生ノ呪1
俺は幽霊とか、そういう目に見えないものが嫌いだ。別に怖いわけじゃない。幽霊なんかよりも、怒ったおかあちゃんの方がよっぽど怖い。俺が幽霊が嫌いなのは、あいつらは俺がどうにかしようとしても、どうにもできない相手だからだ。
例えばバレーの凄いプレーヤー、話題に出したくなんかないけどウシワカヤローとかだったら、ヤツへの対抗策を取ることができる。だけど幽霊はどうにもできない。見えないし触れないし、見たら死ぬとか話を聞いただけでアウトとか、そんな理不尽なヤツらばっかりだ。俺の努力でどうにかできるならいいんだけど、アイツらはできないじゃん! よく『本当に怖いのは人間の方ですよ…』みたいな感じの話もあるけど、幽霊に比べれば全然公平だと思う。だって相手が人間だったら、俺の努力次第でどうにかできる。そいつの手の届かない場所に逃げればいいんだし、最悪の場合は包丁で刺せば死ぬんだし。
…あ、俺のこと危ない奴だって思った? その通り、俺は結構危ない奴なんです。だけど、勘違いしないでほしいのはね。俺がそういう危ないことを言い出すのは、俺の邪魔をしてくる奴に対してだけなんだよ。俺の邪魔をしないで、尚且つ俺を応援してくれる子に対しては、及川さんはめっちゃ優しいからね。
今回の話は、そんな俺の二面性というヤツが結果的に招いてしまった、そんな話。俺は死ぬほど怖い思いをしたけど、だけど俺には心強い味方がいたもんね。お菊さんなんて呼ばれてるけど、実はとっても優しくて可愛い夕莉ちゃんが!
「なあ、及川知ってる? ある体育館の天井に挟まってる、バレーボールにまつわる話」
練習が終わり、最後まで居残り練をしていた俺や岩ちゃん、それからマッキーとまっつんは、部室で練習着から制服に着替えていた。そんなとき、まっつんがやけに含みのある笑顔を俺に向けて、そんなことを言い始めた。岩ちゃんは『バレーボール』という単語に興味を示してたみたいだけど、でも俺は知っている。まっつんが「なあ、知ってる?」という切り出し方をする時、それはたいてい怖い話をする時だ。もちろん目的は俺をビビらせるために。
「その体育館は、もともとは小学校の体育館だったんだけどさ…。その体育館の中で男の子が1人、ボール遊びをしている最中に足を滑らせて頭を打って、そのまま亡くなったらしい…」
「ちょ、ちょっとまっつん! なにその不穏な始まり方!」
「その事件からすぐに小学校は廃校になって、その体育館は一般開放されたんだが…。近所に住んでいたバレー部の男子高校生が、その体育館を仲間内で借りて練習してたんだ…。そしたら練習中、ボールが天井に挟まってしまったんだ…」
「聞いてる!? 俺の話聞いてる!? あとまっつん、いつもはそんな喋り方しないよね!?」
「そのボールはこっそり学校から持ってきたボールだったから、その男子高校生たちは慌てて天井のボールを取ろうとした…。だけど、どんなに頑張ってもそのボールを取ることができない…」
俺のツッコミを無視して、まっつんは神妙に語り続ける。なんだったら岩ちゃんやマッキーの方が聞き入ってる始末だ。まっつんは妙に語り上手なところがあるが、その才能はこんなところで発揮しなくてもいいんだけど…。
「もうすぐ体育館が閉まるという時間になって、ようやくボールを取ることができた…。ボールは男子高校生たちのリーダー格のやつが持ち帰って、明日の朝すぐに学校に戻すことになっていた…。ところがその夜、そいつが眠っていると急に金縛りにあった…」
ほら、出た。金縛り。いきなり動きを封じ込めるとか、卑怯以外の何ものでもないと思うんだよね。せめて真正面から出てきやがれって思うんだよ、いや出てこられても困るんだけど。そんなことを言っても「要するに怖いんだろ」と岩ちゃんに呆れられるから、言いはしないけど。
「手足は動かず、瞼も開けられない…。だけど唯一、何か声のようなものが聞こえてくる…。『かえして…かえして…』、そう呟く子供の声が…。何を返せって言うんだ、そう聞きたくても声が出ず、耳元の声はいつまでも頭の中に響いていた…。そして夜は明け、気が付くと朝になっていた…」
「うぅぅぅ…まだ続くわけ…?」
「あの声のことが気になっていたが、朝一番にボールを学校に戻さなければならなかったので、すぐに学校へ登校した…。そしてボールを倉庫に戻そうとしたその時、そいつはあることに気付いた…。昨日、体育館の天井に挟まったボールに、子供のものらしき小さな手形が残っていたことに…!」
