アナーキー・イン・ザ・アローラ3


 ディアンの父、ジャコウが去っていき重苦しい沈黙が立ち込める中、最初に言葉を発したのはエルだった。


「…マーシャ〜! アイツどっか行ったから、もう怖くないからね! 安心して大丈夫だからね〜!」


 場の空気をぶち壊すような緩んだ表情で、クチナシの小脇に抱えられているマーシャのもとに直行したエルに、グズマとプルメリ、更にクチナシの年長者組(グズマとプルメリはまだ若者だが)は、「どういう頭してんだコイツ」とでも言いたげな冷ややかな眼を向けた。さしものマーシャですら「ぐ…ぐるぅ〜…」と戸惑った鳴き声を洩らす中、エルはクチナシからマーシャを受け取って抱きかかえる。


「おじさん、もうちょっと丁寧にマーシャのこと扱ってくれない? そんなドッコラーみたいな持ち方して、万が一にも落っことしたらどうすんのさ!」


「ここまで運んできてやったのにそりゃねえだろ。『バークアウト』が聞こえてくるなり、オニゴーリみたいな顔で『どこのどいつだ、マーシャを怖がらせるヤツは!』とか言って飛び出してったんだから、おじさんびっくりしちゃったよ」


「あぁっ、そうだ! プッツンきてたとはいえ、交番に置いて行っちゃったりしてごめんね、マーシャ! わたしがいなくて寂しくなかった?」


「…イッシュ人ってのは、何でこう自由人が多いのかね」


「きゅるう」


 頬ずりしていくるエルを諫めるように、マーシャが肉球でぺちぺちとエルの頬を叩く。呆れ果てたグズマはカイロスをモンスターボールに戻し、すっかり滅茶苦茶になったポケモンセンターの中へと足を踏み入れた。センター内では、プルメリやスカル団のしたっぱたちが、各々のポケモンを介抱している。


「なんだそのザマ、スカル団のプルメリともあろうものが情けねェな」


「…うるさいね、お巡り相手に一発ぶちかましたっていうのに、労いの言葉1つも無いワケ? 第一アンタこそ、随分遅いお帰りじゃないか。グソクムシャじゃなくてカイロスを出したあたり、さては観光客相手に大苦戦したとか」


「あ゛ぁ!? テメェと一緒にすんな、オレはちゃんと勝って賞金ふんだくってきたぞ!」


「フン、あたいだってこんな場所でのバトルじゃなきゃ勝ってたさ!」


「グ、グズマさん、プルメリさん、喧嘩したらダメですよ!」


 バチバチと睨み合いを始めたグズマとプルメリを、慌ててアーリィが止める。そんな中、ひとしきりマーシャを構い倒したエルが、ようやくセンター内のカフェへと戻ってきた。そこで初めて、エルとマーシャはカフェの惨状を目にすることとなった。


「うわぁ」


「ぐ…! ぐーっ、ぐ、ぐぅ〜っ!」


 一言呟いただけのエルに対し、マーシャは身をよじらせてエルの腕の中から抜け出て、床に散乱したエルのお手製フードメニューのもとへ駆け寄ると、主人が心を込めて準備した数々の料理が台無しにされたことにショックを受けたのか、じわりと涙を浮かべる。事の元凶であるジャコウの息子であるディアンは、悲しむマーシャから俯いて目を逸らすしかできなかった。


(…まただ。またオレの大切なモノが、アイツにぶっ壊された)


 ディアンの傍にいた彼の相棒のヌカは、いっそう俯いてしまった相棒に何も声をかけることができなかった。スカル団に入ってからというもの、自分の方が先輩だからという理由であれこれと世話を焼いてくれたディアンのこのような姿を、ヌカは初めて見る。いつもはやかましいほどにお喋りだというのに、すっかり静かになってしまった2人を、スカル団の全員が心配そうに見つめた。
 するとエルが、ふっと穏やかな笑みを浮かべて、マーシャを抱き上げてからディアンのもとへ歩み寄り、視線を合わせるように腰をかがめる。


「ボーちゃんっ」


「……」


「あれ、いつもなら『ボーちゃんって呼ぶな!』って怒るのに。それじゃあ今のうちにいっぱい呼んじゃおっと。ボーちゃんボーちゃんボーちゃん、ボぉーちゃーんっ」


「うるせーっ!! 空気読めバカ!!」


 しつこいほどに『ボーちゃん』と呼びかけてくるエルに、とうとうディアンが顔を上げて怒りだした。今にも泣き出しそうなほどに潤んだ瞳で、エルをキッと睨みつけてくるディアンに、エルはにっこりと笑顔を返す。


