ランプ・イズ・ロゥ


Dream beside me in the midnight glow,
the lamp Is low.
『真夜中、ランプの仄かな光に照らされ、私は夢を見る』














 私がL様に初めてお会いしたのは、ある朗らかな春の日のことでした。
 私が生まれた家は代々、傷付いたポケモンを保護するボランティアをしていて、例に漏れず私もポケモンの保護活動に関わるようになりました。もはや家業と言ってもいいほどに、私も家族も生活の全てをポケモンの為に捧げ続けてきましたが、あくまでボランティアなのでそれでお金が稼げるわけではありません。
 日々の生活を切り詰めて、自分たちの食事よりもポケモンたちの食事を優先する日々。誇り高い行いだとは思っていても、辛くはなかったかと言われれば嘘になります。

 そんな折、同じボランティア仲間からの紹介で、私はプラズマ団の存在を知りました。多角的な方面からポケモンの保護に乗り出す、まさに新時代のポケモン保護団体であると熱弁する仲間に勧められ、私はプラズマ団のセミナーに参加しました。
 そこでゲーチス様のお話を拝聴して、私たちが今まで如何に何も考えず、唯々善意のみでポケモンの保護に勤しんでいたのかを知り、深く感銘を受けた私は迷わずプラズマ団に加わることを決意しました。

 プラズマ団はイッシュ地方全土に散らばって活動をしています。私が配属されたのはシッポウシティ。すぐ傍にはヤグルマの森があって、自然が豊かな牧歌的な街でした。そこで私はプラズマ団の上司であり、人とポケモンの未来を担う素晴らしいお方と出会うこととなったのです。そう、それがL様でした。


「こ…この度シッポウシティ支部へ配属されました、アンジーと申します! L様、どうぞよろしくお願いします!」


 初めてL様にお会いした時、その美しさに私は圧倒されました。
 艶やかな緑のお髪、赤く輝く宝石のような瞳、神話の女神のような佇まい。先輩の団員から聞かされていた通り、正に『プラズマ団の聖女』と呼ぶに相応しいお方で、こんな美しい方に今日からお仕えするのだと思うと、感動にも似た感情が湧き上がってくるのを感じました。そんな私にL様は、美しく微笑まれてこう言ってくださいました。


「ふふっ、そんなに畏まらなくてもいいんですよ。アナタのことはお父様から聞いています。とても熱心にポケモンの保護活動に取り組んでいらしたんですってね」


「いっ、いえ! あれは家業みたいなものですから…」


「それならば尚のこと、アナタも、アナタの家族も、とても素晴らしいわ。今日からその素晴らしい家族の一員に、ワタシも加えてくださる?」


 この時、私はL様に対して、なんて謙虚で慈悲深い方なんだろう、と感激しました。私だけでなく、私の家族まで賞賛してくださって、この一言だけで今までの苦労が全て報われたような気持ちでした。
 L様が束ねるプラズマ団のシッポウシティ支部では、主に人の手で育てられたポケモンを野生に帰す手助けをしていました。当時のプラズマ団は、ポケモン預かりシステムに預けられたままトレーナーが死亡、もしくは行方不明になり、引き取り手も見つからないポケモンの保護を率先して行なっていたのです。
 ポケモンの解放を謳うプラズマ団の目的は、あくまで彼らにとって最も自由である野生の環境へ還すことにあります。しかし、人のもとで長く過ごしたポケモンは、自分の力で餌を取ることすらおぼつかず、生存の為の本来の能力を忘れてしまっていることが殆どでした。私たちが為すべきことは、彼らが野生の環境に問題なく適応できるよう、ヤグルマの森の一角をプラズマ団所有の保護区として、そこである程度の訓練を積んでやることにありました。


「預かりシステムが生まれてから約30年、当時トレーナーとなった人間は段々に老いていき、死を迎えた者も少なくはありません。トレーナーを失い、行き場もなくシステム内に取り残されるポケモンは、これから益々増えていくことでしょう。ワタシたちは今のうちから、やがて来る危機に対応できるだけの力を持たなくてはなりません。全ては人とポケモンのより良い未来の為!」


