生ノ呪3
ねえ、待って? そういう展開あり? 嘘でしょ? 自分の表情がどんどん引き攣っていくのが自分でわかる。俺だけでなく白鳥沢の他の連中まで顔色を青くして、しれっとしているウシワカの野郎に視線を向けた。
「えっ、若利いったい何を言って…」
「だからさっきから及川の背中に抱き付いている、三つ編みにセーラー服を着ている方の、」
「わーっ!! それ以上言わなくていい!! っていうかもう何も言うな!!」
白鳥沢のセッターの瀬見くんが耳を塞いで叫んだ。うん、気持ちはわかるよ、それはもうものすごく。いや、それよりも待て、今こいつ何て言った?
「三つ編みにセーラー服…ってことは、お前にはハッキリと視えてるってことだよね!?」
「…まさかとは思うが、それは霊か?」
「なに!? 気付かなかったの!? っていうかいくら俺でも、女の子が背中にずっと抱き付いてたら嫌がるわ!!」
「たまにこういう手合いの人はいます。生き死に関係なく、そこにあるものが全て視えてしまうんです。そのほとんどが、生きている人間と死んでいる人間の区別がつかないそうですから、ウシジマさんの反応は仕方ないかと」
「夕莉ちゃん、そういうことじゃないから! そういう解説は今は必要としてないから!」
真面目なのかふざけてるのかよくわからない夕莉ちゃんに突っ込みつつ、俺は最悪の選択を迫られていた。俺から生霊を追い払い、二度と憑りつかせないようにする唯一の方法、それは俺に憑いている子を探し出して俺への未練を断ち切らせること。つまり、こいつに俺の背後の生霊の特徴を聞けば、解決の糸口となるかもしれないのだ。
(だけど、よりによってウシワカヤローに頼らなきゃならないとか、死んでも嫌なんですけどっ…!)
一応ライバル、それも世界で一番嫌いな『天才』の代名詞であるこの男に、頭を下げなきゃいけないなんて俺のちっぽけなプライドが許さない。岩ちゃんがここにいたら「何くだらねえ意地張ってんだボゲ」とぶん殴ってくるのだろうが、あいにく今ここにいるのは俺と夕莉ちゃんだけだ。一体どうする、どうする俺! なんて一昔前のCMのような言葉が脳内に広がる。そんなことを考えているうちに、夕莉ちゃんがウシワカヤローにの前にずいっと出て聞いてくれた。
「及川さんに憑いている女性は、どのような外見でしょうか。教えてもらえますか」
「そういやさっきから気になってたんだけど、この子だれ? 及川クンの新しい彼女? すっごい格好だネ〜!」
「うっさい、近寄んな妖怪! この子は青城のシンボルマークみたいな子! 失礼な口利くと罰が当たるよ!」
嘘は言っていない、実際に青城といえばお菊さん、つまりは夕莉ちゃんみたいな風潮だし。俺が天童をしっしっと追い払ってる間に、牛島は夕莉ちゃんに生霊の特徴を伝えていた。
「身長は低い、140cm後半ぐらいだろう。さっきも言った通り、黒髪に三つ編み、セーラー服を着ている。確か北川第一の制服だったと思うが」
「…ん? 北一? ってことは中学生ってこと?」
「他に目立つ部分などはありますか?」
「…特にないが、強いて言うならスカーフの色が青い。それくらいだろうか」
「そうですか、ありがとうございました。足を止めさせてしまってすみません」
そんな必要ないのに、夕莉ちゃんはウシワカ含めた白鳥沢の連中に丁寧に頭を下げた。いや、声かけてきたのは向こうだからね、向こうが勝手に足を止めたんだからね。これから練習試合らしいけど、そんなノロノロしてるようだったら今にウチが勝ってやんぞ。そう思っていると、白鳥沢の連中は駅のステンドグラス前で待ってた後輩くんらしき子を先頭に、試合会場へと移動し始めた。
「じゃ〜ね〜、及川クン! 岩泉クンによろしく〜」
「誰がよろしくするか!」
笑顔で手を振ってきた天童に軽く中指を立て、俺は奴らの背中を睨みつけた。あの野郎ども、今に見てろ。奴らに体育館の床に膝をつかせて、俺らは思いっきり見下ろして笑ってやる。我ながら性格悪いなと思いつつ、俺は夕莉ちゃんに振り返った。
「それにしても、ありがとう夕莉ちゃん! アイツに頭下げるとか無理すぎて、夕莉ちゃんがいなかったら情報手に入んなかったよ〜」
「いえ。それよりも、思い当たる人はいますか」
