生ノ呪4
そして日は経ち、次の週の月曜日になった。うちのバレー部は毎週月曜日は練習が休みなのだけれど、さすがに大会前ともなるとそうもいかない。来週の月曜からは他の日と同様、練習が入る。つまり、今日を逃すとしばらくは自由に動けないと、そういうことなわけだ。
「だから今日の放課後、北一に行こうと思ってるんだけどさ! 夕莉ちゃんもついてきてくんない?」
「今回の件に私はそこまで役には立たないかと思いますが」
「いいのいいの、いてくれるだけで! 最近、岩ちゃんがやけに薄情者でさー。ついてきてって頼んだんだけど『1人で行けやボゲ』って言われちゃったんだよねー」
「水無瀬、別にクソ川に付き合ってやる必要なんざ皆無だからな」
「皆無!? そんな言い方する普通!?」
「いえ、特に予定も無いので大丈夫です。今日の放課後でよろしいですか」
昼休み、いつも通りオカ研の部室にいた夕莉ちゃんにそう頼むと、薄情な岩ちゃんとは違って快く承諾してくれた。夕莉ちゃんに「ありがと〜」とお礼を言ってから、我ながら意地悪い顔で岩ちゃんの方を見ると、岩ちゃんは物凄い顔で俺のことを睨みつけてきた。
「何だその顔、きめえんだよクソ川」
「ふっふーん! 今の俺は何を言われようが、痛くも痒くもないもんね! 岩ちゃんがいないうちに、夕莉ちゃんとめちゃくちゃ仲良くなってやろーっと!」
「水無瀬、やっぱりこいつに付き合わなくていいぞ。一生憑りつかれてろ」
「ちょっ、そういう反撃の仕方やめてくれない!? 毎晩ビクビクしながら布団に入る俺の身にもなってよね!」
「前も言ったように、特に害はないと思われますので、安心して眠ってもらって大丈夫ですよ」
「ありがとう夕莉ちゃん! でもそういう問題ではないんだよね!」
妙なところで真面目な夕莉ちゃんに突っ込みつつ、半分涙目で岩ちゃんを睨み返すと、岩ちゃんは既に俺を無視して夕莉ちゃんに自分の携帯電話の画面を見せていた。どうやら自分のラインのアカウントを教えているようだ。
「このボケが面倒を起こしたらいつでも連絡してくれ。地の果てまでも追いかけてブチのめしとくから」
「俺って本当に信用されてないね! っていうか岩ちゃん、本当に来ないの? 北一のバレー部にも顔出す予定だったのに」
「今日は定期健診だって言っただろうが。ただでさえ水無瀬には面倒かけさせてるのに、また面倒を増やしやがったら本気で殺すからな」
「いえ、お気遣いなく。ところで、岩泉さんのQRコードを読み込むには、どこを選べばいいんでしょうか」
「オッケー、及川さんに任せて! 夕莉ちゃん、そういうとこはイメージ通りだね!」
普段頼ることが多い分、この程度のことでも頼ってもらえるのは何となく嬉しい。俺は岩ちゃんの冷たい視線を右から左に受け流し、夕莉ちゃんに操作方法を教えるのだった。
放課後、俺と夕莉ちゃんは青城から徒歩で15分ほど離れた場所にある北川第一中学、略して北一へとやってきた。見慣れた校門に見慣れた校舎、見慣れた校庭では屋外の運動部が練習をしている。さて、問題はどうやって件の女の子、京極ちゃんとやらを探すかだ。俺は卒業生だから校内をうろうろしていても特に怪しまれないだろうが、夕莉ちゃんはいくら青城の制服を着ているとはいえ、やっぱりこのホラーな外見は悪目立ちする。俺の連れという体で、一緒に行動した方が良いんだろう。
「というワケで、夕莉ちゃんは俺と一緒に…ってあれ?」
校舎に入る前、俺は夕莉ちゃんを振り返ったが、そこに夕莉ちゃんの姿がなかった。びっくりして辺りを見回すと、今は文化部の部室棟代わりになっている旧校舎の方へとぐんぐん歩いていた。俺は慌てて夕莉ちゃんの後を追う。
「ちょっ、夕莉ちゃん!? 俺の話聞いてた!?」
「はい、なんでしょうか」
「聞いてないね! 何もそういうとこまで岩ちゃんに倣わなくていいからね!?」
