菊ノ呪 2
「どういうことなんですか、先輩? シャレにならないくらいのヤバいヤツって…」
オカ研の部室に連れてこられた俺と及川は、今までにないくらい真剣な様子の先輩にそう尋ねた。先輩は今までそんなことしたことなかったのに、及川にお茶を淹れてくれた。
「とりあえず、これ飲んでおきなよ。少しは気の流れを良くしてくれる」
「え…。ちょっ、俺いまどういう状態なんですか!?」
「話は夕莉が来てから。1時間もしたら来るから」
「1時間って、午後の授業は…」
「先生にはボクから言っておくから、サボって」
「いや、いいんですか、そんなことして? っていうか1時間もしたらって、夕莉ちゃん今日学校来てないんですか?」
「緊急事態があったんだって。どうしたんだろうと思ったけど、キミの様子を見て納得したよ」
「それって、どういう…」
先輩は俺の問いには答えず、教室のカーテンを全て閉めていく。ただでさえ日当たりの悪い教室内が、ますます暗くなっていった。ただならぬ様子に及川は怯えつつも、先輩の淹れてくれたお茶を飲んで、「あ、美味しい」と呟いた。
「先輩、水無瀬は今どこにいるんですか?」
「…夕莉は今、潔世山にいるよ。潔世山の『御菊神社』にね」
「御菊神社…?」
聞いたことの無い神社の名前に、俺も及川も首を傾げた。潔世山といえば、及川の駆け込み神社である清水神社のある場所だ。だが、その山に御菊神社という神社があるなどという話は聞いたことが無いし、そもそもそんな神社見たことが無い。
「前に青葉寺さんで、水乞いの巫女の話を聞いたの、覚えてる?」
「方丈さんが話してくれたやつですよね?」
「そこで、巫女の首は撥ねられた後に山中に埋めたって、そう話してたよね」
「そう…でしたっけ」
俺は記憶を手繰り寄せ、方丈さんの話を思い出した。そうだ、確か先輩の言った通り、首を跳ねられた後の巫女さんの顛末を話していた。あの山のどこかに、井戸の底に閉じ込められた末に死んだ巫女さんの首が、埋まっているのだと。
「当時の人々は、その首を埋めた場所に社を作って、首そのものを『御霊』として祀ったんだよ。その社のことを、御菊神社って呼んでるんだ」
「御霊?」
「御霊っていうのは、怨霊となった魂を敢えて神として祀ることで、怨霊を鎮めて祟りを逃れるっていう信仰のことを言うんだ。平将門とか、菅原道真とか、崇徳天皇とか、聞いたことない?」
「すんません、俺ら2人とも歴史ダメなんです」
「あはは。オカ研の部員として、もうちょっと勉強しなきゃダメだねぇ」
「いや、いつ部員になったんですか!?」
それまでしかめっ面だった先輩が笑い、ようやく張りつめていた雰囲気が和らいだ。しかし、どうして水無瀬がそんな訳ありの場所にいるのか、その疑問は解決していない。
「で、どうして夕莉ちゃんはそんなところに? 俺だったら絶対に近づきたくないけど、そんな怖い場所!」
「夕莉はその神社の宮司だからね。嫌でも近づかなきゃならないんだよ」
「えっ? 水無瀬は清水神社の巫女さんなんじゃ…?」
「清水神社の巫女でもあり、御菊神社の宮司でもあるんだよ。それが代々の『水無瀬の巫』の役目」
巫女でもあり宮司でもあるなんて、水無瀬の巫というものがますますわからなくなってきた。俺にとっては、ちょっと変わっているけど気の優しい普通の後輩である水無瀬が、そんな大層な役目を背負わされているなんて。
そして、俺はだいぶ前に見たネット掲示板の記事を思い出した。あの記事には確か、妙な山に迷い込んだ子供が謎の神社に辿り着き、水無瀬を思わせる特徴の女の子に助けられたという話が載っていた。俺は勝手にあの記事の女の子は水無瀬だろうと思っていたが、その御菊神社があの話にあった謎の神社だとすると、俺の考えは正しいのかもしれない。
「それで、緊急事態っていうのは? 神社が誰かに荒らされたとか?」
「ん〜、及川くんほぼ正解! 普段は人が近づけないようになってるその神社に、誰かが入り込んだらしいことは確かだね」
「え、神社なのに人が近づけないんですか?」
「単純に、山の中にあるからね。獣も出るし、道も整備してないし、危険なんだよ。ボクですら場所を知らないからね、その神社は」