「ギャーーーッ!!! まっつんの馬鹿、もう天井に挟まったボールのこと、清らかな眼で見れないーーーッ!!!」
「いや、逆に天井のボールを清らかな眼で見てたのかよ」
耳を塞いで叫んだ俺のことを、まっつんとマッキーがゲラゲラと笑う。岩ちゃんは俺を呆れたように見ていたが、岩ちゃん自身もちょっと怖かったみたいで目が泳いでいる。岩ちゃんは小さい頃から、不幸の手紙とか心霊写真とか、すぐ真に受けちゃうタイプだったからね。
「っていうかさ、お前ら生ける幽霊物件みたいなヤツらと仲良いじゃん。なんでそんな怖がりなワケ?」
「は? 生ける幽霊物件?」
「あー…水無瀬のことか?」
岩ちゃんが複雑そうに呟く。水無瀬夕莉ちゃん、青城では『お菊さん』と呼ばれるその子は、確かに色々と謎だらけのオカルト少女だ。この間クラスメイトから聞いたんだけど、お菊さんと目が合うと魂を吸われるという噂まであるらしい。もちろんそんなはずがないんだけど、けれどそういう話を思わず信じてしまいそうな、そんな雰囲気がある子なのは確かだ。
「お菊さんもそうだけどさ、『ナナシ先輩』の方もアレだろ」
「ナナシ先輩? 誰それ?」
「オカ研の部長。あの男だか女だかよくわかんねー人」
「ああ! ってか、あの先輩ナナシっていう名前なの?」
「ちげーよ。誰も名前を知らないから『ナナシ先輩』。名前どころか学年とかクラスを知ってる奴もいないから、実は幽霊なんじゃないかって噂まであるし」
「何それ、そういうのやめてよ!! 次会う時に悲鳴あげちゃったらどうすんのさ!!」
「知らねーよ」
マッキーの馬鹿!! なんでそういうこと話すのさ!! 確かにあの先輩は、夕莉ちゃん曰く『この世のものではないものは大抵視える』とかいう、物凄く霊感の強い人らしい。その霊感に助けられたりもしたけど、でもやっぱり怖いものは怖いんだよ! まあ、あの先輩のおかげで、俺の守護霊が昔飼ってたゴールデンレトリーバーのジョンだってことがわかって、あれからちょくちょく庭の墓にお線香とか供えるようになったんだけど。たまにはジョンが好きだったビーフジャーキーでもお供えしてあげようかな。
「確かに変な奴らだが、水無瀬の方はいい奴だし、先輩の方は話してみると案外ノリは軽いぞ。お前らとも上手くやれそうな気がするがな」
「えっ、マジで? 岩泉がそう言うなら、そうなのかもな」
「そうそう、百聞は一見に如かず! 今度、マッキーとまっつんもオカ研の部室来てみたら?」
「いや、でも及川みたいに『オカ研に洗脳されてる』みたいな噂が広まったら嫌だし、ちょっと慎重にいくわ」
「ちょっと待って、なにその噂!? 初耳なんだけど!?」
「いいからとっとと着替えろ、テメーら!」
既に着替え終えていた岩ちゃんが、何故か俺だけを蹴飛ばしてきた。テメーらって言ってるのに俺だけって酷くない!? でも、確かにそろそろ警備員さんが見回りに来る時間帯だったので、俺は急いで制服に着替えた。
…そう。はじまりは、まっつんがこんな怪談話を話した日の、その夜のことだった。
「おかあちゃん、俺もう寝るねー」
「はぁい、おやすみー」
風呂から上がった俺は、リビングでテレビを見ていたおかあちゃんに声をかけてから、自分の部屋へ戻った。部屋に戻ったら日課のストレッチをして、それから宿題とかがない時は動画サイトとかでバレーの試合のビデオを見ることにしている。だけど、今日ばかりは何故だかそんな気持ちにはなれずに、ストレッチが終わったらすぐに寝ることにした。
(今日はなんだか、いつもより疲れた気がする…。絶対にまっつんのせいだ…)
怖がるにもエネルギーがいる、まっつんの怪談話を聞いて叫んだせいだと、その時は思っていた。とはいえ、長く休息をとることは悪いことではないし、俺は特に気にせずに、電気を消して布団に寝転がった。
カチ…カチ…カチ…
目を閉じると、時計の秒針の音がやけに耳についてくる。たまにうるさいと思う時もあるが、兄ちゃんとの2人部屋から晴れて1人部屋になった小学2年生の頃から聞き続けてきた音なので、なんとなく落ち着くようなそんな気もする。それに俺ものび太ほどじゃないが、布団に入ったらすぐに寝れる方なので、じきにそんな音も気にならなくなるものだ。
カチ…カチ…………
じきに意識が薄れてきて、秒針の音も遠くの彼方へ消えていく。今日も疲れた、さっさと寝てしまおう…。そう頭の隅で思いながら、俺は眠りについた。
カチ…カチ…カチ…
(…んぅ…?)