前はあんなに素直だった夕莉ちゃんが、どんどん岩ちゃんみたくなってきている。一抹の寂しさを感じながら、迷いなく突き進んでいく夕莉ちゃんに並ぶ。夕莉ちゃんは北一生じゃないから、一応は知らない場所なはずなのに、どうしてこんなに迷いなく進めるんだろうか。そんなことを疑問に思っていたら、途端に夕莉ちゃんが足を止めた。
「夕莉ちゃん、どうし…」
ふと夕莉ちゃんの視線の先を見ると、そこに人影が立っていた。俺はそいつが誰なのかを認識してすぐ、無意識のうちに顔を歪めた。そいつは俺を見ると、なんとなく嫌そうな、面倒くさそうな表情を浮かべてくる(腹立つ!)。そう、俺と夕莉ちゃんの前に立っているのは他の誰でもない、俺のクソムカつく後輩。トビオこと影山飛雄だった。
「…トビオ、どうしてお前がここにいんの?」
「ちす、及川さん。ここに通ってるからっすけど」
「そういうことじゃないっつーの! 夕莉ちゃん、どういうこと!?」
「こちらの影山さんが、及川さんに生霊を飛ばしているであろう、京極さんという方と引き合わせてくれるそうです」
「はぁ!?」
夕莉ちゃんの他人事のような言い方に、俺は思わず女の子に見せるべきではない表情を浮かべてしまった。しかし、夕莉ちゃんの伝聞調の言い方から察するに、その手配をしたであろう人物が思い浮かんでくる。
(岩ちゃんめ…! 俺に黙ってそういうことしてぇ…!)
恐らく、っていうか十中八九、岩ちゃんの仕業だろう。京極ちゃんという子を俺に会わせるように、俺が知らないところでトビオに頼んでたってワケだ。前もって俺にそのことを言うと俺がうるさいだろうから、夕莉ちゃんだけに話してたってところだろう。さすがは俺の親友、俺のことをよくわかってる…! 絶対あとで文句言ってやる!
「京極さんっすけど、今担任に呼ばれて職員室行ってるんで。っていうか及川さん、京極さんとなんかあったんすか」
「それお前に関係ある? っていうかお前、別に大して興味ないっしょ?」
「まあ興味ないっすけど」
「くっそムカつく! じゃあ聞くなっつーの!」
相変わらずバレー以外のところではボケッとしているトビオに、ふつふつと怒りが湧いて来た。こういうところがクソムカつく後輩だと言われる所以だっていうのに、本人はそれに気付いていないのだからますますムカつく。まあ俺も心が狭いとは思うが、こうなるのは不思議とトビオ限定だ。
「…ところでお前、高校どこにすんの? バレー辞めないでしょ?」
「辞めるワケないじゃないですか。…第一志望は、白鳥沢っすけど」
「は? 白鳥沢? またムカつくとこ行こうとしてんね〜! あのお爺ちゃん監督がお前みたいなタイプのセッターに声かけるワケないから、一般でしょ? お前の頭で受かるの?」
「…だから京極さんに勉強教えてもらってるんじゃないっすか」
トビオの顔がみるみる歪んでいく。我ながら全く先輩らしくない、むしろ酷いことを言っていると思う。実際、夕莉ちゃんが俺を諫めるように、小さく制服の裾を引っ張ってきた。わかっている、わかっているのだが、俺にもどうしようもできない。トビオと相対する度、俺はいっつも崖際に立っているかのように錯覚する。
「ま、俺としては背後からかかる息がなくなるからいいんだけどさ。牛島とお前、2人まとめてぶっ倒せるなら御の字だし?」
「…及川さん」
「あ、ごめん夕莉ちゃん〜。夕莉ちゃんにはわかんない話だったよね? ま、男同士のめんどくさい話だから、テキトーに聞き流して…」
「たとえ白鳥沢に行けなくても、及川さんにだけは敗けません」
せっかく夕莉ちゃんに向けていた笑顔が、一瞬で凍り付いたのがわかった。トビオは、俺が北一にいた頃と全く変わらない眼で、俺のことを見てくる。かつて俺が怯え、疎んだ、あの眼で。
「たとえどこのチームにいたとしても、青城にだけは絶対に敗けねえっすから」
