不快・快感/ベクター(人間態)





広げた脚の間に座らされ、というよりも脚に絡め取られている。
幾分か荒くなった自分の呼吸が、ぐわんと響く。耳殻に重なるかのところまで唇を寄せ、この男は野卑な笑いと下卑た言葉を私の脳に送り込む。
背後から脇の下を通って回された腕にがっちりと押さえつけられ、私の背骨とこの男の胸筋が密着する。太ももを閉じようにも、腿の間に脚を入れこまれてしまった。閉じなくても恥ずかしい。けれど閉じればあらぬところに脚が触れる。結局動かないでいるのが得策、抵抗すればそれだけ面白がってくる男なのだから。

「なあ、顔上げろよォ、恥ずかしくてこっち見れませんってかぁ?」
「……あつ、い…」

もうたっぷり2時間はこうして密着している。湯気で白んだ視界は、白い湯船と体の境界が溶けて混じり合いそうになっている。浅く張った湯がちゃぷちゃぷと音を立て内腿をくすぐる。

「ああ?聞こえませんねえ…、風邪をひかないようにしっかり温まりましょうねっ!***さんっ」
「………もうむり…」
「いいじゃないですかあ、恋人同士、ですよ?」
「顔そのまんまで、その声…、きもちわるいから止めてよ……」
「ふっ、はは、ツレねえなぁ。嫌だ、つっても勝手にやるがよ」
「…う、んぅっ」
「クヒャヒャ!なんだあ、ゆるっゆるじゃねえのォ、ヒャヒャヒャ!」
「あ、…ちが……はッ」

暑さに熱くなった体、溶けてしまいそうで、更に蕩けさせられる。身長のわりに大きい手の指は、少年らしいあどけなさを保ちながらもしっかりと骨ばっていて、成長過程にあることを示す。力の抜けた下半身はぐちゅんと少量のぬるま湯と指の侵入を許してしまった。

雑菌が、と反射的に身じろぎした。現実的なことに気が向くあたりまだ余裕はある。初めて反応らしい反応を示したことに気をよくしたようで、指を止めずにそのまま中指の第二関節まで入れてきた。乱暴といえば乱暴だが、心得ているだけに痛みを与えるやり方にはならない。目を瞑って声を耐える。それでも漏れる荒い呼気が浴室に反響する。肩口に顎をぐりぐりと押し付けてベクターはへらへらと笑う。このにんまりと得意そうな顔が大嫌いだ。征服感で悦に入る、この表情を導き出したのは紛れもなく私自身の反応だという事実にまた腹が立つ。

わたしたちは恋人と言えるのだろうか。そういう関係だと口にした覚えもない。わたしは人間でありながらもバリアン側について、目下のところベクターに付き従っている。人間界のあらゆる知識、規範等すべてを教え、住居や偽りの身分の用意など人間界での活動に必要な援助はなんでも行った。長時間人間態でいることもしばしばあるので、それこそ性欲の処理も教えたのだった。余分な事を教えなければ良かったと後悔しても後の祭り。しかし、男子も中学生となれば下半身の話題は避けがたい。円滑な人間関係を築かせるために、ベクターの言葉を借りれば、よかれと思ってしたことだった。それにしても、一つ覚えればどこからか百を知るという、この熱心さには頭が下がる。コーラで洗えばいい、なんて下らない俗説も含めて短期間で詰め込み、どこから見ても疑いようのない、ごく普通の、少し気が弱い中学生に化けた。よくぞここまで九十九遊馬ひとりのために用意周到にできるものだ。どうせならば脱線せずに、彼を追い詰めることだけしてくれればいいのに、と心中呟く。
九十九くんは大切な生徒の一人だ。おっちょこちょいで、天真爛漫、腕白少年とは彼のためにある言葉だろう。危害を加えられればいいと思っているわけではない。他の生徒同様にかわいいのだ。バリアンの目的が遂行されれば人間界は滅びる。それはつまり、彼らもこの世界と共に消えてしまうということだ。人間界のつながりを大事に思う一方、バリアンに加担する私は矛盾そのものだ。人間を裏切った。人間である以上、バリアンとして生きることは不可能だ。どちらともつかない半端な存在、だからこそバリアンの手助けが出来るのだが。

「いぁっ?!」
「なあにボケっとしてんだ?」

ぐりぐりと無遠慮にかき回される。わざと爪でひっかいているのだ。

「あ、ひ…、いたいっ、やめてお願いしまっ、あぐっ」
「誰のこと考えてたんだよ」

ふと、空いている手が顔面を覆う。眉間を人差し指でほぐされた。皺、と一言。一瞬の考え事のつもりが神妙な顔つきになっていたらしい。
別に、なんでもないと掠れ声で返すと、曲げた指の第二関節でぐりと眉間を突かれた。

「いだい…」
「正直に言わねえからだ」
「……九十九遊馬のことを」

途端に不機嫌な表情に変わる。背後の彼の表情は見えないのだが、浴室には明らかに怒気が充満した。頬の引き攣りを感じつつ、言葉を紡ぐ。言い訳じみているが無言の圧力に負けた。

「…こんな回りくどいやり方しなくたって、いいのでは、と。こんな、手間ばかりで実入りが低い方法取らなくても」
「……」

顎を掴まれ後ろへ傾けられる。爪が頬肉に食い込み、首の筋が伸びて攣りそうだ。半開きになった口にベクターの口が合わさり、くちゃっとゼラチンを崩すような音が聞こえた。貪り喰うという表現が、吐き気を感じるほどよく似合う。
都合が悪くなると、すぐにこうして物を言えない状況に持っていこうとする。餓鬼、と言う形に唇を動かす。音にならずとも言わんとする単語は理解したようで、ベクターは犬歯を思い切り下唇に立てた。じわりと染み広がる鉄の匂い。味覚の反応よりも先に、強烈な匂いに歯の根が合わなくなって喉の奥が引き攣る。すかさず潜り込む舌が口腔を一廻り、二廻り。
 快感と不快感が混在した波が背骨の中心から這い上がる。きもちよさときもちわるさ。対のふたつがひとつになって心地よさを生む、それは男女という対の存在が合わさる行為であるから、と考えれば至極納得のいく説明。ふと、正確には、ベクターは人間の分類する男には属さないのだなと一抹のさみしさを覚えた。
 いい歳をして少女のような事を、と自嘲するが覚めた理性とは裏腹に触れる熱へと徐々に引き込まれる。混然一体となって襲いくる快楽に身を任せることにした。







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