酒と泪と男と女とポケモン


『飲んで 飲んで』
『飲まれて 飲んで』
『飲んで 飲みつぶれて』
『眠るまで 飲んで』










「えぇっ!? きのみ泥棒!?」


「うーん、まあ泥棒っていうか何というか、勝手にきのみが無くなってたというか」


「つまり泥棒じゃないっスカ! エルさんのカフェから泥棒するなんて、そんなヤツ許せねえっスよ!」


「流石だぜ相棒、それでこそスカル団のしたっぱだ! 俺らスカル団のシマを荒らしたこと、そのきのみ泥棒に後悔させてやるぜ!」


 毎度おなじみスカル団の3人、ディアン、ヌカ、アーリィに今朝のことを話すと、3人は驚愕の表情を浮かべ、一大事と言わんばかりにあたふたとしだした。ディアンとヌカなどは犯人を捕まえようと張り切っているものの、その手にはカフェで注文したサンドイッチとドリンクを持ったままだ。エルは「ご飯は座って食べなよー」と2人を制しつつ、証拠品である空の酒瓶を見つめてみる。
 昨晩の酒席で一滴残らず飲み干したブランデーの瓶だが、エルの記憶が正しければ、中にあるラムのみはそのままに店を後にしたはずだった。酒で酔っていたので素面の時ほど正確な記憶ではないが、少なくとも酒瓶を片付けたことを忘れるほどに意識を飛ばすような飲み方はしていない。なのに、朝になって店に来てみれば、瓶の中にあってしかるべきラムのみが忽然と消えてしまっていたのだから、妙な話であった。理由として最も考えられるのは、エルが店におらぬ間にこっそり忍び込んだ何者かによって、きのみが奪われたという説だ。


「でも、新鮮なきのみならともかく、これでもかってぐらいブランデーを吸ったきのみだよ? 野生のポケモンが盗み食いするようなものでもないし、人間がわざわざ好むようなものでもないからなぁ」


「ぐぅーぐ」


「うーん…お酒好きな人とか、ポケモンの仕業とか?」


「となると…クチナシのおっさんが怪しくないっスカ!?」


「いやいや、おじさんとは昨日一緒に飲んでたんだから、それはないと思うよ。あとお巡りさんが泥棒みたいな真似しないでしょ」


「じゃあいったい誰なんだよ? スカル団でお酒飲むヤツなんていねーぞ! 20歳にならないと飲んだらダメだからな!」


 不良少年らしからぬディアンの微笑ましい宣告に、エルは吹き出しそうになったのを我慢した。いくら愚連を気取っていたとしても、やはり根の部分は純朴で善良な子供なのだ。明確にプラズマ団の悪事の片棒を担いできたエルの方が、よっぽど不良じみていると言える。


「…あ! あたし、いいこと考えた!」


 すると、それまでマーシャを撫でながら思案に耽っていたアーリィが、パッと顔を上げて自信満々に挙手してみせた。それまで気持ちよさそうに目を細めていたマーシャは、急に自分の頭を撫でる手が無くなったので、不思議そうにアーリィを見上げて首をかしげている。


「ズバリ、罠作戦だよ! 今晩、もう一回きのみをカフェの中に置いてみて、犯人が盗みに来るのを待つの! あたしたちは物陰に隠れておいて、そんなこと知らずにのこのこ盗みに来た犯人を捕まえる、ってワケ!」


「おぉ〜っ! さすがアーリィ!」


「やるじゃねえか! 伊達にトレーナーズスクール行ってただけのことあるな!」


「ちょ、ちょっと、その話しないでってば! 成績だって一番ビリで、ママにずっと怒られてたんだから!」


 渾身の作戦を思いついたアーリィを、ディアンとヌカが茶化し交じりに賞賛する。確かに、犯人に関する情報が殆どない現状では、できることにも限りがあるだろう。しかし、実際に犯行現場に居合わせられれば、犯人を現行犯で捕まえられるというわけだ。エルは正直、きのみが失くなったことを不思議には思えど、そこまで犯人を追及したい訳でもなかったが、エルを案ずるアーリィ達の心遣いがとても嬉しかったので、その案に乗ることにした。