「…ジョートーじゃん。そこまで大口を叩くんだったら、白鳥沢に落ちたからって泣きべそかいてウチに縋りついたりすんじゃねーぞ」
「及川さん、落ち着いてくださ…」
「お前のための場所なんて、絶対に用意してやらないし、そんなモノは青城(ウチ)のどこにも無いってこと、忘れんじゃねーぞ!!」
思わず感情的にそう叫んだとき、ボトッと何かが落ちる音がした。その音で我に返った俺は、音のした方に急いで振り返る。旧校舎へと繋がる通路に、背の低い三つ編みの女の子が立っていた。その足元には、北一の指定のスクールバッグが落ちている。
「京極さん!」
トビオがその子に向かって、そう呼びかけた。つまり、目の前のこの子が俺に生霊を飛ばしているかもしれない、京極ちゃんというワケだ。京極ちゃんは俺から目を逸らしながら、明らかに平静ではない様子でバッグの中から零れ落ちた教科書を拾い集めた。
「ご…ごめんなさい! あの、影山くんに頼まれて、私、その…」
京極ちゃんは乱雑に教科書をバッグの中に詰め込み、改めて俺の方を見てくる。どんぐりみたいな丸い目と、俺の目が合った。その瞬間、その丸い瞳からぽろぽろと涙が零れていく。俺とトビオが驚いていると、京極ちゃんはその場から走り去っていった。
「京極さん!?」
「あっ…! ちょ、ちょっと!」
俺とトビオが同時に彼女を追おうとすると、俺たちの前に立ちはだかるように夕莉ちゃんが行く手を遮ってきた。その吸い込まれそうな黒い瞳にじっと見られ、俺もトビオもすぅーっと冷静になっていく。夕莉ちゃんは場にそぐわない冷淡な声で、俺たちを諫めてきた。
「お二人が行くと、余計に面倒くさいことになると思われます」
「め、面倒くさい!?」
「ここは私に任せていただけますか」
「そうは言っても、京極さんが…!」
「…わかった、夕莉ちゃんに任せるよ。トビオ、説明は省くけど、この子は信用できる子だから。ここは夕莉ちゃんに全部任せときな」
「…う、うす」
不本意そうではあったが、先輩命令だからかトビオは素直に言うことを聞いた。夕莉ちゃんは先ほどまで京極ちゃんが立っていた場所に近づき、足元に落ちていた一枚の紙を手に取った。遠目から見て、それは白紙の進路希望調査の用紙のように見受けられた。
「…あ、あの、すみませんでした。急に逃げちゃったりして…」
京極ちゃんは、よくトビオと一緒に勉強しているという、図書室の中にいた。放課後なので図書委員もおらず、勉強中の生徒らしき影も見当たらず、室内には彼女と、そして夕莉ちゃん以外には誰もいない。俺とトビオは入口の前で身をひそめながら、中の様子を覗き見ていた。
「あの、及川さんの彼女さん…とかですか…?」
「いえ、ただの後輩です。ちょっとした縁で、仲良くさせていただいてるだけです」
「あ、そうなんですか。そうなんだ…」
京極ちゃんはほっとしたように息を吐き、向かいの席に座る夕莉ちゃんに笑顔を見せた。…こんな様子の女の子を、俺は何人も見てきた。この子が俺を好きなことは、どうやら間違いない様だ。
「先ほど、これを落としていましたよ」
夕莉ちゃんは先ほど拾っていた、進路希望調査の紙を京極ちゃんに渡す。京極ちゃんはそれを見て一瞬なんともいえない表情を浮かべ、小さく震える手でそれを受け取った。
「…なぜ」
「え?」
「なぜ、白紙なんです?」
夕莉ちゃんの問いに、京極ちゃんが目に見えて反応した。その様子を見ていたトビオも、どうやら気になる問題だったようで、身を乗り出すようにして中を覗く。
「…あ、あの、私…」
「あなたは本当の気持ちをひた隠しにしていますね」
「!」
「すみません。私はあなたが心のうちに隠しているものを覗きました。あなたの恐れを、後ろめたさを」
