哀れなほどに薄っぺら/グレース・タイラー

夏は明け方、すぐに目が覚めてしまう。
同室の友人はまだぐっすり眠っている。
いい夢を見ているらしい彼女を起こさないようにベッドから降りる。
そっと扉を開き、部屋着のまま廊下に出た。
まだ4時半だというのに、食堂に行くと背の高い双子の片割れがいた。
彼女はたまたま目が覚めたというわけではなさそうだった。
きっちり身支度を整えて、髪は一筋の乱れもない。
後ろ姿だが、多分妹の方だろう。
そして片手に紙パック飲料を握っている。
彼女たちの部屋は、ブルー寮の中でも少し良い部屋だから作り付けの冷蔵庫があったはずだ。
わざわざ共有冷蔵庫に私物を入れておいたのだろうか。
まさか勝手に他人のものを飲んでいるわけでもないだろうが、一応声を掛けてみる。

「あの…グレース? 朝が早いのね。」

彼女はぎょっとした顔でこちらを振り向いた。
やはり妹のグレースだった。慌てて紙パックを私から見えないように背に隠した。

「***、…え、ええ。おはよう。貴女こそ、ずいぶん早起きなのね。」
「夏はすぐ目が覚めるの。癖みたいなものかな。グロリアさんは?」
「姉さんは寝てる。双子だからっていつも同じじゃないわ。」
「そう。あ…、私も喉が渇いちゃって。私たちの部屋には冷蔵庫がないからこっちまで来なくちゃいけないの。水道からそのままって、飲めてもなんかヤじゃん。」

言いながらグレースの横を通り、冷蔵庫を開けて水のボトルを取り出し、レンジ真横の戸棚からは愛用しているイニシャル彫りのグラスを取り出した。
両親がアカデミア入学のお祝いにプレゼントしてくれたものだ。
水を注ぎながら、ゴミ箱に一瞬目を走らせ、グレースが早業で捨てたらしき紙パックを確認した。
青と白の印刷。牛の姿。彼女が飲んでいたのは牛乳だった。
私の両親の子どものころは牛乳はカルシウムが豊富だといって、朝食や小学校の給食で飲むことが推奨されていたらしいが、いまどきカルシウムのために牛乳を飲む人間もいない。
牛乳からではカルシウムの吸収効率があまり良くないことがわかったし、他の食品で摂取するほうが効率が良いからだ。
一部の迷信じみた親は小さい子どもに牛乳をせっせと飲ませたりするそうだが、エセ科学にだまされる人間の典型みたいだ。
アカデミアの朝食では、栄養価を一括して摂れるサプリメントを飲むことになっている。
効率と健康を考えたメニューに加えて、そのサプリメントで栄養を補えることになっている。
食生活は充実しているので、かえって食事の好みが育たないという一面があるのが問題だったりする。
そういうわけで牛乳を好んで飲む人間はあまりいないし、傷みやすい牛乳をわざわざ外に発注してまで飲む人間は、まず居ない。
よって、この紙パックは他の誰かの注文したものではなく、グレース本人のものだろう。

「グレースって、牛乳好きなの?」
「な、なあに急に。」
「さっき飲んでるの見えたから。」
「あ、ああ、そうね。うん、美味しいじゃない。」
「アカデミアでわざわざ牛乳飲む人いないから、珍しいね。なんかかわいいー。」
「かわ…っ、い…、」
「懐かしいなあ。ちっちゃいころ、眠れない時は蜂蜜いれて飲んだの。」

グレースが心なしか顔を赤くしているような気がする。
もしかして牛乳が子どもっぽい、という風に聞こえたのか。
そういうつもりじゃなかったけど、ごめんね。
水を飲み干したグラスを戸棚に戻した。

「じゃあ、グレース、寝直すか悩む時間だけど…また後でね。」
「そういえば、おはようも言ってなかったわ。また後で。」

***が完全に食堂から去ったのを見届けたグレースはゴミ箱の紙パックを見下ろすと独りごちた。

「気づかれたわけじゃないわよね…。牛乳で胸が大きくなるとかそんな迷信じみた話のためにこんなにコソコソして…。あ、やだっ、もし***がグロリア姉さんに今朝のこと話したりしたら…姉さんったらきっとすぐ気づくわ。だって双子だもの。」

紙パックをゴミ箱の奥にぎゅうと押し込み、誰も食堂の外に居ないことを確かめてグレースは部屋へと急ぎ戻った。
部屋に戻ると、グロリアがすでに起きて、ベッドの上で髪を梳かしていた。

「あら、姉さん。起きてたの。」
「お前が外に出たすぐあとに起きたらしい。」
「起こしちゃった? ごめんなさい。歯磨きするからしばらく洗面所使うわよ。」
「…グレース、なにかあったのか。妙に嬉しそうだぞ。榊遊矢のデュエルを初めて見たあのときみたいな顔だ。」
「え! やだァ、姉さんたら。気のせいじゃない? 姉さん寝起きだもの。」
「そうか…?」

怪訝な顔の姉から隠れるように洗面台に向かい、グレースは鏡に写った自分の顔と向き合った。
左右に引き結んだはずの口角が緩く弧を描いていたし、目も目薬を差し立てのような瞳をしていた。
姉が心配して肩を叩くまで、グレースは冷水で何度もばしゃばしゃと顔を洗い続けた。






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