「よし! じゃあ、昨日と同じように厨房に置いておいて、様子を見てみようか。でも3人とも、あんまり夜遅くまで見張らないで、眠たくなったら屋敷に帰っていいからね」


「んなっ、子ども扱いするんじゃねー! 俺ってばワルだから、夜更かしめっちゃするかんな!」


「あははは、そりゃ頼もしいなあ!」


 あまりにも可愛らしいワルの証明に、とうとうエルは笑うのを堪えられなかった。



* * *



 カフェを閉店したその晩。エルはアーリィの計画通り、ブランデー漬けのラムのみを厨房の作業台に置くと、照明を消して物陰に隠れた。別の物陰には、ディアン、ヌカ、アーリィの3人が隠れており、きのみを四方から見張れるような陣形を取っている。ちなみにマーシャは閉店作業中から既に眠たそうであったので、一足先にポータウンの借り家に戻って床に入っていた。


「全然来ないっスね、きのみ泥棒…」


「ヌカ、しーっ! 泥棒に気付かれる!」


「ご、ごめんっスカ!」


 比較的近い位置にいるヌカとアーリィが小声でやり取りする中、ディアンは1人だけ妙に静かな様子だ。もしかして、と思ったエルがこっそりと覗き込むと、やはりというかなんというか、眠たそうにうつらうつらと船を漕いでいた。その光景の微笑ましさにすぐにでも笑いそうになったが、アーリィに「しーっ!」と怒られないように必死に抑え込む。
  それから1時間ほど経ち、もう間もなく日付が変わろうかという時に、状況は一変した。ディアンは完全に穏やかな寝息を立て始め、作戦に乗り気だったアーリィやヌカも、迫りくる睡魔と戦いつつ見張りを続けている。早めに屋敷へ帰してあげればよかったな、とエルが反省していると、厨房から外へ続く裏口の扉から、物音が聞こえてきた。


「わわっ!? ど、泥棒っスカ!?」


「ヌカ、しーっ…!」


 驚くヌカの口を塞ぎ、アーリィが必死で音を殺す。そのまま沈黙を維持し続けると、キィ、と音をたてて扉が開き、何者かが厨房内に侵入してきた。エルは目を凝らして侵入者の姿を視認しようとするが、夜の暗闇の中ではそれも覚束ない。
 侵入者は特に警戒する素振りも無く、一直線にラムのみが置かれた作業台までやってきた。そして、敢えて盗みやすいように空き皿に盛られたそれを1つ摘みあげると、その場でぱくりと食べたのである。決定的な犯行の現場を確認できたアーリィは、真っ直ぐに侵入者のもとへ走り、そのまま捕獲にかかった。


「捕まえたぞ、泥棒ぉーーーっ!!!」


「ちるぅ!?」


 いきなり背後からタックルされて驚いた様子の侵入者ごと、アーリィは勢いあまって厨房内を転がっていく。どんがらがっしゃーん、と派手な音を立てて転んだアーリィに、エルは照明をつけてから慌てて駆け寄った。


「アーリィちゃん、大丈夫!?」


「は、はいぃぃぃ…勢いつけすぎた…」


「んがっ、な、なんだ!? 泥棒か!?」


「センパイ、よだれ出てるっス! 今まで寝てたっスカ!?」


 アーリィが転んだ音でようやく起きたディアンは、慌てて口の端から垂れた涎を拭きとって平静を装う。エルはアーリィの身体を起こすと、アーリィの腕の中でじたばたと暴れるきのみ泥棒の正体に気付き、驚愕に目を見開いた。


「え…パッチール?」


「ちるぅ〜、ちるるぅ〜!」


 離して、と言いたげに暴れるパッチールを、アーリィが離すまいと更に力強く抱き付く。遅れてやってきたディアンとヌカも、思いもよらなかったきのみ泥棒の正体に驚きを隠せなかった。そう、ラムのみを盗みにきたのは、何と野生のパッチールだったのである。


