異国少女/ベクター皇子

ふわふわした白い髪が、いまは汗に濡れて額にじっとりと張り付いている。はぁ、と小さく抑えた吐息が耳にかかって心地いい。首筋を伝う汗が蝋燭の灯りを反射し、玉のように輝く。折れそうなほど細い腰に腕を回し、互いの心音が伝わるほどに密着する。
以前ほど嫌がる素振りは見せない。再び、あの場所に棄てられるのが怖いのだろう。恐怖からの従順さだとて構わない。今更他人からの好意なんて期待しない。あの時はこいつが嫌だ嫌だと叫んで罵詈雑言を浴びせたから、性交の最中だったが、こいつが何処ぞの盗賊に犯されていた、正にその場所へ棄てさせたのだった。
***を見つけた国の外れの荒れ地、あそこへは本当に偶然向かったのだった。単に海が見たかった。いずれ周辺国を陥落した後、遥か海を越えて支配を広げる。見ておいてもいいだろうと海を臨む岬へと向かう、その道中だった。他人の性交ほど醜いものは無い。男は首を撥ねるのも面倒で家臣どもに命じて殺した。女相手に躊躇ったのか、一人の兵士が殺すか否か確認してきた。
なぜあの時殺してしまわなかったのか。不快な場を演じた一人のお前が、俺の気まぐれで命を繋いだのだ。その命を俺のものとしておかしい事があるだろうか。
熟れた果実の色をした唇を、酷薄だと評された自身の薄い唇で塞ぐ。吐息と嗚咽の吐き合いだ。「ふ、…ぐう、……っ、」挿し入れた舌を、舌で押し返された。一瞬だけ応じてくれたのかと期待した。人間に期待など!下らない感情だ、だがしかし、恋慕というより一層不合理な感情を否定出来ないのもまた事実だ。恋愛とは他人に、自分と同じ気持ちを求める事。相手から差し出すのを待つとは、期待そのものではないか。俺はそんな悠長な人間ではない。国を支配する者として常に先手を打ってきた。支配されないためには支配すること、殺されぬためには殺すこと。当たり前のようで、常人には出来ない。だから国の勢力を拡大し、海の向こうまでも我が手にした。
それなのに、こいつは支配しても奪う事が出来ない。唇を擦り合わせ、熱を与えれば怯えた色の瞳でこちらを、いや、俺を透かして何処かを見ている。下唇を噛んでやる。ぷち、と弾けるような感覚がした。

「いっ、……」
上げかけた声を慌てて抑える。黙っていろと命令した覚えはないのに。唇を離し、舌先で切れた箇所だけを前後になぞる。錆びの匂いが鼻腔を突き、奥歯が浮く。舌に絡ませた血液と唾液をたっぷりと馴染ませ嚥下する。喉を過ぎる時に錆の匂いが一層濃くなった気がした。不快感が快感に変わる瞬間に、再び深く口付けをした。狂気と背徳が至高の悦楽を生み出す。傷をちゅ、と吸って顔を上げる。
「……唇。」
「く、ち、び、る…」
なぞり乍ら呟く。何度も何度も、教えた。知能は十分にあるというのに、言葉を知らないが為に白痴のようだ。言語体系が全く異なる国から来たらしい。生憎、家臣の中にはこいつの言葉を充分に解する者がいなかった。故郷の言葉を話す姿とこの国の言葉をぽつぽつと話す姿。急に白痴になったかのような姿が滑稽で愛おしい。脳の真っ新な部分に言葉を一つ一つ打ち込んでいく。お前は大嫌いな俺から与えられる教育を受けざるを得ない。いまは此処が何処かすら確かめることも出来ていないのだから。いつか来る逃亡の好機に備えているんだろう?こいつは決して愚かではない。目を離したときにふと表れる表情は鋭利な刃物のように美しい。何も知らぬ少女というわけではないのだろう。恐らくは生き延びるために狡猾、奸智を身につけた女だ。こうして性交中に白痴のような反応を示すのも俺を油断させるため。だが、此方の方が一枚上手だ。巧く隠したつもりだろうが、お前の剣を収める鞘を砕き、刃をじっくりと溶かしてやろう。






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