 L様のお言葉に、全ての団員たちが熱狂していました。多くの団員を前に演説するL様のお姿は、お父君のゲーチス様にとてもよく似ていらして、この方がいれば今後もプラズマ団は安泰なのだろうと深く思いました。事実、L様はプラズマ団の王、N様の片腕の座を約束されていて、いずれは七賢人の長となってゲーチス様の跡を継ぐのだという話でしたので、私の直感は正しかったのです。

 L様のもとでポケモンの保護活動をしてる間、こんな出来事がありました。私たちがいつも通り、ヤグルマの森の保護区へ向かっていると、酷く傷ついたタブンネが草むらの奥深くに倒れていたのです。タブンネを見つけたL様は直ぐに草むらをかき分け、タブンネの治療に向かいました。タブンネは当初、私たち人間に対して酷く怯えた様子で、傷だらけの身体にも関わらずその場から逃げようとしていました。そんなタブンネに、L様は両手を広げ、微笑みながらこう言ったのです。


「大丈夫、誰もアナタを傷つけたりしない。だから、こちらへおいで」


 私たち人間はおろか、周りにいた野生のポケモンですら、見惚れてしまうような美しい微笑みでした。するとタブンネはおずおずとL様に近づき、やがてL様の両腕の中に飛び込んできて、身体を擦り付けて甘え始めたのです。L様はタブンネを優しく抱きしめて、そのまま傷の治療をしてあげていました。
 この姿を聖女と言わずして、いったい何と言うのでしょう。あのお方はどんなポケモンにも等しく慈悲深く、どんなポケモンからも愛される、天性の魅力を持ち合わせた方でした。
 そのタブンネは当初、他の保護しているポケモンたちと同じように野生に還される予定でしたが、あまりにもL様に懐いて離れようとせず、私たちは途方に暮れてしまいました。そんな時、少しだけ悲しそうな顔をされながら、私にこう仰ってくださったL様のことを、私は今でも忘れることができません。


「…タブンネはもともと、野生に生まれついたとて人との交流を好む、優しいポケモンなのですよ。けれど、ワタシが幼い頃に比べて、野生のタブンネが段々に人を拒むようになってきているように、ワタシには思えてならないのです」


「L様…」


「…この子はかなり高齢の個体です。せめて最期の時を、この世で最も安らかな場所で迎えさせてあげたい。アンジー、わかってくれますね?」


 この日、私は初めてプラズマ団の「ポケモンを解放する」という戒律を破りました。L様の言葉通り、もう寿命が間近に迫りつつあったタブンネはその3ヶ月後、L様の腕の中で息を引き取りました。最期の瞬間まで、決してL様から離れようとせず、瞳を閉じたその顔はとても安らかそうに見えました。

 L様とタブンネの姿を見て、私は思いました。N様やゲーチス様は、ポケモンは人から解放されるべきだと訴えていますが、本当にそうなのでしょうか。もしも、この世の人とポケモンが皆、L様とタブンネのような関係を築けたならば、人にとってもポケモンにとってもこれ以上幸せなことはないのでは?
 勿論、L様が特別なお方だということは重々承知でしたが、それでも全てのポケモンに安らぎを与えるL様のお姿は、この世界にとって希望であるように思えたのです。世界の真実に真っ向から立ち向かい、その真実を正す英雄がN様であるのならば、世界の理想を体現し、その理想の実現を目指す英雄がL様でした。

 私と同じような考えを持つ団員は、他にも沢山いました。中には「L様こそが王の座に就くべきだ」と主張する熱心な団員もいたほどです。ですがどれほどの信奉者を得ようとも、L様は決して驕り高ぶったりなどせず、あくまでポケモンの保護とプラズマ団の繁栄の為にその身を尽くしていらっしゃいました。そのお姿を見て、私たちは益々L様への敬意を深めていき、プラズマ団に入って1年も経つ頃には、私は完全にL様に心酔しきっていました。



