遥かなる影/ミアレの雨


「何ですか、そのはしたない座り方は。脚はしっかり閉じて、揃えなさい」


「うぐっ……」


「妙な唸り声を上げるのはおよしなさい。ガマゲロゲの鳴き声じゃあるまいし」


「だぁーっ! やってられるか、こんなん!」


 頭に乗せられた本(バランスを保つ練習のためらしい)を手に取ったわたしは、涼しい顔のゲーチスに向かって思いっきり投げつけた。その本はゲーチスに届く前に、ダークトリニティによって受け止められ、再びわたしの頭の上に乗せられる。
 Nから離れ、再びゲーチスと一緒に行動することになったわたしを待ち受けていたものは、ゲーチスによる執拗なまでの『矯正』だった。ゲーチスは今まで、人と金を集める為に、あらゆる地方中の社交界を出入りしてたらしく、その一端をいずれは、わたしに担わせようという算段らしかった。
 ところがわたしは、ポケモンと一緒に草むらを走り回っていたような子どもだったので、とてもその手のお上品な真似ができるような人間じゃない。そこで行われたのが、人前に出しても恥ずかしくない程度に、わたしを『上流階級のお嬢さん』らしく矯正するための、この指導だというわけだ。


「一応、アナタはワタクシの実の娘ということになっているのですから、それ相応の立ち振る舞いができないと困るのですよ。将来、ワタクシに恥をかかせるつもりですか?」


「金持ちどもから金を踏んだくる為におべっか使うなら、ゲーチスだけで十分じゃん! なんでわたしまで!?」


「金を踏んだくるなどという野暮な物言いはよしなさい。『投資させる』と言うのですよ」


「それが投資をお願いする側の顔かっつーの!」


 凄まじい悪人面のゲーチスにそうつっこんで、わたしをは呆れながら脚を崩した。慣れない座り方をしたので、太腿が攣りそうで仕方がない。しかし、ゲーチスはそんなことはお構いなしに、わたしが屈服せざるを得ない魔法の言葉を口にした。


「これも全てはN様の、未来の王のためなのです。誰かがやらなければならないことを、他ならぬアナタに任せようというのに」


「うっ…」


「N様に申し訳ないという気持ちがあるのならば、この程度の脚の痺れなど我慢なさい」


 そう言ってゲーチスは、わたしの頭の上の本を手に取って、角の部分で攣りそうになってるわたしの太腿を軽く叩いた。Nのことを持ち出されては、わたしは「うん」と言わざるを得ない。他ならぬわたしのせいで、Nは危険な目に遭ったのだから。


「初めからそう素直に、言うことを聞いていればいいのです、『L』よ」


「…L? なにそれ?」


「社交の場でのアナタの名前です。N様の対となる、王の片腕に相応しい名前ではありませんか」


「はあ? 今まで通りエルでいいじゃん! なんでそんな変な名前…」


「アナタはいずれ、ワタクシ同様に世界を周り、多くの人を相手にするのですよ。その時に、死にかける前のアナタを知る者がいないとも限らない。名を変えておくに越したことはないでしょう」


 そう言うゲーチスに、わたしはそれ以上の反論ができなかった。まるで、わたしの過去に何があったのかなんて、一切の興味がないような言い方だった。でも、わたしだって今更、そんなことを知りたくはない。こうして、わたしに『L』の名前が与えられることとなった。


「全く、アナタを社交の場に出させるのは、いつになることやら」


「う〜…」


「唸るのはおよしなさい、オタマロじゃあるまいし」


「誰のせいだ、バーカ!」


 苦し紛れに暴言を吐いたわたしに、ゲーチスは本の角の部分で、今度は頭を殴ってきた。
 そんなこんなで、わたしの矯正が始まってから、3ヶ月くらい経った時のことだった。数日前からカロス地方のミアレシティを訪れていたわたしとゲーチスは、街のホテルを取ってそこに滞在していた。ゲーチス曰く、カロス有数の大富豪であるリブランという人が、今回の標的(金を出させるという意味で)だという。