あまり申し訳なさそうに見えない無表情で、夕莉ちゃんが京極ちゃんに頭を下げる。いつだったかに俺も垣間見た、人の『陰の気』というやつを読み取る力のことだろう。つまり、京極ちゃんはそういった『負の感情』を、その内に秘めているということだ。
「あなたは及川さんのことが好きなんですよね」
「えっ…!」
「でも、あなたはその気持ちを隠さなければならなかった。何故ならそうしなければ、あなた自身が周りから攻め苛まれることになる。あなたはそれが恐ろしかった」
夕莉ちゃんの言っている意味が、よくわからなかった。しかし、トビオは違ったようで、ハッと息を呑んで京極ちゃんのことを見ている。夕莉ちゃんは淡々と、まるで彼女を追い詰めるかのように、彼女の内に秘めたものを語っていった。
「あなたは本当は、青葉城西に進学したいんですよね」
「!!」
「でも、あなたは影山さんと仲が良く、学校内でも影山さんの味方という立ち位置にいる。ですが、影山さんを廻る学校内の対立構造が激化した今、影山さんの『敵』とされる人たちが多く進学する青城への進学を希望すれば、あなたは『裏切り者』扱いされることになる。あなたはそれが恐ろしくて、本当に行きたい学校を明かすことができなかった」
俺は驚いた。何故なら、国見ちゃんや金田一から聞いた北一の『影山擁護派・非難派』の構造を、夕莉ちゃんには一切説明していなかったからだ。それにも関わらず、夕莉ちゃんは北一の対立構造について、しっかりと理解している。疑っていたわけではないが、夕莉ちゃんの力は本物なのだと、改めて思い知らされた。
「でも、あなたはどうしても青城に行きたかった。大好きな及川さんのいる学校へ」
「……」
「それこそ、魂が削がれるほどの痛みを、感じていたのでしょう」
京極ちゃんが俯く。俺は思わず、自分の肩のあたりを触った。あのウシワカヤロー曰く、俺に憑いている生霊は俺に抱き付いているのだという。もしかすると彼女は、「俺の傍にいたい」と思って、そのために彼女の生霊が俺のもとへ来たのかもしれない。夕莉ちゃんの言葉から、俺はそんな風に受け取った。
「…い、いいんです! もともと、叶う恋だなんて思ってませんでしたし! 良い機会だったんです、きっと神様が『諦めろ』って言ってるんですよ!」
「……」
「それに、そんな一時の恋なんかで、進学先なんて一生を左右することを決めるなんて軽率すぎます! いいんです、きっとこれでよかったんです! それに…」
無理やり明るく振る舞っていた京極ちゃんの丸い瞳から、再び涙が零れてきた。涙は頬を伝って、彼女が握りしめていた用紙へと落ちる。彼女はまるで、悔しくてたまらないというような、そんな泣き方をしていた。
「私が…私が臆病なだけですから…だから…」
その時、俺の隣にいたトビオが急に立ち上がって、図書室の扉を勢いよく開けた。勢いがありすぎて『ガツンッ!!』という危うい音が響いたが、本人は気にする様子も無く泣いている京極ちゃんのもとへと突き進む。俺と京極ちゃんが驚いている中、夕莉ちゃんはやけに冷静な様子で、すぐさま席を立って俺のいる方へと戻ってきた。
「ちょっ、夕莉ちゃん、あれいいの!?」
「わかりませんが、影山さんから悪いものは感じません。信じて見守りましょう」
夕莉ちゃんがそう言うので、俺たちは2人並んで図書室の中を覗く。京極ちゃんは驚きの余り涙すら引っ込んだようで、キョロキョロと目を泳がせながら影山を見上げている。影山はしばらく黙っていたが、やがて重々しく口を開いた。
「…すんませんでした」
「え…!」
「あの時のことは俺が悪いんです。俺があんな馬鹿じゃなかったら、京極さんがそんな風に悩むことはなかったかもしれない」
「か、影山くんは何も悪くないよ! 私、影山くんに味方したことは、絶対に間違ってないと思ってるから!」
「たとえあいつらから『お前は悪くない』って言われたところで、俺の考えは変わらないです。俺が一番悪かったんです」
