能性はある。あの尊大な態度から分析するに、極低に可能性だと思われるが。でも、ギルガメッシュさんが先輩を気に入っていることが事実だとすると、さっきのむすっとした様子の理由になる。誰かに好意を向けると、その分嫌だと思うことも増えるということだろうか。私にはよくわからない。まっすぐに先輩に好意を向けている人たちも、その好意を理由に、別の人には悪意を向けているのだろうか。ますます混乱してきた。
 どすんどすんと不穏な音が廊下に響く。確実に清姫さんが破壊活動を行っている。先輩は近づきたくないという顔を露わにしながらも、さらに廊下を進む。ドクターの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。ドクター、すみません。趣味に口出しするのはどうかと思いますが、30歳独身男性がそのままでいて良いとは思えません。私たちは口出ししませんが、清姫さんに手出ししてもらいます。先輩が壁に背をつけ、しばらく待機、と目で合図を送った。
「…マシュ、どうかした? 具合悪いなら先にバイタルチェックしとく?」
「ドクターに降りかかっている災厄を前にしてそれを口にする先輩は優しいけれどなかなか非情です。」
 先輩と同じように壁に背をつける。通路の壁のモニターは、いまは黒く消灯している。壁に背をつけた二人のゆがんだ像が映り込んでいる。私の顔はもっとゆがんでいる。





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