俺は記憶の中にいる女の子たちをしらみつぶしに思い出してみる。身長は140cm後半、黒髪に三つ編み、北一の生徒、青いスカーフ。心当たりのある名前や顔は出てこないけど、けど何となくの目星はつく。
「北一の女子って、学年ごとで制服のスカーフの色が違うんだよ。俺が3年だった頃は、3年が赤、2年が白、1年が青だったね。だから、今の北一の3年生なんだと思う」
「及川さんが中学3年生の時、1年生だった女子ということですね」
「ま、及川さんは後輩からモテモテだったからね〜! ひっつかれても仕方ないか〜!」
「それで、どうやってその女子を探すおつもりですか」
「北一の頃のバレー部の後輩にでも聞いてみるよ。3年生にも何人か、可愛がってたのがいるからね」
今の北一の3年生の代、来年青城に入学してくる子たちの顔を、いくつか思い浮かべた。まあ、金田一に聞けば協力してくれるだろうけど、でもあいつ女の子関係は期待できなさそうだからな。国見ちゃんはそもそも面倒くさがって「イヤです」とか言ってきそうだし。でも情報の正確さを求めるなら、国見ちゃんが一番頼りになりそうなんだよなぁ。
…あぁ、そういえばトビオもいたっけ。俺のクソ可愛いムカつく後輩で、ウシワカヤローと同じ天才の代名詞その2。中総体でバカやらかして、取り返しがつかなくなった正真正銘のバカ。最近どうしてるって話を全然聞かないけど、今ごろスネてんのかもね。連絡取ってないからわかんないや。
「ここまでしてもらえば、もう大丈夫! ホントにありがとうね、夕莉ちゃん〜」
「いえ、私は特に何もしていないので」
「まだ練習まで時間あるし、せっかくだからお茶しない? ここの駅前にすごい美味しいパンケーキのお店あるんだってさ〜!」
「いえ、結構です」
「即答したね! なんか夕莉ちゃん、及川さんをあしらうのだんだん上手くなってきてるね!」
俺の扱い方を段々わかってきた夕莉ちゃんに嘆きつつ、俺たちはその場を後にするのだった。
数時間後、夕莉ちゃんと別れて青城へ戻ってきた俺は、さっそく練習前の体育館に向かった。まだ練習開始の時刻ではないが、それでも誰かしらいるのがウチのバレー部のいいところだ。期待を抱きつつ体育館の中を覗けば、予想通りというか何というか、岩ちゃんが既に来ていて練習をしていた。
「おはよう、岩ちゃん! 本当に来てくれないなんて、この薄情者!」
「うるせえ、クソ川! それで、方丈さんが言ってた坊さんには会えたのかよ?」
「…え、その話する?」
「なんでそこで不機嫌になるんだよ。今のお前、死ぬほどブスだぞ」
「このイケメンに向かってよくもそんなことを! …まあ、実はかくかくしかじかでね…」
俺がこれまでの経緯を岩ちゃんに話すと、岩ちゃんも不機嫌そうな顔になって「やっぱ行かなくて正解だった」とか呟いた。酷い、恨んでやる。まあでも、俺に憑いている生霊が北一生であることがわかったと聞くと、少し安心したのかほっと息を吐いた。
「まあ、進展があっただけでもいいじゃねえか。北一の後輩か、確かにありそうな話だな」
「そういうわけだから、今日あたり金田一にでも聞いてみるよ」
「ああ、それだったらちょうどいい。さっき、金田一と国見から連絡があって…」
「おはようございますっ!」
そこへ、聞き覚えのある声が入り口の方から聞こえてきた。俺と岩ちゃんが振り返ると、そこには俺たちにとっても馴染み深い北一の青いジャージを着た、金田一と国見ちゃんがいた。ずいぶんのタイミングの良い登場に、俺は驚きつつも嬉しくなってきて、2人のもとへ駆け寄った。
「金田一、国見ちゃん! あれ、なんで2人がいんの? 今日、練習来る予定だったっけ?」
「なんか予定が変わったとかで、急だけど今日の練習混じりに来るって連絡があったんだよ」
「お久しぶりです、及川さん! 今日はよろしくお願いします!」
「お願いしぁーす」
国見ちゃんは相変わらず眠そうな表情で、溝口クンあたりが聞いたらブチ切れそうな挨拶をした。それにしても、さすがは及川さんの可愛い後輩、素晴らしくベストなタイミングで練習に来てくれた。俺はさっそく、金田一と国見ちゃんの間に割り込んで、2人の肩をぐいっと引き寄せた。
「金田一、国見ちゃん、本当にナイスタイミング〜! 実は、ちょっと聞きたいことがあってさ〜」
「イヤです」
「国見ちゃん拒否るの速いから! まだ何も聞いてないじゃん!」
「どうせ及川さんの言うことですから、ロクなことじゃないですし」
「お、俺でよければ聞きますけど…」
「金田一、お前はスナオで良い後輩だね〜! 国見ちゃん、金田一のこういうところ、ちゃんと見習った方がいいよー?」
「さっさと本題を話せ、なげーんだよクソ川」
「もー、わかってるってば! あのさ、今の北一の3年生に、身長140cm後半ぐらいで三つ編みにしてる女の子いない? 髪の色は黒いらしいんだけど…」
俺が肝心の質問をすると、金田一は難しい顔で「うーん…」と考え込む。この反応を見るからに、やっぱり金田一に女の子関係は期待しない方がよかったか。そんなことを思っていたら、なにか思いつく節があったのか、金田一と国見ちゃんが顔を見合わせ始めた。
「三つ編みってなると…京極のことだよな?」
「まあ、多分そうだろうな」
「えっ!? 思いつく子いるの!?」
「多分ですけど…。及川さんが言う条件に当てはまるの、3組の京極くらいだと思います。背も低いですし、いつも三つ編みにしてますし」
ビンゴ、さすがは及川さんの後輩。まだ確定ではないが、その京極ちゃんとやらが俺に憑いている生霊である確率は高い。そうとなれば、俺は金田一と国見ちゃんにぐいっと顔を近づけた。
「俺さ、その子にちょーっと用があるんだけどさ! 金田一か国見ちゃん、上手くその子に取り付けてくれない!?」
「無理です」
「だから国見ちゃん、拒否るの速いってば! 及川さん、これでもけっこうマジ…」
「いえ、そういうことじゃなくて。少なくとも、俺と金田一じゃ無理です」
「…? 国見、それってどういうことだ?」
国見ちゃんの意味深な発言に、俺だけでなく岩ちゃんも反応する。ふと金田一の方を見ると、金田一は居心地の悪そうな表情を浮かべて、グッと強く拳を握っていた。
「…中総体で、俺達が影山のトスを無視したの、2人も知ってますよね」
国見ちゃんの言葉で、俺は少し前の夏の記憶を思い出した。中総体の県決勝、焦りで冷静さを失い、めちゃくちゃなトスを上げていた独裁の王様に、他の選手たちが反旗を翻したあの試合。そう、トビオが一世一代のバカをやらかした、あの試合だ。
「それが、その京極ちゃんって子に何か関係があるわけ?」
「まあその子っていうか、学校全体って感じですけどね」
「「はぁ?」」
「…話せば長くなるんですけど」
そう切り出して、国見ちゃんが話してくれたのは、中学生にとってはなかなかに厳しい現状だった。
国見ちゃんの話を要約するとこうだ。
北一バレー部のトス無視事件は、応援に行っていた一般生徒の口から、学校全体に話が広がっていった。
すると、「それは影山が悪い」とバレー部でもないのにトビオを攻める連中が現れ始めた。主に女子生徒が中心になってトビオを庇ったそうだが、次はそういった連中の中から「いくらなんでも最後の試合でトスを無視するなんて、他の奴らの方が酷いじゃないか」と言い出す層が現れた。
そういった争いは当人を無視してどんどんエスカレートしていき、学校内では『影山批判派』『影山擁護派』に二分し、割と深刻な対立構造になっているそうだ。
金田一や国見ちゃんはトスを無視した側だから、自動的に批判派の扱いになっているらしく、擁護派の生徒たちからは白い眼で見られているらしい。
「それで、その京極って奴は影山擁護派で、国見や金田一じゃうかつに近寄れないってことか」
「自分の派閥じゃない連中と話したとなると、派閥内から裏切り者扱いされる羽目になるんです。俺らがどうこう言われる分には無視すればいいですけど、京極の方は自分の派閥から村八分にされることが目に見えてます。女子の派閥争いなんて厄介極まりないですし」
「俺たちが話しかけたりして、京極に迷惑がかかるのは申し訳ないですし…。及川さんの頼み聞けなくて、本当にスミマセン…」
「いや、それはお前らは間違ってねえぞ。このクソにはテメェで蹴りをつけさせる、こっちも悪かったな」
「岩ちゃん、息をするように俺をdisるのやめない!? まあでも、そういうことなら仕方ないね。金田一も国見ちゃんも、無理言ったりしてごめん」
女子に限らず派閥争いの醜さ、面倒くささはよーく知っている。いくら自分の身のためとはいえ、金田一と国見ちゃんをそんな面倒くさい状況に置かせるわけにはいかない。しかしまあ、俺に生霊を飛ばしているだけでなく、俺の可愛い後輩に後ろ指さして、よりにもよってトビオの味方をしてるとか…。夕莉ちゃんは「悪意はない」って言ってたけど、さすがの俺もカチーンとくるっつーの。
「しかし、どうしたものかなぁ。頼りの金田一や国見ちゃんがダメとなると、どうしていいことやら」
「は? アホかお前、影山に頼めばいいだろ」
「…はぁ? ごめん岩ちゃん、ちょっと言ってる意味がわかんないんだけど」
「その京極ってヤツが影山擁護派なら、影山に頼むのが一番確実だろ。そいつにとっては金田一たちは敵でも、影山は味方なんだからよ」
「はぁぁぁぁぁぁ!? ヤだ、絶対ヤだ!! なんで俺がトビオなんかに頼らないといけないのさ、絶対にムリ!!」
冗談じゃない、よりにもよってトビオなんかに頼るのは絶対に嫌だ。ウシワカに頼るのだって本当に嫌だったのに、ここでトビオにまで『お願い』しなきゃならないとか、たとえ死んでも無理。俺にとってあいつはブチのめす対象で、そんな奴の力を借りなきゃいけないなんてことは、俺のちっぽけなプライドが許さない。
「他の誰に頼ったって、トビオにだけは絶対に頼らないから! 自分で何とかしてやるっつーの!」
「お前本当に器の小さい奴だな。…仕方ねえ、こっそり連絡取っておくか」
「っていうか、及川さんは京極に何の用が…いでっ!」
「余計な口を出すな、金田一。俺たちまで巻き込まれたら面倒くさいだろ」
国見ちゃんが利口にも、金田一のらっきょ頭を叩いて黙らせている。国見ちゃんも岩ちゃんに負けず劣らずの薄情者だ。及川さんにもう少し優しくしてくれたって罰は当たらないと思うんだけど。
まあでも、今日1日で事が思いのほか進展した。あとは、その京極ちゃんが本当に俺に憑いている生霊の正体なのか確かめて、それから俺への未練を断つためにキッパリと振るだけだ。春高の代表選も近い、早く安眠を取り戻すため、とりあえず京極ちゃんに会う方法を考えなければ!
その頃、北川第一中学校の図書室。しぃんと静まり返った、利用者もほとんどいない図書室の隅の学習机に、1つの影があった。そこへ扉が開き、1人の女子生徒が入室してくる。女子生徒はその影を見つけると、とことこと駆け寄ってきた。
「影山くん、勉強の調子はどう?」
図書室の影、もとい影山は、女子生徒に声をかけられてしばらくして、ようやく顔を上げた。その目はとろんと潤んでおり、眠たそうに一度まばたきをした。
「また寝てたの!? もう、白鳥沢の前期試験まで、あと3か月しかないんだよ?」
「…うっす」
「いや、うっすじゃなくてね…。影山くんの今の成績だと、白鳥沢はかなり厳しいんだから、頑張らないとダメだよ?」
「うっす。いつもスミマセン、京極さん」
京極、と呼ばれた女子生徒は、頭を下げてくる影山に困ったように笑い、影山の向かいの席に座った。机の上に広がっている空白だらけの問題集を見ながら、自分の勉強道具を取り出し始める。
「それにしても、影山くんが白鳥沢かぁ。確かにバレー強いもんね」
「ハイ、特に今の2年生のエースの人がめっちゃすごくて」
「うん、それはわかったから、まずはこの問題解こうか」
「…うっす」
バレーの話題に目をキラキラと輝かせた影山の話を、京極が申し訳なさそうに中断すると、影山はしゅんとした様子でシャーペンを握り直した。問題に悪戦苦闘する影山を見つめながら、京極は少しうつむき、ポツリと呟く。
「…青城には、行かないの? 影山くん」
影山のペンを動かす手が、一瞬止まった。
「…行かないっす、絶対に」
「…そっか。勉強の邪魔しちゃってごめんね」
京極が小さく頭を下げて謝ると、影山は「うっす」と返事して、再び問題集を解きにかかった。それからしばらくの沈黙が図書室内に広がる。その沈黙を破るように、影山がふと呟いた。
「京極さんは、高校どこに行くんですか」
「…え?」
「いや、そういえば京極さんの志望校、知らねえって思って」
「私は…」
影山のふとした疑問に、京極は笑顔で答えようとする。しかし、途中で言葉に詰まってしまい、妙な沈黙が生まれてしまった。京極は、どこか寂しそうな目を下に向け、少しうつむく。しばらくすると再び顔を上げて、不思議そうにしている影山に向かって笑いかけた。
「まだ、考え中かな」
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