狐の窓/真月零

このクラスの担任はすぐに話が脱線する。
本来の授業よりも雑談のほうが面白いので、私は大歓迎だ。
――昔は狐や狸が人間をだまして悪さをしたそうだ。
だから、あやかしの類の正体をみやぶる方法もあった。
セキュリティネットが張り巡らされたいまのネットの時代には実感がわかないかな。
監視の精度はどんどん上がっているし、人間の行動はどこまでもカメラがお見通しだ。
でもね、昔は未解決の事件はだいたい狐狸妖怪のせいになったんだ。
このなかに狐や狸をみたことがある人はいるかい?…おや、まあ、こんなものだろうなあ。
ボクが小さいころは田舎の山間の農地にはまだ狐や狸が出たそうだけど。
キミはどこで?ふんふん…動物園。ほかのひとは?動物園かい。
狐をモデルにしたカードもけっこうな数が出ているけれどね。
これからは、日本に馴染みある動物ではなくなっていくんだろうねえ。
なんて、こう言うボクの子供のころも、野生の狐や狸は田舎の存在だったけどね。
でも、明治の初めころまでは狐や狸が人を化かすって話が沢山あったそうだよ。


下校途中、土手の上をナンバーズ・クラブで歩く。
「右京先生の今日の話さあ」
前を歩く遊馬がくるりと後ろに向きかえって、両手を頭の後ろに組みながら話す。
「お化けの正体を見破る方法のことかにゃ?」
「スカートのぞき、じゃなくってなんだっけ、えーっと」
「股覗き、でしょ。女の子がいる前でそういうこと言わないの。もー、遊馬ってばデリカシーないんだからあ。」
「そーそー、股覗き!それと、もうひとつの、あー…」
「狐の窓、ですね!」
零くんが遊馬の言葉をつなぎながら、手を組みはじめる。
「お狐コンコン、二匹が出会って――」
狐の窓。
両手で狐の形を作り、鼻先にあたる部分を向かい合わせに突き合わせる。
そのまま右手を前方へ、左手を体へ、90度ひねる。
突き合わせた指を離し、右手の人差し指と左手の小指、右手の小指と左手の小指を重ねる。
左手の甲が体のほうへ、右手の甲が外側を向いていればいい。
両手ともに人差し指を中指が親指につけたままになっているはずだ。
それをピンと伸ばす。
このときに、人差し指と中指の付け根の股が広がり、窓のようになっている。
この次が少し難しいが、伸ばした中指と人差し指を関節と逆方向にそらす形に親指で押さえる。
小鳥がよく覚えていて、遊馬に教えている。
遊馬が一番てこずるかと思ったが、カード捌きになれた指は容易く狐の窓を組んだ。
零くんも器用に指を組んで、遊馬と覗き合いをしている。
「あーら、そこに狐ならぬ鳥がいるわよお。ちゅんちゅんっ。」
やると思った。キャッシーが小鳥をからかい始めた。
「ふふん。そこには化け猫がいるみたいね。」
「なによ!」
「そっちこそ!猫は小鳥を食べるのよ!」
「ふたりとも止めましょうよ〜。」
委員長が形ばかりに止めに入るが、皆半分呆れ顔で苦笑いだ。
歩きながら組む指がずれそうになるのをなんとか組んで、覗いてみる。
穴から見える景色はいつもの河川敷だ。
小鳥は小鳥で、嘴がついているでもない。
キャッシーはキャッシーで、猫のような耳がついているし、プライベートで猫の尻尾を折々つけているけれども、いつものキャッシーだ。
六十郎さんのお堂や、裏手の山で使ったら何か見えたりするのだろうか。
元来、オカルトに興味があって学校の階段や都市伝説は好む方だが、いままでに狐狸妖怪の類に遭遇したことは一度もない。
「できました?」
唐突に、狐の窓に大きな目玉が映った。
「わ、わああ!」
驚いて顔を離す。勢いあまって尻餅をついてしまった。
なんだ、どうしたの、大丈夫か、すみません良かれと思って、と皆が集まってくる。
心配そうに見下ろす友人の顔を見上げる。
一呼吸置いて理解した。さきほどのあれは、零くんが私の狐の窓を外から覗きこんでいたのだ。
「びっくりさせるつもりはなかったんです。」
申し訳なさそうにしょげ返る零くんが、謝りながら私の手を引いて起こしてくれる。
「ありがと。ごめん、零くんの方がびっくりしたみたいだね。」
「ケガ、ないですか!なんだったら家までお送りします!」
大げさな、と笑って、また皆と歩き出す。
寄り道をしすぎたようで、早くもたそがれ時となっていた。
河川は夕暮れ時の赤々とした太陽と、しのびよる夜の影を一手に引き受け、ぎらつくコントラストを見せている。
皆の後ろを歩きながら、再び狐の窓を組む。
順々に友人たちを見て、最後に、「遊馬くん」とにこにこ顔で駆け寄る零くんの背中を覗き見る。
やはり、零くんは零くんにしか見えない。
さきほど狐の窓からみえたのは、目の錯覚だったのだろうか。
私が叫んで転ぶほど驚いたのは、いきなり人の目があったからではなかった。
いや、人の目ならば良かった。
あの時私がみたものは、ぎょろりと飛び出さんばかりの大きな目玉だった。
白目に対して瞳は異常に小さく、なおかつ鋭い眼力。
視線を交わしたが、よくぞ、この目が潰れなかったと思う。
人間を虫ケラ同然に踏み潰す、そんな圧倒的な力を持つ目だった。
あれに、死にも近い恐怖を感じた。いまも心臓がどくどくと波打っている。
平静を保っていられたのは皆が回りにいてくれたからだろう。
なぜあんな幻を見たのだろう。
オカルト趣味ゆえ、怪異を見たいという欲求が表われてしまったのかもしれない。
ただ、幻を見たと冗談にするにはおぞましい目だった。
零くんにも失礼だろう。驚かせたことを余計に気にさせるようで言い出せなかった。
くる、と一瞬、零くんが振り返った。
彼の右目があるべきところには、あの目がコラージュのように不自然に張り付いていて、私と目が合うと、にたり、と笑った。





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