ふと、秒針の音が聞こえてきて、半分微睡みつつも俺は目を覚ました。やけに瞼が重く、外が明るいのか暗いのかもわからないが、人の声も車の音も何も聞こえてこない。どうやらまだ夜中のようだ。
(変な時間に起きちゃったみたいだな…。今、何時だ…?)
俺はごく自然に、目覚まし時計代わりに枕元に置いていたスマホで時間を確かめようと、布団の中に収めていた腕を布団から出そうとした。その時、あることに気付いた。
(あ…あれ…? 体が…動かない…?)
スマホを取るために持ち上げようとした右腕が、ビクとも動かない。いや、腕どころか、指一本すら思うように動かすことができなかった。おかしいと思って、左腕や脚も動かしてみようとしたが、結果は同じだった。よくよく試してみれば、やけに重いと感じていた瞼さえ、開くことができなかった。
「ところがその夜、そいつが眠っていると急に金縛りにあった…。手足は動かず、瞼も開けられない…」
…や、やだなあ、変なこと思い出しちゃった。これはホラ、アレだよ、頭は起きてるんだけど身体は起きてないっていう、睡眠麻痺っていうんだっけ? 断じて、か、かかかかか、金縛りなんかじゃないよ、うん。きっと疲れてるのかな、まあ春高予選まで1か月切って、練習はいつにも増して厳しくなってきてるし。学校を出てからも結局、岩ちゃんと一緒に近くの空き地でパスしたし。こういう時は下手に動かそうとしないで、しっかり休むに限るよね、うん。俺は自分にそう言い聞かせて、もう一度眠りにつこうとした。
カチ…カチ…カチ…
もう一度眠ろうとした、そのはずなのに、いつもは気にならない秒針の音が気になって仕方がない。手足も動かず、目も開けられないので、耳に神経が集中しているのかもしれない。いや、気にしないで速く寝よう。
カチッ…カチッ…カチッ…
ダメだ、どうしよう。眠れないし、時計の音がうるさくて仕方がない。これはおかしい、明らかに疲れのせいなんかじゃない。一体何が起きているんだ?
カチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ
うるさいうるさいうるさい! 一体なんなんだよ、何が起きてるんだよ! 得体の知れない恐ろしさに怯える気持ちよりも、訳が分からないことへの苛立ちの方が遥かに大きかった。俺は渾身の力を振り絞って、重くて仕方がない瞼を何とか開いた。
「ァーーーーーーーーーーーーー」
その時、俺が見たものは、俺を見下ろしてくる髪の長い女の姿だった。
俺はそこで気を失い、次に目が覚めた時には朝になっていた。
「夕莉ちゃーーーんっ!!! 昨日の夜!!! 金縛りが!!! 女の人に見られた!!!」
『落ち着いてください、及川さん。とりあえず一旦、深呼吸しましょう』
翌朝、目が覚めると真っ先に、夕莉ちゃんに電話した。いつもなら、何かあったら真っ先に岩ちゃんに電話するんだけど、今回は状況が状況だけに、夕莉ちゃんに電話する以外の選択肢が浮かばなかった。我ながら意味不明の説明をする俺に、夕莉ちゃんはいつも通りの淡々とした声で受け答えしてくれた。
「すーはーすーはー…。よ、よしっ、落ち着いたよ…」
『そうですか。では、何があったのか教えていただけますか』
夕莉ちゃんの声を電話越しに聞いて、元通りのクールなイケメンぶりを取り戻した俺は、なるべく冷静に昨晩あったことを話した。思い出すだけで泣きそうなほど怖かったが、夕莉ちゃんはちっとも深刻そうには聞こえない声で「はあ」「なるほど」「そうですか」と相槌を打っている。俺が全て話し終えると、夕莉ちゃんは数秒ほど考え込むように沈黙した。
「俺、霊感なんて無いと思ってたんだけど…。いや、あっても困るんだけどさ!」
『その女を見たのは夜中なんですよね。もしかしたら、丑三つ時だったのかもしれません。陰の気が強く満ちる時間帯ですから』
「そういうホラー豆知識はいいよ! それより、こういうことってやっぱりヤバイやつ!?」
