あにいもうと/黒咲隼


一週間も雨が続いていた。
しとしとと静かに降る雨は、暖かい部屋とストーブがある部屋の窓から眺めるなら情緒のある風景なのだろう。
俺と瑠璃、そして生き残ったこの街の人間が度々集まるこの場所は、ひと時の休息を与えるどころか、避難者にいまの境遇を痛感させて一層惨めな気持ちにさせるのだった。
漆喰の壁のひび割れに黒い黴が付き始めた。湿気のせいで一層繁茂するだろう。
俺が外へ出ようとすると、闇が怖くないのかと瑠璃は尋ねた。
「…人間が闇を恐れるのは何故だと思う。」
首を左右に振り、不安げな目で俺の顔を見上げた。
少し目尻の切れた目つきの悪いところが俺と似ている。
そのおかげで、当人はそんなつもりは全く無いのだが、上目遣いというよりは睨んでいるという方が正しかった。
「闇を照らす光を手に入れたからだ。ひとは光を自由に操るようになって、闇の時間にも昼の明るさを作り出すことができるようになった。そうして、闇を支配していると錯覚した。かつて、闇は人間の友人だったのにだ。だから手元の光で照らしきれない闇を歩くとき、闇が人間を飲み込むのではないかと恐れる。かつての人間の友、いまは人間が支配した闇が人間に報復するのではないかと。」
瑠璃はわかったようなわからないような曖昧な顔をして頷いた。
「闇を必要以上に恐れるな。人間は元々光を持たなかった。闇のなかでは過去の状態に戻るというだけのことだ。闇が人を取って食うわけじゃない。」
ロングコートの腰をぎゅうと握り締める瑠璃の手を両手で包むと、手がいつもより冷たいようだった。
硬くなった指を一本一本ほぐして開いた。
「光を失って闇のなかを歩くのは怖い。だがな、光を手に入れる前のことを思い出せばなにも怖いことはない。」
ようやく指を開いて、コートを離した瑠璃の手をあらためて握り締めた。
「たとえひとりになってもお前は大丈夫だ。孤独は恐ろしいものじゃない。強さにも変わる。」
夜を恐れるもの、おそるるに足らず。そういって幾夜も夜を駆けた。
融合次元の手先は夜を好まないようだった。
街の生き残りを探すために、あの日も俺は夜の廃墟へと繰り出した。
細い月の光さえあれば、目端に映る雑魚の動きを捕捉するのには十分だった。
光がなくとも、生きていける。昔は持たずにいたものを手放したところで、不都合などあるものか。
『何も恐ろしくなどない』。瑠璃に何度も言い聞かせたこの言葉は、自分自身に言い聞かせていたのだった。

彼女は消えた。
俺が、コートを掴むあの手を離させた。
まだ幼さの残る丸みを帯びた爪先には砂と泥がこびりついていた。
俺たちは廃墟と化した街で恐怖ばかり味わった。瑠璃は猛犬に追われるひな鳥同然だった。
俺には彼女を守る力があった、なぜずっと傍にいてやらなかった、なぜ。悔やんでも悔やみきれない。瑠璃、瑠璃、瑠璃、瑠璃。終いには舌がもつれて、不明瞭なうめき声になった。
瑠璃は必ずこの手に取り戻す。この誓いは、悔恨と懺悔だ。
同じ過ちを二度と繰り返さぬように、いま傍らにいる存在は傷付けさせない。
誰もが「***を瑠璃の代わりにしている、隼の欺瞞だ」と言う。なんとでも言うがいい。
あの苦渋に満ちた朝を二度と迎えない。それが、瑠璃を失って存在意義を失った俺が、刹那を生きる理由になる。





[prev] [next]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -