慕ノ呪4
その夜、練習を終えた俺と及川、それからバレー部のチームメイト達は、青葉区の郊外に新しくできたラーメン屋に全員で行くことになった。何でも、開店後すぐに行列ができるほどの美味い店らしいと、花巻あたりが言い始めたことがきっかけだった。
「こんな街はずれに店建てたのかよ。マジで行列できてたの?」
「マジマジ、俺並んだもん。俺の3人前で『スープ無くなりました』とか言われて、泣く泣く帰ったもん」
「じゃあもう残ってないんじゃねーの」
くだらない馬鹿話に花を咲かせながら、申し訳程度に建っている街灯に照らされたあぜ道を歩いていた。だが、ある一点に差し掛かった時、俺はこの道に既視感があることに気付いた。
(…もしかしてここ、あの神社の近くか?)
あの神社、と言うのは言わずもがな、清水神社のことだ。及川の駆け込み神社とは言ったものの実は、最初に水無瀬に助けを求めた一回だけしか、俺は清水神社に行ったことがなかった。清水神社の恩恵を一番受けているはずの及川も、水無瀬が手水舎の水を持ってきてくれることがほとんどなので、直接行ったことは恐らくないはずだ。
「岩泉さん、どうかしました?」
「…わりぃ、金ほとんど無いのを思い出した。ちょっくら降ろしてくる」
「えぇー? 貸そっか?」
「大丈夫だ、お前らは先に行ってていい。さっきあったコンビニまでひとっ走りしてくるわ」
「わかったわー。ラーメン屋、ここ真っ直ぐ行ったところだからなー」
ぷらぷらと手を振り返してくる花巻たちに軽く手を挙げて応え、俺はコンビニではなく清水神社に繋がる道へと走った。正直、そこに水無瀬がいる保証もないし、そもそもあの神社と水無瀬がどういう関係なのかも知らない。パッと見てきて、誰もいなかったらパッと戻ろう。そんな軽い気持ちで、俺は遠目に見えてきた石段のもとまで走り、そして長い長い階段を登り始めた。
前に真夜中に来た時とは違い、神社の入り口の灯篭に灯りが点いていた。風の音と虫の声、そして手水舎の水が流れる音が聞こえてくる。灯篭の灯りを頼りに石段を登り切ると、境内に誰かが立っているのが見えた。後ろ姿しか見えなかったが、薄暗い中でも長い黒髪の女だということだけは遠目からでもわかった。
「水無瀬?」
俺がそう声をかけると、その女が驚いたように振り返ってくる。だが、その人物は水無瀬ではなかった。それどころか、この世にこんな美人がいるのかと思うほどの美女だった。及川がいたらさぞやうるさかっただろう、ヤツがいなくてよかった。黒髪に眼鏡をかけているその美女は、ツカツカと俺の方へ近づいてきた。
「参拝客? 悪いけど、今日はお引き取りしてもらっていいですか。今、本殿で取り込み中なんです」
「は…はい、スンマセン。あの、ここに日本人形みたいな長い黒髪のヤツが来ませんでした? 青城の制服を着てると思うんですけど…」
俺がそう聞くと、その眼鏡美女は驚いたように目を見開いたかと思うと、今度は訝しげに俺のことを見てきた。よくよく考えてみれば確かに、変な尋ね方をしたなと思うが、それ以外に何とも形容できなかったのだから仕方ない。
「あなた、夕莉に何か…」
「潔子ねえさま、どうかされましたか」
そこへタイミング良く、拝殿から水無瀬が現れた。まさか本当にいるとは、俺は自分の予感が当たったことにも驚いたが、それ以上に驚いたことがもう一つあった。
水無瀬はいつもの制服姿でもなく、一度だけ見た黒ずくめの私服姿でもなく、白い着物に赤い袴という、いわゆる巫女装束を着ていた。本物の日本人形のように降ろしていた髪も、後ろで1つに束ねている。俺が思わず口を開けて驚いていると、先ほどまで俺を不審がっていた眼鏡美女が水無瀬のもとに駆け寄った。
「夕莉、もういいの?」
「現段階で打てる手は全て打ちました。後は時間と、彼女自身の意志が解決することを願うしかありません。本殿を貸して頂いて、本当にありがとうございます」
「ううん、じじさまのお達しだもの。ところで、そこの人は夕莉の知り合い?」
「高校の先輩です。大丈夫です、とても良い人ですから」
「…そう」
眼鏡美女はやはり、怪しいものを見るかのような眼で俺を見てくるが、水無瀬は俺のもとへトコトコと駆け寄ってきた。如何にも動きにくそうな格好をしているのに、軽やかな足取りだった。
「こんばんは、岩泉さん。どうかされましたか」
「いや…近くまで来たから、お前がいるんじゃねえかと思って来てみたんだ。それにしても水無瀬、なんだその格好? 今まで学校休んで何してたんだ?」
「祓(ハラエ)の儀式をしていました。食事の約束を反故にしてしまってすみません」
「ハラエ? 何だそれ?」
「祓とは、罪を犯し穢れを生んだ者に対し、その穢れを祓う神事のことです。禊と似たようなものですね」
「禊…まさか、また及川に関わることか!?」
俺が思わず声を荒げると、水無瀬がゆっくりと頷く。実のところを言うと、水無瀬が長らく学校に来なかったのは、もしかしたらそういうことなんじゃないかと思っていたのだ。俺はすぐに踵を返し、チームメイト達と一緒にいるであろう及川のもとへ向かおうとする。だが、水無瀬はどこか力の抜けたような声で、俺を呼び止めた。
「及川さんなら大丈夫です。何の影響もありませんし、これから影響が出ることもありません」
「は…?」
「そこの手水舎で手と口を洗ってから、こちらへ来てください。見ていただきたいものがあります」
水無瀬はそう言って、緩やかに水盤から水が流れ落ちている、手水舎を指差す。その水の音を聞いていたら、何故だか頭がスゥーっと冷えていった。俺は水無瀬に言われた通り、その水で手と口を洗う。作法は昔、ばあちゃんから習ったから、特に問題はないはずだ。
眼鏡美女にじとっと見られながら、俺は水無瀬に招かれるままに拝殿へと足を踏み入れる。恐らく、拝殿の奥に本殿があるはずだが、そこへ繋がる扉は固く閉ざされている。拝殿の中はうっすらと木の匂いがしていて、部屋の真ん中に俺の頭ぐらいの大きさの水瓶が置いてあった。明らかに不自然に置かれたそれを不思議に思って中を覗くと、少し揺らせば溢れてしまいそうなほど、水でいっぱいになっていた。そして何よりも異様だったのはその水に、人型に切られた何枚もの紙の切れ端が浮いていたことだった。
「なんだ、これ…?」
紙人形は市販されているごく一般的な消しゴムほどの大きさで、水に濡れたせいか腹の部分が黒く滲んでおり、何らかの文字が書かれていたであろうことが伺える。そして、頭の部分に針で開けたような小さな穴が開いており、その穴を通すようにして細い髪の毛のようなものが縛り付けられていた。そのことに気付いた時、俺は少し前に新宮の野郎が言っていたことを思い出し、もっとよく確かめようと水の中の紙人形に手を伸ばした。
「触らない方がいいです」
しかし水無瀬に制され、ハッと息を呑んで手を止めた。水無瀬に振り返ると、水無瀬は後ろで束ねていた髪を解き、見慣れた日本人形のような髪型になっていた。
「清めたとはいえ、もともとは穢れの塊であったようなものです。それに、単純に衛生的によくありませんし」
「衛生的?」
「少し前までそれは、人の体内にあったものですから」
それはどういうことか、そう聞きたかったのに声が出なかった。水無瀬は俺の反応を気にしたのか気にしていないのか、淀みなく語り始める。
「それは『形代(カタシロ)』と言って、『厭魅(エンミ)』という呪術に使う道具の1つです。藁人形のようなものと思って頂ければわかりやすいかと。その水瓶の中には、全部で二十の形代が入っています」
「二十…ってことは、及川の髪を買ったっていう3年生か!?」
「はい、そうです」
やはり、あの紙人形に結びつけられていたのは、及川の髪だった。つまり、あの紙人形は全て、及川を呪うのに使ったということか。焦りと怒りで腸が煮えくり返りそうになる中、頭のどこか冷静な部分ではそれにしては変だと思い始めていた。
俺はそこまで呪術というものに詳しくないが、紙人形やら藁人形やらを呪いに使うのなら、釘を刺したり切り刻んだりするのが一般的なイメージのように思える。だが、この水瓶に浮かぶ紙人形は、傷と言えそうなものは髪を結びつける為の穴ぐらいなもので、それ以外に傷らしきものは全くついていなかった。そして何より、さっき水無瀬はこの紙人形が『体内にあった』と言っていた。どういうことか、その答えは何となく、俺にも予想がついてしまっていた。
「以前、及川さんへのプレゼントのお菓子に髪の毛を入れられた時、言いましたね。『本当に怖いのは逆の方だ』と」
「…ああ」
「及川さんの髪の毛を買った3年生は、腹の部分に及川さんの名前を書き、頭の部分に及川さんの髪の毛を結びつけ、及川さんに見立てた形代を二十枚作った。そしてそれらを、全て飲み込んだんです」
水無瀬の言葉を聞いた俺は、その話の全身を覆いつくすような悍ましさに、思わず鳥肌がたった。想像したくもない光景が、勝手に頭の中に浮かんでいく。18歳やそこらの細身の女が、不気味な笑い声を上げながら、この水瓶に浮かぶ紙人形を飲み込んでいく様を。
「…そ、その呪いを受けると、及川はどうなるんだ?」
「一概には言えませんが、まず何となくだるい程度の小さな身体の不調から現れるでしょう。次にやる気や活気というものが奪われ、次第に何事にも無気力になっていくと思います。自分の考えや習慣が徐々に失われ、自分が何をしたいのか、何をすべきかも考えることができなくなり、バレーにすら心が動かなくなる。最終的には一人では何もできない、廃人のような状態に成り果てるでしょう」
「…!!」
「及川さんと同化したい、一つになりたいと思って、及川さんの食べるものに自分の身体の一部を入れる女の子と、全く逆のことです。『及川さんが私の一部になればいい』、『及川さんが私に同化すればいい』。及川さんが自分自身を無くし、そんな及川さんを自分の中に取り込むこと、そういった望みこそが術者の呪いの源だったんです」
「クソが…! そんな自分勝手な考えで…!」
「ですが安心してください。及川さんにはその呪いは届いてません」
「なっ…!? 本当か!?」
水無瀬が余りにもハッキリとそう言うものだから、俺は安心するより先に信じられないという気持ちの方が大きかった。だが水無瀬はいつも通りの無表情に、いつも通りの抑揚のない口調で、危機的な予感を一切感じさせなかった。
「確かに、及川さんに向かって呪いの矢は飛ばされました。ですが、呪いが及川さんに届く前に、及川さんが無意識的に呪詛返しをしたんです」
「…は? 呪詛返しって…前に水無瀬がやったみたいにか?」
「厳密に言えば私の呪詛返しとは違います。及川さん自身の強い意志が、呪いを跳ね返したということです。及川さんは、『自分が自分以外の何者かになることなど決してありえない』という思いが、誰よりも強い人なんだと思います」
「そ、そんなもんで呪いが跳ね返せるもんなのか?」
「呪いの源は人の心です。それに打ち勝つのも、人の心です。誰かを守りたいと思う心や、絶対に負けたくないと願う心…。それこそが一番のお守りなんです」
つまり、及川が『俺は俺だ』と思う心が、呪いを打ち負かすほど強かったということらしい。だがそれは、俺にとって一番納得ができる答えだった。どんなに目の前に天才に追いつけなかろうと、背後の天才に迫り来られようと、あいつはその才能を羨んだりしたことはなかった。『及川徹』という凡人の力で、遥か上の天才どもを打ち負かす。それこそがあいつの望みで、そして夢なのだから。
「及川が無事なのはよかった。だが、その3年生は? またそいつが及川を呪ったりしない保証は無えだろ?」
「…いえ、彼女はこれからしばらくは、そんなことをできるような状態ではないでしょう」
「?」
水無瀬の意味深な発言に、俺は首を捻った。そんなことはしない、ではなく、そんなことをできる状態じゃない? だがその答えは、最もわかりやすく尚且つ胸糞悪い、最悪の光景を見せられることで、嫌というほど理解せざるを得なかった。
「…少し、本殿から離れていてください。あまり見ていて気分のいいものではありませんが…」
水無瀬にそう言われ、俺は大人しく数歩下がる。すると、水無瀬は本殿と拝殿を分かつ木製の扉に手を掛け、そしてゆっくりと開いた。
「うふ、うふふふふふふ、ひ、ふひひひ、ひひひ、ふふ、ぅふふふふふふふふひひひひぃひひひひひひ、ひひひひひひひひひひひひひひひひ、ぃぃひひひひぃひぃぅぅふふふふふふふふふふふ」
「ーーーッ!!」
叫びだしそうになったのを、寸でのところで堪えた。それは、ヒトであることすら疑わしいほどの、異様なモノだった。痩せぎすの身体、ゲッソリと痩けた頬に、口裂け女を思わせるような吊り上がった口角。夜の闇のように真っ黒な瞳は、どこにも焦点が合っていなかった。水無瀬は静かに、その異様なヒトを見下ろしている。それが及川に呪いをかけた張本人なのだと気付くのに、しばらくかかった。
「…人を呪わば穴二つ。自分が受ける報いと、及川さんが受けるはずだった強い呪いが、全て自分の身に跳ね返ったんです。もともと弱い人だったのでしょう、自分自身すら見失って、こんな風になってしまった」
水無瀬の声など聞こえていないのか、狂ったそのヒトはケラケラと笑っている。その悍ましい笑い顔を隠すかのように、水無瀬は静かに扉を閉めた。俺は思わず力が抜けて、間抜けにもその場に腰を下ろしてしまった。
「…あのヒトは、元に戻るのか?」
「丸5日かけて穢れは全て祓い、その身を御神水で清めました。後は、彼女自身が自分を取り戻すしか手はありません」
「…そんな、いくら何でもあんな風になることは…」
「知らずに誰かを呪う人もいれば、本気で相手を殺す気で呪う人もいる。けれど、因果は必ず自分に返ってくる。それが良いことでも、悪いことでも、必ず。人はそれをしっかりと受け取り、そして次に進まなければなりません」
水無瀬は座り込んだ俺に手を差し出した。白くて小さい、握ったら簡単に折れてしまいそうな手だった。手首のあたりに一筆書きしたような星の形の痣があるのが見える。俺はその手を掴んで、立ち上がった。
「ですから、岩泉さんはいつまでも、次へ進むことができる人でいてください。そうすることで、及川さんもきっと救われているはずです」
水無瀬が言うことは、何となく理解ができた。そして、俺もそうありたいと、強く思った。それはきっとバレーにしろ他のことにしろ、いつか突きつけられる『限界』が、わかってしまっているからなのだと、そう悟った。
その翌週、約束通り俺と及川と水無瀬、そしてオカ研の部長である先輩と、4人で飯を食いに行った。水無瀬が『好物は米』というので、駅から少し歩いたところにある和食チェーン店を及川が探してきた。俺と及川が揃ってとんかつ御膳を頼む中、水無瀬は山菜御膳とかいう肉の欠片もないメニューを頼んでいた。だからそんな折れそうなほど細いんだと思ったが、本人が美味そうに食っているので何も言わないでおいた。
「先輩、本当に何も頼まないんですか? お世話になったからご馳走するって言ってるのに…」
「いーのいーの! ボクはご飯を食べてるみんなを見るだけでお腹いっぱいだから!」
「っていうか結局、アンタはなんて名前なんですか? いい加減に自己紹介してくださいよ」
「さっき受付の名前書くとこに書いたじゃーん! 可愛い店員さんが呼んだの聞こえなかった?」
「ええ聞こえましたとも、『4名様でお待ちの三蔵法師様』っていう半笑いの店員さんの声が! 先輩も『孫悟空、沙悟浄、猪八戒! 行きますよ、天竺へ!』じゃないですよ! BGMまで周到に用意してるし!」
「傑作だったでしょー? ガンダーラと迷ったんだけど、やっぱりモンキーマジックかなと思ってさー!」
「何やってんだアンタは」
あははは、と笑いながら水を飲んでいる先輩にほとほと呆れながら、黙って飯を食っている水無瀬を見下ろした。イメージ通りというか何というか、箸の使い方が綺麗だと思った。すると見られていたことに気付いたのか、水無瀬が箸を止めてこっちを見上げてきた。
「どうかされましたか」
「いや、何でもねえ。それよりお前もうちょっと食え、とんかつ一切れやるからよ」
「えぇっ!? あの岩ちゃんが誰かに肉をあげるなんて! やっぱり岩ちゃん変だよ、この間のラーメン屋も並盛りしか食べなかったし!」
「あん時は金が無えからだっつっただろ」
というのは嘘で、あんなモノを見たすぐ後だったから、食欲が一切湧かなかったというのが本当のところだが。及川には、あの3年生のことは話していない。本人が気付いていないのに、恐怖を煽るような真似をするのも嫌だった。ただでさえこいつはビビりなワケだしな。
あのヒトは水無瀬の話では、少しずつだが回復の兆しを見せつつあるらしい。まだ通常生活には戻れないが、声をかければ返事を返す程度にはなったそうだ。あのヒトの家族曰くもともと無茶なダイエットをしていたらしく、身体の免疫が異常なほど低下していたのもああなった一因だという。普段は清水神社の社務所で水無瀬や家族が様子を見ていて、もう少し調子が良くなれば、呪いを行うことの危険性を説くつもりだと、水無瀬が少し前に話していた。
それと、これは俺の判断で勝手にやったことだが、新宮にその3年生のことを話しておいた。自分が考えなしに売ったもので、そんな状態に陥った人がいるということを、あの野郎はちゃんと知るべきだと思ったからだ。新宮はその話を聞いて、自分のしでかしたことの危険さを改めて思い知ったらしい。せいぜい可愛らしいおまじないに使う程度だと思っていたそうだ。改めてこってり絞っておいたが、あの野郎も及川に対して複雑な恨み方をしているから、また何かやらかさないかどうか心配ではある。今度なんかやったら容赦なくぶん殴るがな。
「あっ…そうか、そういうことか! はは〜ん、岩ちゃんったらこの俺を差し置いて隅に置けないな〜」
「は?」
「ズバリ、春が来たんでしょ? 好きな人ができたんでしょ? その人を思うと揚げ出し豆腐も喉を通らないワケなんでしょ? 大親友の岩ちゃんのことなら、及川さんにはまるっとお見通しだよ!」
「死ね」
「ちょっ、ストレート過ぎない!? 酷くない!? 本当に死んだらどうするの!?」
「…それは困るな。やっぱ生きろ。そんでタンスの角に足の小指をぶつけまくる一生を送れ」
「イヤだそんな一生! 及川さんの足の小指も大切にしてあげて!」
及川がギャンギャンと叫ぶ。飯の席で騒ぐな、行儀が悪い。とはいえ、やはりこいつは俺にとって一番のセッターで、そして一番のダチだ。髪を切られるという実害はあったが、それ以上のことは起きなくて本当によかった。
「あっ、そういえば先輩! 俺の守護霊がジョンなら、岩ちゃんの守護霊ってどんななの? ずっと気になってて聞きはぐってたんだよ!」
「岩泉くん? 岩泉くんはね、なかなか凄い守護霊だよー。ラオウみたいなお侍さん!」
「えっ!? ウソ、カッコいい! 見たい!」
「岩泉くんの遠いご先祖みたいだねー。随分凄い戦いに出陣したんだろうねー、鎧が血で真っ赤になってるもん!」
「あっ、やっぱりダメだ、俺グロいのダメだもん! でも岩ちゃんのご先祖さま見たいー!」
「飯ぐらい静かに食え!!」
「あだっ」
「お二人は本当に仲がいいですね」
水無瀬が茶碗についた米粒を1粒ずつ取りながら、抑揚のない声でそう言った。前言撤回、やっぱこいつのダチというのは不名誉なことこの上ない。隣に座る及川の耳を引っ張りながら、俺は溜息を吐いた。
とまあ、今回の件も水無瀬のおかげで、何もかも問題なしという訳にもいかなかったが、ひとまずのところは片がついた。だが、水無瀬に対する謎は深まったばかりだ。水無瀬と清水神社の関係、それから人の悪い感情を読むことができるという奇妙な力。もともと謎だらけのヤツではあるが、水無瀬は一体何者なのか。今の段階ではわからないが、いつかそれを知る時も来るだろう。少なくとも、このクソ川が誰にも彼にも呪われたりして、俺たちが水無瀬との付き合いを切ったりしないうちは。その時まで俺は、一緒に飯でも食いながら待つことにしよう。
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