「ワタクシは明日の夜、リブラン氏に招待された夜会へ赴きます。アナタは……」


「そんなクソつまんなそうなところ、行くのは御免ですわ、オトウサマ」


「よろしい、ワタクシも余計な恥をかくのは御免です。この汚い口から生まれてきた小娘を矯正し終わるまでは、アナタはしばらく留守番ですね」


「いだだだだ! ほっぺはやめて、千切れる!」


 相変わらず反抗的なわたしに、ゲーチスは引き攣った笑みを浮かべながら、思いっきり頬をつねってきた。少しはマシになったとはいえ、やはりお上品にしているのは性に合わないし、カロスの人たちの品定めするような目が、わたしは苦手だった。ゲーチスは面の皮が厚いから、そんなこと気にもしてないみたいだが。


「おや、もうこんな時間ですか。もう遅い、アナタはそろそろ休みなさい」


「ゲーチスは?」


「ワタクシは少々、すべきことがあるのでね。言っておきますが、勝手にワタクシの部屋に入らないように」


「誰が入るかっつーの、性格悪いのが移る!」


「アナタはもう充分すぎるほど性格が悪いですよ」


 売り言葉に買い言葉で、そんな言い合いをしながらも、わたしはゲーチスに「おやすみなさい」と言ってから、自分の部屋へと戻った。ゲーチスはわたしの方を見ずに、「お休み、エル」と言って、自分は何かの本をずっと読んでいた。その顔が、いつもより少しだけ青い顔色をしていたことに、わたしは気づかなかった。



* * *



 その日の深夜、まるでポケモンの雄叫びのような大声が聞こえてきて、わたしは飛び起きた。驚いたわたしは、寝ぼけ眼を擦りながら部屋を出て、声が聞こえてくる方へと駆け寄る。その声は、鍵をかけられて固く閉ざされた、ゲーチスの部屋から聞こえてきた。


「ゲーチス!? どうしたの!?」


 わたしの声に、ゲーチスは答えなかった。聞こえるのは、まるで必死で痛みを堪えているかのような、低い唸り声だけ。わたしはダークトリニティに呼びかけてみたが、ゲーチスから何かの命令を下されているのか、3人ともこの場にはいないようだった。仕方なしにわたしは、鍵のかかった扉に思いっきり体当たりして、鍵を開けようと試みた。


「開いて、開いてよ…! 開けっつーの、このッ!」


 業を煮やしたわたしが、苛立ち任せに扉を蹴りつけると、バキッという音がして鍵が壊れた。慌てて部屋の中に入ると、真っ先に目に入った光景に、わたしは言葉を失った。
 あのゲーチスが、いつもわたしを見下ろして憎まれ口を叩いていたゲーチスが、床に倒れ伏していた。その大きな身体を丸めて、ぶるぶると震えながら、そのまま握り潰してしまいそうなほど強い力で、自身の右腕を押さえている。わたしは一瞬呆気に取られていたが、すぐに我に返ってゲーチスに駆け寄った。


「ゲーチス! どうしたの、どこか痛いの!? ねえ、しっかり…」


「来るなッ!!!」


 全てを拒絶するかのような、そんな声だった。ゲーチスは明らかに平静ではない様子で、上擦った声でそう叫んで、じりじりと這いずってわたしから逃げる。わたしは一瞬躊躇するも、ゲーチスをそのままにしておくわけにもいかず、駆け寄ってその肩に手を掛けた。


「やめろ、来るな、来るな…!」


「落ち着いて! わたしだよ、エルだよ!」


「ボクに近寄るな、触るなッ…! イヤだ、やめろ、やめろッ……!」


「え…? ボク……?」


 そんな子供みたいな一人称、ゲーチスは一度だって使ったことがない。いつだって尊大に、『ワタクシ』だなんて偉ぶった呼び方をしていた。その時、ゲーチスがこんな風に怯えている理由が、わかった気がした。


「…ね、大丈夫だから。なんにもしないから」


 わたしは出来るだけ優しい声でそういうと、蹲るゲーチスを抱き締めた。体格差があるので、どうしてもわたしがしがみついているような体勢になるが、それでもマーシャを抱き締める時みたいに、ゲーチスを包んでやりたいと思った。ゲーチスは最初、ガチガチに身体が固まっていたが、わたしは彼の耳元で「大丈夫」と繰り返し言い続けた。