何だか、さっきから子供みたいに質問ばかりしている気がする。水無瀬と出会ってから半年以上経つのに、俺たちは水無瀬について何も知らないような気がして、どことなく腹立たしい気分だ。どうして水無瀬は、そんなにも謎だらけで、俺たちに何も話してくれないのか。勝手ながらそんなことを思って、水無瀬に文句の一つでも言いたくなってきた。
「岩泉くん、そんな顔しないであげてよ。夕莉が何も話してあげられないのは、仕方ないことなんだ」
「…水無瀬が悪くないことはわかってるっスよ。ただ、俺たちはあいつに何もしてやれないのかって、それが気に食わないだけで」
「あはは、キミは優しい人だねぇ。だからこそ、夕莉もキミたちのために、自分の人生を擲(ナゲウ)つ覚悟を決めたんだろうなぁ」
「それって、どういう…」
俺が口を開きかけたところで、凄まじい音を立てて教室の扉が開いた。驚きながら振り返ると、そこには息を切らしながら立っている水無瀬の姿があった。先輩の言っていた時間よりも遥かに速く現れた水無瀬に、この場にいる3人全員が驚いていると、水無瀬は真っ直ぐに及川のもとへやってきた。そして、いつも通りの平静な口調で、開口一番にこう言った。
「申し訳ありません」
「えっ?」
「私が不甲斐ないばかりに、このようなことを許してしまって」
「ちょっ、ちょっと、どうしたの? どうして夕莉ちゃんが俺に謝るのさ?」
及川がそう聞くと、水無瀬は口を真一文字に閉じて俯いた。先輩は水無瀬の肩をポンと叩いて、頭を上げさせる。
「夕莉、2人はもう御菊神社のことを知ってるよ。ボクが話しちゃったからね!」
「…先輩」
「だから、話してあげてよ。及川くんは当事者なんだから」
水無瀬はグッと押し黙ると、やがて重々しく口を開いた。
「…御菊神社の境内に、丑の刻参りをした形跡が見つかったんです」
「え?」
「境内の鳥居に、釘で打たれた藁人形がありました。…その藁人形の中には及川さんの名前を書いた紙と、写真、それから及川さんの髪が入っていました」
「そ、それって…」
「その丑の刻参りをしたのは、新宮崇史。今朝、自分の部屋の中で、干からびたミイラのような状態で死んでいたのを、私が見つけました」
そこで水無瀬が話したことの内容に、俺も及川も文字通り、度肝を抜いた。
「新宮さんの命を贄に、『オキクサマ』はその呪いを聞き届けてしまった。このままでは間違いなく、及川さんは死にます」
午後の作業をサボり、俺と及川、それから水無瀬と先輩で、先輩の私物だというノートパソコンの前に並んだ。水無瀬は慣れない手つきでパソコンを操作して、俺たちにある画面を見せてくる。
「これって、ツイッター?」
「新宮さんのアカウントです。私が彼の遺体を見つけた時、書きこんでいる形跡がありました」
「名前が『裏』ね…。新宮の裏アカウントってことか」
アイコンもヘッダーも真っ黒、プロフィールには「表では言えないことを書き連ねるだけの垢」とだけ書かれている。俺はツイッターはやっていないが、いわゆる裏垢というものであることだけは理解できた。
水無瀬はたどたどしい手つきで、新宮のツイートを表示させ、ある人物とのやり取りを見せてきた。相手のアカウント名は、『憎い相手の呪い方を教えるアカウント』というものだ。死ぬほど不穏な名前のアカウントだが、読んで字のごとく、呪いの方法を紹介するアカウントのようで、妙にフォロワーが多かった。
はじめまして。
宮城在住の17歳です。
相手を確実に呪い殺す方法を探しているのですが、教えてくれませんか。
「な、なんつー物騒な切り出し方をしてんの、こいつ…!」
「この相手っていうのは、及川くんのことなんだろうね。よっぽど恨まれてるんだね、可哀想に」
「逆恨みっスよ、あんなもん! 何でこんなこと言われなきゃなんねーんだ…!」
こんにちは。リプありがとうございます。
宮城在住とのことですが、仙台のとある場所に、確実に人を呪い殺せる最強のパワースポットがあります。
本気でその相手を呪い殺したいなら、詳しい場所と方法をDMします。
「もしかしてこれが、先輩の言ってた御菊神社?」
「そうです。あの神社のことを知る人間は一握りのはずなのですが…」