『…いえ、それほど問題はないと思います。今こうして話している最中も、及川さんの声や周りの音は平常そのものですから。とはいえ、見てみないことには断言できませんので、昼休みにオカルト研究部の部室に来ていただけますか』
「うん、わかった! 昼休みね! 絶対だよ、夕莉ちゃんいなかったら泣くからね!」
『なぜ私がいないと及川さんが泣くのかはわかりませんが、では昼休みに部室でお待ちしています』
「あっ! ちょっと、夕莉ちゃ…」
俺が話し終わらないうちに、夕莉ちゃんは電話を切ってしまった。それほど問題はないと思います、って言ってはいたけど、そうですかヤッター!なんて言えるほど俺は聞き訳がよくない。とにかく、今日の昼休みに夕莉ちゃんのところに行って、アレが何だったのか解き明かしてもらわなければ。そう思いながら通話を終えたスマホの画面を見ると、気がつけば家を出る時間帯になっていた。
「うわっ! もうこんな時間!? 朝練始まっちゃう!」
「徹ー? まだ寝てるのー? はじめくん来てるわよー」
「クソ川ァ!! いつまで寝てんだテメェ!!」
「待って待って、今行くからーっ!」
ああ、やっぱりバレーっていいなあ。不安なこととか全部忘れられる。俺は岩ちゃんが部屋に乗り込んでこないうちに、急いで練習着の上から制服を着て、エナメルバッグを引っ掴んで部屋を出た。
そして昼休み、ある程度の事情を把握した岩ちゃんと一緒に、俺はオカ研の部室へとやってきた。約束通り、夕莉ちゃんは定位置となっている窓際の席に座って、昼ごはんを食べていた。
「夕莉ちゃーんっ!」
「水無瀬、朝から悪かったな。このアホが大げさに騒ぎ立てて」
「ちょっと岩ちゃん! ホントに怖かったんだからね!? 岩ちゃんにも見せてあげたいぐらいだよ!」
「誰が見るかそんなモン」
「それで、どうなの夕莉ちゃん? やっぱり俺、憑りつかれてるの!?」
俺が柄にもなく必死に問いかける中、夕莉ちゃんは俺のことをじーっと見つめていた。そのあまりの熱視線に、なんだかそんなに見つめられると照れちゃうな、なんて思う。すると、夕莉ちゃんはなにか納得したのか、小さく頷いた。
「やはり、特に害のあるものじゃありませんね。金縛りも、恐らくもう起きないと思います」
「…へっ?」
あまりにもあっけなく言い放った夕莉ちゃんの一言に、俺は思わず間抜けな声を洩らしてしまう。岩ちゃんが「やっぱり大げさだったんじゃねーか」と俺を睨みつけたが、いやいや待ってと言いたい。だって、確かに俺は金縛りにあったし、それに女の幽霊も見た。それなのに、もう金縛りが起きないっていうのはどういうこと?
「やっほー、夕莉! それから及川くんに岩泉くん!」
そこへ、勢いよく教室の扉が開き、オカ研の部長である先輩がやってきた。相変わらず男なのか女なのかわからない、中性的な顔と背格好だ。先輩は部室にやってくるなり、真っ先に俺のもとへ向かってきて、俺の背後をじーっと見つめてくる。…そんなに背後を見つめられると怖くなっちゃうな、なんて思った。
「及川くん、昨日の夜に金縛りにあったんだって? それで、女の子の霊を見たんだって?」
「あっ! そ、そういえば先輩は幽霊が視えるんですよね! 夕莉ちゃんは問題ないって言うんですけど、そこんところどうなんですか!?」
「アハハ! ボクも問題ないと思うよ〜。だって、夕莉に視えないってことは、その子は危険ではないってことだからね」
「は…? それってどういう意味っスか? まさか、マジでクソ川には何か憑いてるんですか?」
岩ちゃんが俺が一番気になっていたことを聞いてくれた。さすが阿吽の呼吸! 俺が気になってるのは害があるとか問題がないとかより、俺に何か憑いてるのかってことなんだけど! 藁にも縋るような目で先輩と夕莉ちゃんを交互に見ると、先輩がアッサリと俺が視たモノの正体を教えてくれた。
「及川くんね〜、どうやら生霊にひっつかれてるみたいだよ〜」
「「…生霊?」」
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