「怖いものがあるなら、わたしが守ってあげるから」


「…ぁ……」


「だから、もう大丈夫だよ、ゲーチス」


 徐々にゲーチスの身体から力が抜けて、ようやく右腕を掴んでいた左手を離した。だらりと垂れ下がった右手はそのままに、ゲーチスはぶるぶると震える左手を、わたしの背中に回した。わたしの背中の傷が、じわりと熱くなった。


「……はは…うえ…………」


 まるで、子供が母親に縋り付くように、わたしに抱き着きながら、ゲーチスはそう言った。わたしがしばらくの間、背中をゆっくりと撫でてやると、やがて完全に落ち着いたのか何も言わなくなった。ところがゲーチスはそのまま、力なくわたしにもたれかかってきて、様子がおかしいことを察知したわたしは、ゲーチスの顔を覗いた。


「! 顔、真っ青……! もしかして、熱あるの?」


 ゲーチスは顔色どころか、唇の色まで真っ青だった。慌てて額に手を当ててみると、触ったわたしがびっくりしてしまうほど、熱かった。急いでベッドに寝かせてやろうとしたが、さすがのわたしといえど2mの大の男をベッドの上に担ぎ上げることは不可能だったので、妥協してベッドの上のマットを引き摺り下ろし、その上にゲーチスを寝かせた。


「…ほんとは、着替えさせた方がいいんだろうけど」


 ゲーチスの格好は、休む時のそれではなく、着込んだローブに手袋という相変わらずの格好だった。けれど、もし着替えさせることができたとしても、きっと躊躇していただろう。ゲーチスが頑なに隠しているその右腕を、彼の知らぬ間に見てしまうなんてこと、したくなかったから。


「毛布かけてあったかくして……。あとそうだ、頭冷やさないと」


 その晩、わたしは付きっ切りで、ゲーチスの看病をした。普段、弱みなど一切見せないこの男が、どうしようもなく弱っているところを目の当たりにしたのだ。いつもの憎まれ口もすっかり忘れて、ただゲーチスのことだけを考えて、夜を過ごした。



* * *



「…エル」


「ぅん……?」


「早く起きなさい、いつまで眠りこけるつもりです」


 聞き慣れた声と溜息の音で、床に寝そべっていたわたしは眼を覚ました。寝ぼけ眼で辺りを見回してみると、電気のついていない部屋の中は薄暗かったが、窓から漏れる光で夜が明けたことはわかった。ふと手の中が冷たかったので何かと見てみると、水で濡れたタオルを握りしめていた。どうやら、ゲーチスの看病をしているうちに眠ってしまったらしい。


「! そうだ、ゲーチス…!」


 そこで昨晩のことを思い出したわたしは、慌てて立ち上がってゲーチスを探した。ゲーチスは昨夜と全く同じ格好で、ベッド(正しくは床に引きずり降ろしたマット)に横たわっていた。顔色はだいぶ良くなっていたがどこか呼吸が荒くて、まだ本調子ではないことが伺えた。


「ゲーチス、だいじょうぶ? 熱、少しは下がった?」


「昨夜のことですが」


 ゲーチスはわたしの質問には答えず、単刀直入にその件に触れてきた。昨夜の怯えるような表情はどこへ消えたのやら、傲岸不遜に眉をひそめて、わたしにこう告げてくる。


「誰にも、何も言わないように」


「…うん、言わない」


「…こちらへ、おいでなさい」


 わたしは素直に、ゲーチスの傍に行った。ゲーチスはだるそうに身を起こすと、毛布に隠れていた両腕をわたしの目の前に出した。そして、幾度となくわたしに鉄拳制裁をしてきたその無骨な左手で、右腕の袖を一斉にまくった。


「……!!」


 普段、服や手袋で隠れているゲーチスの右腕を、わたしははじめて見た。ゲーチスの右腕は、とても男のそれとは思えないほど蒼白く、細かった。そしてそこには、目を背けたくなるほどに酷い火傷の痕と、ポケモンのものらしき牙の痕が刻まれていた。その傷を目の当たりにした時、わたしの背中の傷も、じくりと痛んだ。