どうやら、新宮はこのアカウントに御菊神社の存在、そしてその場所で人を呪うと確実に相手を呪い殺せるという情報を教えてもらい、実際に実行に移したらしい。一体このアカウントは何者なのか、そんな疑問が浮かんできたが、そんなことは今は二の次だ。
「御菊神社で祀っている神…オキクサマは、かつて水乞いの儀式で呪法の贄にされ、全てを呪いながら死んだ祟り神。今も潔世山の頂上で、穢れを生み続けるオキクサマの領域で人を呪えば、オキクサマは否が応にもその呪いを聞き届けてしまう」
「…そんなおっかない神様のいる神社の宮司を、なんで夕莉ちゃんが?」
「私が生まれたその瞬間から、定められた役目だからです」
衝撃の事実が続き、俺も及川も頭がパンクしそうだ。水無瀬がそんなヤバイ神様のいる神社の宮司というだけで驚きなのに、あの新宮が及川を本気で呪い殺そうとしただなんて。及川の顔色がどんどん青ざめていくのも仕方がないだろう。
「…人を呪えば穴二つ。ましてや、オキクサマに呪いを託した代償は重い。それでなくとも、彼女の領域に足を踏み入れた以上は、もう…」
普段は感情をあらわにしない水無瀬が唇を噛むのを、俺は初めて見た。水無瀬が今なにを考えているのか、新宮が最期に発したであろうツイートを見て、俺は察することができた。
やった やってやった
とうとうやってやった
ざまあみろ
爽快な気分だ 今日はよく寝れそう
恨むんなら自分を恨めばーか
明日が楽しみだ、もう寝よう
さむい
寒すぎて眠れない
さっきから水を飲んでも飲んでも喉が渇く
なんだこれ
こわいなんだよこれ
いやだ
いやだいやだいやだ
助けて
ごめん嫌いなんてウソだっただから助けて
なんでこんなめに
全部あいつのせいだ
憎い
憎い憎い憎い憎い憎い
殺してやる
俺が死んでもあいつだけは殺してやる
及川
おれはただ友達になりたかっただけなのに
なんで
ここでツイートは終わっていた。俺は咄嗟に及川の様子を伺ったが、及川は水無瀬と同じように唇を噛み、俯いていた。凄まじい憎悪と、羨望と、憧憬。しかし、ツイートから想像できる新宮の様子は、明らかに異常だ。
まさかこれは、水無瀬の言う『オキクサマ』の仕業だとでもいうのだろうか。もしそうであるならば、そのオキクサマの神社の宮司である水無瀬は、さぞや責任を感じているのだろう。だが俺は、新宮にもオキクサマにも関係のない第三者だから、真っ先に怒りの感情が涌いてきた。
「ふっざけんなよ…! 勝手に憧れて、勝手に憎んで、勝手に死んで! 身勝手にも程があるだろ!」
「…岩ちゃん」
「こんなことで及川が死ぬかもしれねえなんて…! 冗談じゃねえ、ぶん殴ってやりてえっつーの!」
「岩泉さん、落ち着いてください」
怒りのあまり机を叩いた俺を、水無瀬がそっと制した。死人に対してこんなことを言うのはどうかしてるかもしれないが、俺のこの怒りは本心からのものだから仕方がない。すると、及川がすっと立ち上がり、鬱憤を晴らすように頭をかきむしった。
「…夕莉ちゃん、俺は新宮に呪い殺されるの?」
「いいえ、させません。オキクサマの発する穢れと呪いは、清水神社の御神水で清めることができます。私がオキクサマを鎮めるまで、しばらく御神水を摂りながら生活していただければ、及川さんが死ぬことはありません」
「ほ、本当か!?」
「さっすが夕莉〜! しばらくってどれくらい?」
「少なくとも7日は必要です」
「つまり、7日間あの水を飲み続けりゃいいんだよな? よし、それなら…!」
「いえ、それだけではありません。御神水が流れる潔世山から離れると、潔世大神の護りが薄くなり、オキクサマの呪いの力が強くなります。清水神社の境内が一番安全ではありますが、少なくとも青葉区の外に出ることはできません」
「まあでも、普通に生活してる分には問題ないってことだよな。何だよ、意外と大したことじゃ…」
「…ちょっと待って、岩ちゃん、夕莉ちゃん」
その時、及川が深刻そうな声を発し、俺を制した。そして、俺が今すっかり忘れていた、及川にとっては最も重要なことを告げてきた。
「今週の土曜、白鳥市で新人戦じゃんか……」
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