* * *



 L様に初めてお会いしてから、もう何年経ったのでしょう。私は目の前にある光景を、とても信じられませんでした。


「…嘘…嘘よ…」


「アンジー…」


「L様が…L様が死んだりする訳がない…!」


 5年前、ゲーチス様の命で極秘の任務に就いたという話を聞いたきり、一度もお姿を見せなかったL様が、変わり果てた姿となって今私たちの目の前にいます。真っ黒な棺の中に閉じ込められたL様は、同じく真っ黒な花で顔中を覆われ、あの美しい貌を隠されていました。

 L様が死んだ―――

 ゲーチス様から告げられたその言葉を、私は信じることができませんでした。この世界の希望たるL様が、全ての人とポケモンの理想であるあのL様が、こんなにも簡単に死んだりする筈がない。私は無礼も承知で、ゲーチス様に詰め寄って真相を問い質そうとしました。


「ゲーチス様、嘘ですよね…? L様が死んだなんて嘘に決まってますよね?」


「……」


「だって、こんな顔もわからない亡骸、L様である証拠なんてどこにもないじゃないですか! あのお方は生きていらっしゃるんですよね!?」


「嘘ではない。顔が判別できないほどの損傷こそしていますが、この亡骸は紛れもなくLのものです。父たるこのワタクシが言うのです、間違いありません」


 それは、あまりにも残酷すぎる真実でした。ゲーチス様のお言葉は常に正しい、それはプラズマ団にとっての絶対です。そのゲーチス様が、L様は死んだと言うのならば、私はそれを受け入れなければならないのです。私はその時、絶望の底に突き落とされたような思いをしました。


「いや…いやよ……! そんなの嫌ぁっ……!」


 この世界から希望が消えた。理想は儚く潰えて、残酷な真実だけが残った。
 泣き叫ぶ私を見下ろしながら、ゲーチス様は私の肩に手を置くと、慰めるように撫でてくださいました。そして、その場にいる団員全てに届く凛としたお声で、私たちに希望の道を示してくださったのです。


「Lは我らプラズマ団の理想の為、その命を散らすこととなっても、己の意志を貫き続けました。なればこそ、我らは亡きLの意志を受け継ぎ、彼女の悲願でもあったポケモンの解放を成し遂げねばなりません。それこそがLへの…ワタクシの愛しい娘への唯一の手向けとなるのです!」


「あぁ、ゲーチス様…!」


「今は七賢人ゲーチスとしてではなく、Lの父ゲーチスとして、アナタがたへ語りましょう。絶望するのはおやめなさい、プラズマ団の同志達よ! 間もなく我らが王、N様が世界を変える! Lが望んだ理想の世界を、他ならぬ我々の手で築くのです!」


 ゲーチス様のお言葉に、私は涙が止まりませんでした。最愛の娘たるL様を失って、一番辛いのはゲーチス様のはずなのに、L様の望みを叶えんと我々を奮い立たせてくださっている。私は涙を拭い、L様の棺に手を当てて、強く誓いました。
 L様、どうか見ていてください。私は必ず貴方様の悲願を、全てのポケモンが救われる世界を実現してみせます。愚かで野蛮なトレーナーからポケモンを解放し、本当に心優しいL様のような者だけがポケモンと心を通わせられる、そんな世界にしてみせます。

 我々プラズマ団の団員はその規模ゆえに、様々な意見を持つ者がいます。今までは、お互いに異なる思想を争わせ、対立するようなこともありました。けれど、誰からも愛されたL様の死をもってして、ようやくプラズマ団が一丸となることができたのです。
 嗚呼、L様! 貴方は死して尚、皆に安らぎと平和を齎す女神のようなお方でした。私の命と引き換えに、貴方をこの世へお戻しすることができたらいいのに。私はそう思わずにはいられませんでした。