「目ん玉ぐるぐる! 初めて見るポケモンっス!」


「オレは知ってるぜ、相棒! ノーマルタイプのポケモン、パッチールだろ!」


「お、ボーちゃんよく知ってるね! ホウエンでよく見かけるポケモンだけど、アローラにも生息してるんだね」


「えっと、つまりこの子がカフェに忍び込んで、エルさんのきのみを泥棒したってこと?」


「そういうことなんだと思うけど…。まさかこんなお酒漬けのきのみ、好んで食べるポケモンがいるなんて思わなかった」


 エルは皿の上のラムのみを1つ手に取ると、アーリィの腕の中でなおも暴れるパッチールに視線を合わせるように膝をついた。パッチールはエルと、エルの手の中にあるラムのみを見つけるなり、ぴたりと動きを止めて大人しくなる。


「ビックリさせてごめんね、パッチール。キミ、これが好きなの?」


「ちる!」


「…ふふっ、そうかぁ。せっかく食べに来てくれたのに、悪いことしたね。はい、ゆっくりお食べ」


 エルは大人しくなったパッチールの柔らかな手の上に、ラムのみを1つ落とした。するとパッチールは喜んでいるかのような甲高い鳴き声を上げると、早速ラムのみを口の中に放り込む。すると、まるで人間が好物を食べた時にする動きのように、両手を頬の模様の部分に添えて身体をくねらせ始めた。


「アーリィちゃん、もう離して大丈夫だよ」


「え、う、うん」


 エルに促され、アーリィが素直に手を離すと、パッチールは逃げることなくその場でふらつき始めた。フラフラとした千鳥足はパッチールというポケモンの生態としてあまりにも有名だが、ブランデー漬けのラムのみという特殊なきのみを食べた後だからか、単純に酔っぱらっているだけのようにも見える。ポケモンに酒類を与えることについての是非はあるが、もともと高い解毒効果のあるラムのみであるのでポケモンの身体への悪影響も少ないはずだ。


「っていうか…いいんスカ、エルさん? きのみ泥棒に大切なきのみあげちゃって」


「そりゃあ、これだけ美味しそうに食べてくれたら、あげないわけにはいかないよねえ。ま、正直このきのみ、絶妙に使い道ないからさ! ジャムにしても余らせちゃうし、この子が全部食べてくれるっていうんならこっちも大助かりだよ」


「ちぃるぅ!」


 嬉しそうに千鳥足でエルに擦り寄るパッチールに、したっぱ3人の緊張感も解けていく。きのみ泥棒といえば聞こえが悪いが、要するにパッチールはただ単に、好きなきのみを食べに来ただけなのである。何より、被害者の立場のエルが構わないと言っている以上、周りがああだこうだと口を出すのも野暮な話だ。


「しかし、どこから来たんだろうね、このパッチール。この辺りで野生のパッチールは見たことが無いけど」


「あっ…! そういえば、最近スカル団に入った新入りとよく一緒にいるの、オレ見たことがあるぜ」


「ああ、あのずっとラップしてる2人組っスカ! ってことは、そいつらのポケモンなんっスカね?」


「いや、確か知らねえポケモンだって言ってたぞ。ラップしてたら急に寄ってきて、そのままノリでつるむようになったとか何とか」


「じゃあ、この子はまだ誰のポケモンでもないんだね」


 アーリィはパッチールに目線を合わせるようにしゃがみ込み、その渦巻模様のような瞳を見つめた。パッチールはその姿の愛らしさから、可愛らしいものを好む年頃の少女に絶大な人気を誇る。アーリィもまた、パッチールのぬいぐるみのような見た目と抱き心地に心惹かれているようだった。パッチールは最初こそアーリィに対して警戒の様子を見せていたものの、これ以上自分に危害を加えないと理解したのか、今は平然と振る舞っている。


「…ふかふかで柔らかくて、ちょっとドーブルみたいだったな」


 アーリィはパッチールを抱きしめた感覚を反芻しながら、最愛のパートナーのドーブルに想いを馳せる。同じノーマルタイプのポケモンとはいえ、姿形は全く異なるポケモンだというのに、それでもドーブルの面影を感じずにはいられなかった。エルはアーリィの心中を思い、そのピンクブロンドのくせっ毛を優しく撫でてやる。