「右腕だけではありません。両脚にも、同じ痕があります。…それから、右眼にも」


「…ゲーチスも、だったの……?」


「アナタの方が、幾分か幸せです。人と、ポケモン、その両方に殺されかけた、その時の記憶が無いのだから」


 ゲーチスはそう言って、右腕に深く刻まれた牙の痕に、忌々し気に爪を立てた。わたしは何故だか、それがとても痛々しくて見ていられなくて、でもかける言葉もすべき行動も思い付かなくて、ただ黙って俯いていた。けれど、ゲーチスの負った傷は、わたしの言葉や行動で癒せるようなものではないと、次に瞬間に悟った。


「ワタクシにこの傷を負わせたのは、ワタクシの母でした」


「……え?」


「母と、母の所有するポケモンに、ワタクシは殺されかけた。随分と昔の話です」


 まるで思い出話をするように、ゲーチスはそう語った。あまりにも簡単にそう言うものだから、嘘だと思った。ゲーチスお得意の、嘘八百だと。
 でも、違った。嘘じゃなかった。だってゲーチスは、わたしにだけは嘘をついたことはなかった。その下衆な本性も、自分勝手で傲慢な性分も、わたしにだけは覆い隠すことはしなかった。義娘だからか、それとも、ポケモンに殺されかけた者同士だからか。だからわたしは、どんな悪党だったとしても、ゲーチスのことが嫌いにはなれなかった。


「…触っても、いい?」


 ふと、そんな言葉が口からついて出た。ゲーチスは一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、すぐに元の冷たい表情に戻って「好きになさい」と言った。わたしは、恐る恐る手を伸ばして、ゲーチスの右腕の火傷の痕に、そっと触れた。
 黒く変色したその部分は、ざらつくような感触がした。けれど熱があるせいもあってか、触った箇所から温かい体温が伝わってきて、わたしはいっそ泣きたくなった。


「…痛い?」


「何年前の傷だと思っているのですか。もう痛みなど……」


「わたしは今でもたまに、背中の傷、痛い時がある」


「…ごく稀に、痛む時が無い訳ではない。どうしようもありませんが」


「我慢するの?」


「ええ。好きでもない酒を飲んで、感覚を鈍らせるほかありません」


 わたしが撫でた程度で痛みが和らぐわけでもないとわかってはいたが、わたしはゲーチスの腕の傷を、ゆっくりと撫で続けた。なにか言われるかなと思ったけど、ゲーチスは何も言わずに、わたしの小さな手を見て、されるがままになっていた。いつもなら、「いつまで好き勝手しているつもりですか」とでも言って、わたしの頭を小突いてきただろうに。
 昔、ゲーチスは言っていた。『世界から拒絶された』と。わたしは最初、その意味がよくわかっていなかったが、この時になってようやくわかった気がした。人と、ポケモン、その両方が存在し、手を取り合うことで成立しているこの世界。わたしとゲーチスは、人と、ポケモン、その両方から憎まれて、死を望まれた。それは、この世界から拒絶されることと同然だった。
 一番悪いのはそんなことをさせた人であると、わたしは思っているけど、そんなことは記憶が無いから言えるのだ。自分の身に牙や爪を立てられた瞬間を、自分を殺そうとするポケモンの眼を覚えていたら、とてもそんなことは言えなかったと思う。きっと前の晩のゲーチスは、熱にうなされてその時の夢を見てしまったのだろう。自身に向けられた殺意を、その痛みを、思い出してしまったのだろう。


―――だから、わたしは心から本気で思ったのだ。
この人の傷を癒してあげたい。
この人を守ってあげたい、と。―――


「ね、もう我慢しないで、痛い時は痛いって言っていいんだからね」


 わたしはそう言って、ゲーチスの手を握った。骨ばった、温かい手だった。紛れもなく生きている人間の、それだった。


「体調が悪いんだったら、悪いって言えばいいし。ゲーチスが辛そうなの、見てるのイヤだもん」


「…1日は余りにも短い。計画を達成させる為、ワタクシの身を削るほかないのです」


「じゃあ今度から、わたしの身も削っていいから」


 捲られていた袖を元に戻して右腕の傷痕を隠すと、ゲーチスを再び横にさせた。ゲーチスは不満そうにわたしを見ていたが、身体に力が入らないのか、わたしが少し押しただけで容易く横になった。わたしは手に持っていたタオルを再び濡らしに行って、ゲーチスの額に乗せた。