* * *



「見事でしたな、ゲーチス様。L様が姿を消したことを巧みに利用し、偽りの葬儀を執り行うことで、団員の団結心を煽る…。流石の立ち回りでございました」


 七賢人の一人、ヴィオの言葉に、ゲーチスは不愉快そうに眉を顰めた。Lことエルがアローラにいる真実を知るのは、ゲーチスとダークトリニティだけであるが、ヴィオは現在のエルの行方こそ知らないものの、彼女がプラズマ団から逃亡したこと自体は把握していた。そして、先程のLの葬儀にて棺に納められていた遺体が、ダークトリニティによって用意された別人の死体であることも、彼は知っていた。


「…当初の筋書きが大幅に狂ったとはいえ、あの娘は存外役に立ちました。救いようのない出来損ないではありましたがね」


「…そのような物言いをするとは驚いた。何か心境の変化がお有りで?」


「どういう意味です、ヴィオ?」


 苛立ちが隠しきれない様子で、ゲーチスがヴィオに振り返る。ヴィオはそんなゲーチスの様子に怯むことなく、本心から不思議そうに言葉の真意を述べる。


「貴方様は、L様と対峙する時だけは口調も態度も柔らかく、表情もどこか安らいでいるように見えた」


 ―――それはLが便宜上、自分の実の娘ということになっていたから、そのように振る舞っただけだ。
 ゲーチスは心中でヴィオに反論するが、それは彼も知らない事実であったので、口を噤んだ。


「服も、靴も、装飾品も、L様が身につけるものは全て貴方が手ずから選んでおられた。そのどれもが、L様の美しさを更に引き立てるものであった」


 ―――あの娘が美しければ美しいほど、愚昧な団員を騙せるのだから、当然の投資だ。


「L様が姿を消してからのこの5年、貴方様はどんな手段を用いてでも、L様を見つけ出そうとなさっていた。例え身内であろうと、古くから仕える忠臣であろうと、裏切り者を決して許さない貴方様が」


 ―――当然だ、あの娘の代わりなど何処にもいない。ワタクシが命を拾い、この手で育て上げた、この世で唯一のワタクシの……。


「貴方様にとってL様だけは特別なのだと、私はそう思っていたのですが」


「…どうやらアナタは酷い思い違いをなさっているようで。そのような見当違いな邪推、七賢人の名が泣きますよ」


 ゲーチスは冷静そのものの眼でヴィオを見て、あくまで穏やかに笑ってみせる。ヴィオはその言葉に反論せず、「失礼、私の考えすぎでしたな」と素直に詫びた。
 ヴィオは実のところ、ゲーチスの深く閉ざされた本心を暴きにかかったのだが、結果として彼は更に深くへとその心を隠してしまったようにも思える。


(…ゲーチス様といえど、我らと同じ人間。いくら仮面を被り己が本心を偽ろうが、人である以上、情からは逃れられないもの)


 ヴィオはかつて、Lがプラズマ団の聖女として君臨していた、5年前の日々に想いを馳せた。四季を重ねるごとに美しくなっていくLと、王たるNにすら向けたことのない静かな眼差しで、Lを見つめていたゲーチスの姿が、まるで昨日のことのように脳裏に蘇る。


『LがN様にも劣らぬ、類稀なる才を有していることは認めましょう。ですがワタクシは決して、あの娘を英雄にはさせません』


 Nにレシラムを、Lにゼクロムを与え、建国神話に描かれた真実と理想の戦いを再現し、そして理想を敗北させる。その計画を打ち明けたその時、ゲーチスがぽつりと呟いた言葉こそが、ヴィオが唯一聞いたゲーチスの本心だった。


『そもそも、ワタクシは英雄などという存在、虫唾が走るほど嫌悪しています』


『そのような愚劣なモノに、何故、あの娘を堕としめねばならないのです?』


『Lは英雄などではなく、唯の人間でなくてはならない』





『Lが唯の人間だからこそ、ワタクシはあの娘を手元に置き続けているのですから』




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