「そうそう、ボーちゃんはそうでないとね」


「ほんっとに空気読めよオマエ! 何で、何で怒んねーんだよ…!」


「怒る? なんで?」


 ディアンの言葉に対し、本気で意味がわからないとでも言うかのように、エルが首をかしげる。ディアンはうろたえながらも、怒鳴りつけた手前引けなくなったのか、口ごもりながら理由を話す。


「な、なんでって…! オマエ、朝早くからパーティの準備してたのに、オレのせいで…」


「キミのせいなんかじゃないよ。キミはなんにも悪くない」


 それまでふざけたような口調で話していたエルが、途端にハッキリとした語気でディアンを諭す。その真剣な声に、ディアンは何も言えなくなった。


「そうでしょ、スカちゃん、アーリィちゃん?」


「あ、当たり前っスよ! センパイは何にも悪くないっスカら!」


「そうだよ、悪いのは全部アイツだよ! あたし、ああいう何でもかんでも頭ごなしに否定してくるヤツ、だいっきらい! 家出して正解だよ!」


「お、おぉ…。アーリィ、すっかりスカル団の一員じゃないっスカ…」


「いいね2人とも、アナーキーだね! そんで、プルメリちゃんとグズマは?」


 エルが満面の笑顔で、プルメリとグズマに振り向く。喧嘩の後を引いているのかそっぽを向き合っていた2人だが、エルに声を掛けられると顔を見合わせ、仕方ないとでも言うかのように苦笑した。


「ったく、いつからオレさまのスカル団は、自分のせいだなんだとメソメソするガキの集まりになった?」


「うっ…! だ、だって、オレの親父が警察官なの黙ってたうえに、そいつが乗り込んできたんですよ!? そのせいで姐さんやみんなのポケモンまで……」


「テメェの親父がご立派な警官だろうが、ゴルフに現を抜かす軟弱オヤジだろうが、んなことはどうでもいいだろ。全部ぶっ壊しちまえばいいんだからよ! その為にスカル団に入ったんだろうが」


「……!」


「そもそも、仮にアンタが悪かったとして、それが何だっていうのさ。スカル団はアローラ中のワルが集まるところだよ? ワルはワルらしく、胸張って肩怒らせて、堂々としてりゃいいのさ」


「姐さんの言う通りだぜ! オレら、ワルでなんぼのスカル団!」


「ポリ公に喧嘩売るとか、チョーかっこいいじゃん! めっちゃスカしてるよ、アンタ!」


「ね、姐ざん、グズマざん、お前ら゛ぁ……!」


 グズマとプルメリだけでなく、他のしたっぱ達からも励まされたことでとうとう我慢できなくなったのか、ディアンの眼から大粒の涙が零れ落ちてきた。スリープのモンスターボールをぐっと握りしめながらわんわんと泣くディアンを、ヌカやアーリィなどのしたっぱ達が慌てて慰め始める。その様子を見ながら困ったように笑うエルとプルメリ、顔をしかめて「スカル団がピーピー泣くんじゃねえ!」と怒るグズマを見て、入り口前に立つクチナシはニッと笑った。



「グズマ、プルメリのねえちゃん、あんまりメレメレで悪さするなよ。俺の管轄内でなら目を瞑ってやれるが、ヤツは今回の件でスカル団に容赦しなくなっただろうからな」


「フン、余計なお世話だよ。…まあ、忠告は聞いておいてやるさ」


「…メレメレ島みてえなクソ田舎、誰が行くかよ」


「ならいいがな。…ねえちゃん、今日は気の毒だったな。ジャコウは悪人じゃないんだが、頭が固いというか、一度こうと決めるとそれ以外が見えなくなるヤツでな。あいつなりに子供のことを考えてのことだったんだろうから、許してやってくれねえかな」


「まあおじさんがそう言うなら、マーシャを怖がらせたこと以外は大目に見ようじゃないの。…あ、でも待って! もしかしたらアイツ、わたしのこと調べたりするかな!? わたし、ちょっと合法的とは言い難い方法でアローラに来たから、その辺がバレるとマズイんだけど…!」


「…そこんとこはおじさんが何とかしてやるから。というかねえちゃん、おじさんも一応お巡りってこと覚えてんのか?」


「だってホラ、クチナシおじさんはその辺、うまーく見逃してくれそうだし」


「…まあ、余程の悪ささえしなきゃ見逃してやるけどよ」


 本気で焦っているのかどうなのかわからないエルの様子に、クチナシは呆れたように溜息を吐いた。
 ちなみに合法的とは言い難い方法というのは、アローラまで来る道中に使用した旅客船にて、船員に金を積んで自分とマーシャの乗船履歴を消させたことであり、これは娘の行方を追っているであろうエルの養父に足取りを掴まれないための工作である。
 このことがジャコウに知られ、逮捕されるなどして何かしらのデータベースに自分の名前が残るようなことになれば、ほぼ間違いなく養父かその部下に居所を知られてしまう。つまり警察沙汰はご法度であるわけだが、その割にはすぐにブチ切れてトラブルを起こすというのは、エルにとって耳の痛い話であった。