「アーリィちゃん。わたしも昔、マーシャと離れ離れだった時期があるから、キミの気持ちすごくわかるよ」


「…うん」


「…そうだ。アーリィちゃん、パッチールとトモダチになりなよ!」


「えっ…トモダチ?」


 エルの提案に、アーリィはきょとんとした表情を浮かべる。今まで何度となく、ヌカやディアンに連れられて手持ちのポケモンを捕まえようとしていたアーリィではあったが、ドーブルへの想い故か、結局今まで自身のポケモンを持とうとはしなかった。エルはそんなアーリィの気持ちを汲んで、手持ちのポケモンとして捕まえるのではなく、トモダチになってはどうか、と提案したのだ。


「別にスカル団だからって、ポケモンバトルなんてしなくてもいいからさ。一緒に遊んだり、絵を描いたり、料理をしたり…。そんなことができるトモダチになれたら、素敵だと思わない?」


「それって、エルさんとマーシャちゃんみたいに?」


「そう! 人とポケモンとの絆って、モンスターボールなんて無くても築けるんだよ。ただ心が通じ合えば、それだけで大丈夫なの」


 そうしていつか、愛しているが故に離れてしまったという自身のドーブルと、向き合える日々がくればいい。そんな思いを込めて、エルはアーリィの瞳を真正面から見つめる。アーリィは少しだけ躊躇いつつも、やがて小さく頷いて、ふらふらと辺りを歩き回るパッチールに手を差し出した。


「パッチール…。あたしと、トモダチになってくれませんか?」


 パッチールはアーリィの手に気付くと、何か食べるものをくれると勘違いしたのか、ふらふらと近づいてきた。しかし、一向にアーリィの手からは何も出てこないことを悟ると、ぷいっとそっぽを向いてしまう。アーリィはそれに傷付いた様子ではあったが、落ち込んでいるというよりは、これからどうするか悩んでいるというような表情を浮かべた。


「なんか不安になってきた…。あたし、本当にパッチールとトモダチになれるのかな?」


「あはは、アーリィちゃんなら大丈夫! ただ、パッチールは気ままなポケモンだから、結構振り回されることは覚悟した方がいいかもね」


「うぅっ、ますます不安…! ドーブルは大人しい子だったからなぁ…」


「なんでもいいけどよ、きのみ泥棒の事件が解決したんなら、もう屋敷に帰ろーぜ…。オレさまもう眠くて死にそう…」


「わわっ、センパイ! 立ったまま寝たら危ないっスカら〜!」


 和気あいあいと騒ぐエルとしたっぱ3人をそぞろに、パッチールは愉快そうに厨房を闊歩している。ラムのみが漬かっていたブランデーの効果か、その千鳥足は正常なパッチールと比べて、さらにふらふらと危なっかしいものであった。
 後日、パッチールは正式にスカル団のポケモンとして認められたが、誰かの手持ちポケモンとしてモンスターボールに入れられることなく、自由気ままにあちこちをふらついているという。こうしてエルのカフェのきのみ泥棒事件は幕を閉じ、カフェの常連ポケモンがまた1匹増えたのであった。










おまけ


「そういえば、ポケモンってお酒飲んでも大丈夫なの?」


「進化前のポケモンにあげることは推奨されてないけど、進化後のポケモンであれば特段身体に影響は出にくいっていう研究結果が出てるんだ。パッチールみたいな進化しないポケモンであれば、孵化してから3年ぐらい経ってからなら問題ないらしいよ。人間の子供は飲んじゃダメで、大人は飲んでもいい、みたいなことだね」


「じゃあ、マーシャちゃんはお酒飲めないんだね」


「ぐぅん」


「お酒が飲めるポケモンもいるんスね! でも飲み過ぎは身体に悪そうっス!」


「でもね、自然界では結構、お酒を飲むポケモンっていてね」


「えっ、どうやって!?」


「ツボツボが作るきのみジュースがあるでしょ。あれはより時間をかけて発酵させると、お酒みたいになるんだ。それが飲みたくて野生のツボツボを襲うポケモンもいるらしいよ」


「お、襲うんでスカ!? 野生って厳しいっスね…」


「まあでも結局のところ、健康のことを考えれば飲まないのが一番なんだよね。でも中にはパッチールみたいに、やたらとお酒好きな子もいるから、ポケモンって人間と同じで奥が深いよねえ」


「ち〜る〜」



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