「今日はなんにも考えないで、休んでるよーに」


「そうはいきません、今夜はリブラン氏主宰の夜会が…」


「だーいじょうぶ、わたしにまかせて。おべっか使って、金出させりゃいいんでしょ?」


「……? エル、アナタなにを…」


 この時、わたしは1つの覚悟を決めた。それがどんな意味を孕むものだったとしても、どんな悪事だったとしても、再び人やポケモンから憎まれることになろうとも。わたしは、ゲーチスのことを守ると。


「とりあえず、ありったけのお金もらってくから!」


「…ハァ?」


そう笑ったわたしに、ゲーチスは素っ頓狂な声を洩らした。



* * *



 その夜は、星が綺麗だった。リブランという人が主催する夜会は、ミアレシティにある彼の屋敷で行われ、それは煌びやかな会場だった。その会場に負けじ劣らずの煌びやかな人たちが、如何にもお上品にワイングラスを手に持って、「おほほほ」なんて風に笑っていた。……我ながら、捻くれた言い方だと思うが。


「皆さん、今日は来てくれてありがとう。ワインや料理、それから私の話も、思う存分堪能してってくれ」


 傍らに息子らしき背の高い青年(特徴的な髪型だった)を連れた初老の男性がそう挨拶すると、招待客たちがどっと笑った。何が楽しいのか、わたしにはよくわからなかったが、わたしもそうしておいた。この人が主催のリブランという人らしいことを悟ると、わたしはその人に近づいた。


「リブランさま」


「ん? …おや、可愛らしいお嬢さんだ。どなたのご息女かな?」


 わたしを見たリブランは、そう言って頬を緩ませた。わたしは如何にもお上品に、着ている白いワンピースの裾を摘まんで、恭しく頭を下げてみせた。
 ゲーチスからふんだくってきた金で、とびっきり良い服と靴を買った。それだけだとゲーチスの娘っぽく見えなかったから、美容院に駆け込んで、髪の色をアイツと同じ色に染めた。自分自身を騙すように、これでもかというくらい見た目を飾り立てて、アイツがいつもそうしているように、薄ら寒い笑みを浮かべた。


「お初にお目にかかります。ワタシ、本日ご招待にあずかりました、ゲーチスの娘です」


「ほう、ゲーチス君の? なるほど、眼の色がそっくりだ」


「実は、父が熱を出して、床に臥せてしまって。父は『リブランさまの顔を潰すわけにはいかぬ』と、無理をしてでも今夜駆けつけようとしたのですけれど、ワタシがわがままを言って休んでもらったのです。どうぞご無礼をお許しください」


「そうだったのかい。それはむしろ、こちらが悪いことをしたね。夜会はいつでも開ける、大事にするよう伝えておいてくれ」


「お優しいお言葉、感謝いたしますわ、リブランさま」


 まるで魔法にかかったように、するすると言葉が出てきた。本当にゲーチスの娘になったみたいで、あんまり気分は良くなかったけど、下手にボロが出るよりずっとマシだ。リブランは頬を緩ませて、わたしの頭にポンと手を置いた。どうやら、気に入られたらしい。


「しかし、まだ年幼いのにしっかりとしたお嬢さんだ。フラダリ、お前にも見習ってほしいものだな」


「ははは…。けれど父さんの言う通り、本当にしっかりとした子ですね」


「父親の躾がいいんだろう、さすがはゲーチス君といったところか。…おや、そうなると私は駄目な父親ということになってしまうか。はっはっは!」


「うふふ、そんなことありませんわ。けれど、父をお褒めいただけて光栄です」


「ところでお嬢さん、まだ名前を聞いていなかったな。お名前は?」


 リブランの質問に、わたしはビビヨンが飛ぶように可憐に、笑ってみせた。自分がそんな笑みが浮かべられることを、その時はじめて知った。


「ワタシは『L』。ゲーチスの娘、Lと申します」


 その日、わたしは『L』になった。後に、『プラズマ団の聖女』『理想を司る聖女』だなんて呼ばれる、偽物の『ワタシ』に。



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