「さて、それじゃあパーティの続きとしますか!」


「えっ? で、でもエルさん、作ってくれたご馳走はもう……」


「アーリィちゃん、わたしを甘く見てるね? こんなこともあろうかと、エル店長はお楽しみを用意してたんだな、コレが!」


「お楽しみ?」


 エルは一旦マーシャをアーリィに預け、自身はカフェのバックヤードへと引っ込んでいった。何をするのかと覗いてくるしたっぱ達の視線を背に、エルは業務用の巨大な冷凍庫を開け、中に入っていたあるものを取り出す。銀色のトレーに並べられたそれをカウンターテーブルの上に置くと、覗いていたしたっぱ達が驚いたように眼を見開いた。
 そこにあったのは、小さなカップにちょこんと入れられた、バニプッチそっくりの姿をしたものだった。


「お、お楽しみってバニプッチっスカ!?」


「いや、バニプッチにしては小さすぎるでしょ! …もしかして、アイスクリーム?」


「その通り! この間、アーリィちゃんと一緒に取りに行ったきのみで作った、バニプッチ風アイス!」


 よくよく見るとそれは、バニプッチの姿に似せて盛りつけられたアイスクリームであった。目や口、頬の模様まで本物そっくりに再現されたアイスクリームに、アーリィを含めた女の子のしたっぱ達は「カワイイ〜!」と頬を緩める。エルはそれに続けて、冷蔵庫からミックスオレとサイコソーダ(自販機で売っているものではなく業務用)を取り出した。


「ポケモンたちにはこっちね! これでバトルで傷ついた子たちの体力回復もできるというワケ!」


「あっ、そっか! ディアン、スリープを回復させてあげないと!」


「お、おう…。スリープ、出てこい!」


 アーリィに促され、ディアンはモンスターボールの中からスリープを出す。ポンッというお馴染みの起動音の後に現れたスリープは、普段ならばゆらゆらと動かしている鼻をへにゃりと下げ、落ち込んだように肩を落としていた。ハーデリアに対し、何もできずに倒れてしまったことが、余程堪えたようだ。


「スリープ……」


「……りぃ…」


「ごめんな、オレのせいで……」


 ようやく泣き止んだにも関わらず、またもや涙を浮かべそうになるディアンに、スリープはますます鼻を下げる。すると突然、マーシャがアーリィの腕の中から抜け出て、向かい合うディアンとスリープの間に割り込み、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら「ぐぅーぐ!」と鳴き声をあげた。まるで「そんな顔しないで」と励ますかのような愛嬌たっぷりの仕草に、スリープはわずかに鼻を動かす。


「ほら、ボーちゃんもスリープも、しっかり食べて飲んでってよ!」


「…エル」


「ここは人とポケモンが幸せになるための場所なんだからさ」


 エルがカウンターの向こうから身を乗り出し、トレーに乗せたアイスクリームとミックスオレを差し出す。ディアンは一瞬ためらいつつもおずおずとそれを受け取り、ミックスオレの入ったグラスをスリープへ差し出した。スリープはそれを受け取るとグラスに鼻を突っ込み、鼻をストローのように使ってミックスオレを飲み始める。


「…うまいか?」


 ディアンがそう聞くと、スリープはミックスオレまみれの鼻をゆらゆらと動かし、まるで笑うように眼を細めた。


「すりぃ!」











おまけ


「エルさん、落っこちちゃったポフィンとか料理はどうする?」


「うーん、仕方ないからオリエのゴミ処理場に持ってくしかないね」


「あぁ、それならさっき、グズマのグソクムシャが食ってたよ」


「え!? 何それいつの間に!?」


「っていうか食べて大丈夫なんですか!? 床に落ちてたし、踏みつぶされたりしてグチャグチャだったんですけど!?」


「グソクムシャの進化前のコソクムシは腐ったものでも平気で食べるんだから、大丈夫じゃない? 第一、ゴミ処理場に持っていったところで、結局ベトベターが食うんだから同じだろ」


「腐ったものも平気で食べる、ねぇ。…あ、ひらめいた! ねえグズマ、カフェにあった故障した冷蔵庫の中に、いつからそこにあるのか不明のポケモンフーズがあるんだけど…」


「アホか!! いくらオレさまでも自分のポケモンに、あんな腐海の物質を食わせるワケねェだろ!!」


「だよねぇ。ベトベターに食べさせるのも気が引けるレベルの腐海だもん」


「アンタそれでも飲食店の店長か?」


「じょ、冗談だからね!? 店では安心安全な食事を提供するからね!?」



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