そこにいたのは独裁の王様などではなく、仲間から背を向けられ独りぼっちになった、ただの1人のセッターだった。俺は正直、トビオのことだから自分の間違いなど気付かずにいるのだろうと思っていたが、そんなことはなかったのだ。あいつは確かに、自分が間違いを犯し、取り返しがつかなくなったことを理解していた。
「でも、そんなこと京極さんが気にすることないっす」
「……」
「青城に行ってください。なんか言ってくる奴がいたら、俺がなんとかします!」
「…で、でも…」
京極ちゃんはそれでも、躊躇しているようだった。すると、トビオが業を煮やしたように京極ちゃんから進路希望調査の用紙を奪い取った。自分のペンを取り出すことすら面倒だったのか、カウンターに置かれているペン立てから勝手にボールペンを取り、用紙にでかでかと書き込み始める。おおかた、第一希望の欄に『青葉城西』とでも書いているのだろう。なんて勝手な奴だと思ったが、なんだか可笑しくて笑ってしまいそうだった。
「ほら! あとは京極さんの名前を書くだけっすよ!」
「…影山くん、青葉城西の『城』の字、間違ってる。右上の点が無いよ」
「…わかればいいんすよ!」
「ぷっ、あはははは! 試験じゃそれがダメなんだよ!」
トビオの素っ頓狂な台詞に、堪えきれなかったかのように京極ちゃんが笑った。トビオは不服そうに『城』の字に点を付けたし、その様子も可笑しいのか京極ちゃんは腹を抱えて笑っている。しばらく爆笑していた京極ちゃんが笑い止むと、トビオから『青葉城西』と書かれた用紙を受け取り、そこに自分の名前を記した。
「影山くん、ありがとう」
満足そうなトビオに、京極ちゃんが笑顔を見せる。俺はその様子を外から見て、柄にもなく少し落ち込んだ。俺の様子に気付いたのか、夕莉ちゃんが俺の肩を小さくポンと叩く。
「及川さん、どうかしましたか」
「…トビオ、あいつって俺の後輩なんだ。しかも同じポジションで、本来なら俺が色々教えなきゃならなかったんだよね。でも俺はそうしなかった」
「…はい」
「俺にとって、あいつは敵みたいなモンだったからさ。敵に塩を送るなんて真似、俺はそんな心広くないからできないワケ。…でも、俺が先輩らしいことの1つでもしてたら、トビオが独裁の王様になるのは免れたんじゃないかって…そう思っちゃったんだよね」
岩ちゃんから何度も「お前ほんと最低の先輩だな」とか言われてたし、自分でもトビオに対しては先輩らしくはなかったと自覚してる。国見ちゃんや金田一にはそんなことはなかったのにね。俺は怖かったんだ、あいつが俺以上のセッターになるのが。だって、俺は天才じゃない。あいつが成長していくスピードに、俺はついて行けない。だったらあいつの成長を少しでも遅くするしか、あの頃の俺には方法が無かったんだ。でも今、あんな風に悔やむトビオのことを見て、そのことを少しだけ後悔している。
「…ま、もしもう一回あいつが後輩になったとしても、絶対になんも教えてやんないけどね!!」
でもまあ、それは少しだけだ。それ以上に俺はあいつに敗けたくない。天才なんてクソ喰らえ、俺の努力と根性の方が強い。やっぱり俺は心が狭いし、あいつが成長するのは死ぬほど嫌だ。ただでさえ牛島っていう面倒なのがいるのに、トビオにまで構ってられるか! そんなことを思いながらトビオの背中に向かって舌を出すと、俺の隣にいた夕莉ちゃんが、一瞬だけ笑ったように鼻を鳴らした。
「はい、及川さんはそれでいいと思います」
俺は夕莉ちゃんに振り返る。その時には、夕莉ちゃんはいつも通りの無表情に戻っていた。でも、俺は夕莉ちゃんが確かに笑ったのだと、密かに確信していた。
- 11 -
[
*前
] |
シオリ
| [
次#
]
[
戻
]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -